what happened and be happening?
「ねぇ、イサカさん……? 私のこと、もっと知りたくないですか……?」
急に訪れた静寂。カヅトは眉根に皺を寄せた――扉を開けて確認したいという欲求が膨らむ。しばらくの後、沈黙を破ったのはルリノの声だった。
「本当はどこまで見てたの? 教えて?」
「……ルリノさんがリビングで若い男性と話している姿を目撃しただけです。カヅトくんである確証はありませんでした」
普段通りに戻ったルリノの声――しかもタメ口だ。それに答えるイサカは不思議なほどに素直だった。まるでそれが当然のことだと言うように、ルリノは質問を続ける。
「そっか。刑事さんは他にもいるのかな?」
「外の車で1人待機しています……自分の上司です」
どこかぼんやりとしたイサカの声。まるでうわ言のようで覇気がない。
「そう。じゃあ、ここでのことは私とイサカさん、二人の秘密にしよ?」
「わかりました……」
「ここにカヅくんはいなかったし、私はなにも知らなかった……ね?」
「そうですね……」
「ここであったことは誰にも言っちゃダメだよ?」
「もちろんです……」
「じゃあね。バイバイ」
「はい、お邪魔しました……おやすみなさい……」
そして、玄関の閉まる音がした。
鍵をかける音がして、ルリノの足音がリビングに近づいてくる。カヅトは彼女よりも先に扉を開けた。
「あへぇ!? びっ、びっくりしたぁ~……急に開けないでよぅ」
目を丸くするルリノ――パジャマの乱れは元に戻っていた。空色の髪は手櫛によって現在進行形で整えられている。
「ルリノ……おまえ、あのイサカって刑事になにをした?」
カヅトの無骨な言葉に、ルリノの手櫛が止まる。しかし、真相を確かめないわけにもいかない。
「匿ってくれたことには感謝してる。けど、俺が気づかないって考えるのは楽観的すぎるぞ。さっきのやりとり……途中から明らかに不自然だった」
「……さすがに、わかっちゃったよね……」
後ろに手を組み、目を伏せるルリノ。カヅトはさらに言及する。
「能力を使ったんだな?」
「……そう。あれが私の能力だよ」
「けど、まだわからない。いったいなんなんだ? ルリノがベリーハードモードでプレイしてるゲームって……?」
「……うん」
俯いたまま、ルリノが一歩だけ退いた。わずかに身構えたカヅトだったが、顔を上げた彼女は困ったような笑みを浮かべていた。
「ちゃんと説明するね? けどその前に、カヅくんもお風呂入ってきなよ」
「………………」
「おねがい、ちょっとだけ心の準備をさせて?」
胸の前で手を合わせ、上目遣い。しばらく怪訝な目を向けていたカヅトだったが、助けてもらった恩も手伝ってすぐに根負けすることとなった。
「……風呂から出たら、ちゃんと話してもらうからな?」
そう言い残し、カヅトはバスルームへと足を向けた。
脱衣所で制服を脱いでいる途中、カヅトはふと、この家のバスルームに入るのは初めてだということに気がついた。子供のころからルリノの家には何度もお邪魔しているが、風呂を借りたことはない。それが今になって、こんな形で借りることになるとは……不思議な感じだった。
浴室の扉を開けると、かすかな熱気がカヅトの肌を撫でた。浴槽にはお湯が張られている――おそらくルリノが入った後だろう。気心の知れた幼馴染とはいえ、女子の浸かった後のお湯……なんとなく背徳的な気分にさせられる。
「……シャワーにしとこう……」
難しいお年頃である。
蛇口を捻る――ほどよい温度のお湯に打たれながら、カヅトはニュースの映像を思い返した。
自宅の焼け跡から発見された2体の焼死体……ルリノには自分の両親だと断言したが、果たして真実はどうだろうか? 実際、冷静さを取り戻したカヅトの中でも、両親が焼け死んだという事実は受け入れられていない。まだ半信半疑なのである。そうでなければ、今のように平静ではいられないはずだ。
いや……もしかしたら、両親の死をもうとっくに受け入れてしまっているのかもしれない。両親が死んだ――殺された。まぁ、仕方がない、これはベリーハードモードのゲームなんだから……そんな具合に。肌を濡らすシャワーは熱いのに、カヅトは自分の体の中に冷たさを感じていた。頭の中にあるのは、「両親はまだ生きている」――そんな希望的観測よりも、「両親は生きているかもしれないし、死んでいるかもしれない」といった客観的事実に近い。
自分が薄情者だと、そんな風には思わない。
カヅトがその理由を並べようとしたところで、脱衣所からルリノの声が聞こえてきた。
「カヅくんの着替え、ここに置いとくね? パパのパジャマだからちょっと大きいかもしれないけど」
「あ、うん」
制服を着直すつもりだったが、どうやらわざわざ着替えを用意してくれたらしい。脱衣所と浴室を隔てる磨りガラス越しに、ルリノの青髪が揺れているのが見えた。
不意に、カヅトはほの暗い推測に思い至った。考えれば考えるほどその推測が正しいような気がして、シャワーを浴びているにもかかわらず背筋が冷たくなっていく。
「ルリノ、そのパジャマ……俺が着ちまっても問題ないのか?」
「うん。たぶん問題ないよ」
「……なんでだよ」
今の質問の真意を、ルリノが理解していないとは思えない……カヅトは声が震えた。
「今 晩 お ま え の お 父 さ ん が 着 る は ず だ っ た ん じ ゃ な い の か !?」
「そう、だよ……?」
ルリノの声も震えていた。か細い声で先を続ける。
「今朝、私が起きたら、パパもママもいなくなってたの。夜になればいつもどおり帰ってくるんじゃないかなって、思ってたんだけど……カヅくんの言うとおり、これがベリーハードモードのせいだって考えたら……きっとパパとママも、もう――」
「いい! もう、それ以上言わなくていい……!」
耐えられなくなって、カヅトは強引に遮った。今にも泣き出してしまいそうなルリノの声……カヅトは過去の自分の無神経さを呪った。
「わるかった……あれは俺の早合点だ。まだ死んだとは決まったわけじゃない」
「そう……かな? ホントに、そうなのかな……」
「そうだよ。ルリノの方が正しい」
「………………」
シャワーが床を打つ音だけが、二人の間に跳ねた。
次は5/25(土)に更新予定!