豹変
リビングにいた若い男性は誰です?
ルリノが息を呑んだのがわかった。カヅトも頭から血の気が引いた……やはり見られていたのだ!
「プライバシーを侵害したことはお詫びします。しかし……ルリノさん、あなたは嘘をつきましたよね?」
「な、なんのことですか……?」
「とぼけたっていけませんよ。あなたのお父さんはたしかにお勤めですが、お母さんは専業主婦のはずです……ご不在だとしても、仕事ということはあり得ない」
「ど、どうしてそんなことまで知ってるんですか!?」
「調べさせてもらったからですよ……ルリノさん、行方不明のカヅトくんとずいぶん仲が良かったそうじゃないですか? あぁ、「そんなに親しくない」というのも嘘ですよね?」
「そ、それは……」
言葉を失うルリノ。カヅトの心臓が早鐘のように脈打ち出す。マズい……非常にマズい! 出鼻を挫いてこちらのペースに丸め込むなど、端から無理なことだったのだ。このイサカという男は、もうこの家に目星をつけている!
「ルリノさん、実はカヅトくんに放火の容疑がかかっているですよ。彼を匿うと、あなたも罪に問われかねない……わかりますね?」
イサカの諭すような声。カヅトはこの瞬間、「出頭してすべての真実を話す」という選択肢を除外した。イサカの用意周到ぶりから十分に判断することができた……警察は容疑者としてではなく、犯人としてカヅトを捜索している!
「……嘘をついたことは謝ります。ごめんなさい……」
ルリノの絞り出すような声。
「じゃあ、あのリビングにいた男性はやっぱり――」
「あれは……カレシ、です……」
「……え?」
イサカの調子外れな声。対して、ルリノは恥ずかしくて堪らないといった感じでごにょごにょと先を続ける。
「だっ、だからぁ! あ、あの人は、私のカレシ……ですぅ……。ママは友達と旅行に行ってて、それで、家に誰もいないから……その……あうぅ……」
カレシを連れ込んでイチャつく予定だった、ということだろう……もちろん嘘だが。おそらく顔まで真っ赤にして演技しているであろうルリノ――こんな土俵際に追いやられてなお大嘘をつく大胆さは、少なくともカヅトにはない。
だが――
「じゃあ、そのカレシを呼んできてもらえませんか?」
イサカはさらに踏み込んできた。人の恋路であろうと、捜査となれば問答無用なのだろう。これにはルリノもたじろいでしまったようだ。
「えっ、でも……」
「少しお顔を確認させてもらうだけです。安心してください、決して他言はしませんから……それとも、なにか不都合が?」
明らかに疑っている物言いのイサカ。ルリノは墓穴を掘ってしまったのだ! このままではカヅトが出て行くしかない……万事休すか? いや、正確にはまだ1つだけ方法が残されている――
『イサカという敵を倒す』方法が!
カヅトは自身の手を見つめた――じわりと嫌な汗が浮かぶ。RPGの能力を使えば、イサカを葬り去ることは容易いだろう。だが、そうすれば今度こそ言い逃れができない。泥棒の一件もまだ明るみにはされていないが、それもいつまで続くか……。しかも今回の場合、蒼炎の剣を振るったとしたら、それは防衛ではなく明確な攻撃になってしまう。加えて、相手は警察……どう考えてもカヅトが悪者だ。
「どうしましたか、ルリノさん? カレシ、この家にいるんでしょう?」
イサカが促す。優しい声色も、カヅトにはどこかに脅迫めいたものに感じられてしまう。ルリノは黙ったまま答えない……答えられないのだ。カヅトは大きく息を吸った。やはり、自分が出て行って決着をつけるしか――
――そう思った矢先。
「……うふふ……イサカさんって、結構いじわるですねぇ……」
ルリノが笑った……笑 っ た の だ ! この状況で! さも愉快だと言わんばかりに!
「もしかしてぇ……サディストだったりして? んふっ……私、ちょっぴりゾクゾクしちゃったぁ……」
「な、なにを言ってるんですか?」
イサカは動揺を隠しきれていないようだった。それはカヅトも同じ事。ルリノの態度も声色も、先ほどまでの彼女とはまったくの別物……甘ったるい猫撫で声だ。まるで人格が入れ替わったかのようにさえ感じられる。
「ホントは全部知ってるんじゃないですかぁ? 私のことも、この家のことも……カヅくんの行方だって」
「ちょ、ちょっt――」
ガタガタと物音がした。次いで、かすかな衣擦れの音――いったいなにが起こっているのか? リビングのカヅトに知る術はない。ただ成り行きに耳をすませるしかない。
「カレシって言うのは嘘……カヅくんは奥にいますよ」
ついに暴露を始めたルリノ。しかし、カヅトはそれほど取り乱さなかった……そこになにかしらの意図が隠されていることを感じ取ったからだ。困惑したイサカの声が続く。
「そ、それは本当ですね?」
「ふふっ、知ってるくせに……この場合って、私も罪に問われちゃうんですか?」
「い、一応署までのご同行を……」
「そうやって私を連れ込んでぇ……変なことするつもりじゃないんですか?」
「そんなことは……」
「私のカラダ、ずっと見てましたよねぇ……? いいですよ、イサカさんになら……もっとじっくり見られても」
「なっ、なにを――」
玄関が物音で騒がしくなった。よろめくような足音、なにかが壁に当たる音、衣服の擦れる音……そして――
「ねぇ、イサカさん……? 私のこと、もっと知りたくないですか……?」
次は5/18(土)更新予定!