ゲーマーNo.12・ルリノ
「無理じゃないよ……カヅくんなら絶対にクリアできる」
そこに立っていたのはルリノだった! 自慢の空色ヘアーは暗闇の中でも鮮やかさを失っていない。しかし……なぜ彼女がこの空間に?
「ひとりだったら難しいかも……。でも、2人で協力すればきっとクリアできるよ! 協力プレイはダメってルールはないはずだし。そうだよね、ラヴィ?」
『そのとおりでございます。プレイヤー・ルリノ』
ルリノの問いに恭しく頷くラヴィ。プレイヤー・ルリノ……ということは、まさか!
「ルリノ、おまえ……!?」
「うん、そうなの。隠してたわけじゃないけど……ごめんね?」
ルリノは手を合わせて小さくウインクした。
「私はゲーマーNo.12・ルリノ……カヅくんと同じ、この不思議なゲームのプレイヤーだよ」
その時カヅトが受けた衝撃といったら! まるで世界が揺れたようだった。自分だけではなかった……こんなにも近くに、同じ境遇の人間が存在していたなんて!
『チュートリアルは以上になります。それでは……アナタのゲームにスーパープレイがあらんことを……』
「あ、ちょっ――」
もう一度、ラヴィが深々と礼をした。それに呼応するかのように、暗黒の空間が剥がれ落ちるように消え去っていく。カヅトが引き止めようと腕を伸ばした時には、すでに周囲はルリノ宅のリビングに戻っていた。
空を掻いたカヅトの指。その手を掴んだのは、他でもないルリノだ。
「カヅくん、協力しよっ? 私とカヅくんなら無敵だよ。2人でこのゲーム、クリアしようよ! ……ね?」
ぎゅぎゅっ! 両手で握りしめてくるルリノ。両目は心なしか潤んでいる。ほとばしるおねがいビーム!
だが、平静を取り戻しつつあるカヅトには効果が薄かった。ルリノの懇願……その裏に、なにか画策めいたものが隠されているような気がしたのだ。
「ちょ、ちょっとタンマ! ポーズ、ポーズだ!」
「ふにゃ!?」
カヅトはスタートボタンを連打する代わりに手を振り払った。ついでに少し距離を取る。ルリノはそんな反応をされるとは夢にも思っていなかったらしく、驚いた猫のように硬直している。
「ルリノ、おまえの提案はもっともだ。でも、よく考えてくれ……」
「うん? 考えたよ?」
「嘘つけ」
「かっ、考えたもんっ!」
「じゃあもっとちゃんと考えろ。俺たちはゲーマーなんだぞ? ってことは、お互いに【GAME OVER】にさせるべき相手……つまり敵同士ってことだ」
「てき……?」
ルリノがぽつりと呟く。カヅトは首肯して先を続けた。
「ラヴィの言う【GAME OVER】ってのはよくわからんが、もしそのままの意味なら、RPGでのゲームオーバーは『全滅』だ。つまり、仲間全員が戦闘不能になること……つっても俺しかいないから、俺が戦闘不能になったら即ゲームオーバーだろうけどな……」
「ふぇ? 私はカヅくんを戦闘不能にしたりしないよ? 攻撃なんてするわけないじゃん……」
「どうしてそんなことが言い切れるんだ?」
「ど、どうしてって……そんな……だって私たち、友達でしょ……? 幼馴染だよ?」
「いや、まぁ……そうだけど……」
言葉に詰まるカヅト。ルリノの言い分はわかる。友達だから攻撃しない、協力しよう……筋は通っているように聞こえる。だが……わかるからと言って、承諾していいものだろうか?
このベリーハードモードなリアルでは、どんな卑劣な手段も許されるだろう。これはゲームなのだから……そう割り切ってしまえば! 友達だからと油断させておいて、背後から闇討ち……十分に考えられる。
「カ、カヅくん? なんかさっきから目が怖いよ……? ひょっとして私のこと、攻撃しようとしてたの……かな……?」
「い、いや! そんなことは……!」
「そっ、そうだよねぇ! あは、あははは……」
2人の間に気まずい空気が漂う。咄嗟に否定したものの、カヅトは実際、自分の言葉に自信を持てなかった。今一度同じ質問をされたとして……本当に心の奥底から「攻撃の意思はない」と言い切れるだろうか? その自信が、もうどこにも見当たらない……。
「ご、ごめんね? 私、なんかちょっと混乱してたみたいで……カヅくん、そんなことするわけないもんね……。昔から優しくって、喧嘩しても乱暴なこととか絶対にしなかっ――」
カヅトはハッとした。ルリノが――歩み寄ってきていた! 言葉に気を取られていたカヅトは完全に不意をつかれた……踏み込んでいる! ルリノの右足が、カヅトのパーソナルエリアに――もし今飛び掛かられたら、避けられない! ナイフを隠し持っていたら、刺される距離!
「く、来るなぁッ!」
カヅトは手を伸ばした。例え護身の意味であっても、所詮言い訳だ。そこには確実に攻撃の意思があった。
カヅトの手を覆う青い炎! 蒼炎の剣が出現する! リビングにはまったくもって不釣り合い!
「ひっ!? あっ、あぅ……! カ、カヅくん……?」
ルリノは尻餅をつき、剣の切っ先を見つめている。顔色が青く見えるのは、炎に照らされているだけが原因ではないだろう。
「わりぃ、ルリノ……でも、俺はもうすでに1回、ゲーマーの男に殺されかけてて……だから……」
カヅトの声は徐々に萎んでしまう。胸を締め付けられる思いだった。カヅトは今、態度をもって明確に示したのだ。幼馴染という肩書きが、安全を保証する関係には足りないということを。
「……そっか。そう……そうだよね。私たち、ただの幼馴染だもんね……。それだけで信用してって言うのは、ちょっと無理だよね……」
ルリノはへたり込んだままずりずりと後退し、ソファに手をついてなんとか立ち上がった。剣を構えて立ち尽くすカヅトは果たして気づいていただろうか。2人の距離が、今までで一番離れていることを。
「ごっ、ごめんね? ははは……ダメだなぁ、私ってば! カヅくんの気持ちまで考えてられなかったよぅ……バカだなぁ、私って……ホント、ごめん……なさい……」
「い――……」
口をついて出そうになった言葉を、カヅトは無理やり飲み込んだ。本当に謝らなければならないのはどっちだろう? だが、今のカヅトはルリノにかける言葉を持ち合わせていない。こうなることを選択したのは、他でもないカヅトなのだから……。
……気まずい。明らかに気まずい沈黙がリビングの空気を染め上げていく。もうここには居られない……カヅトがそう思った時、思わぬ助け舟が出港した。
ぐぅ〜きゅるるる……
「………………」
「………………」
「な、なんだよ、その目は?」
「ふぇ!? だ、だって今の音って、カヅくんのお腹のでしょ?」
「嘘つけ、俺の腹の虫はもうちょっとかわいい声だって」
「えぇ〜、でも私じゃないよぅ」
ぐぅぅーうー……
「………………」
「………………」
「い、今のは俺かもしれん……」
「ふぇ……私のだと思った……」
「………………」
「……ご、ご飯にしよっか? 私、作るよ。待ってて?」
「あっ……」
キッチンへと消えて行くルリノ。引き止め損ねたカヅトは、ついでに出て行くタイミングも失ってしまった。
「声、震えてたな……」
カヅトはルリノの怯え切った顔を思い出していた。自分で選択した状況なのに、胸の中には後悔の念がじわじわと満ちてくる。テーブルの上には可愛らしいティーカップが2つ、仲睦まじく並んでいた。
「にげぇ……」
紅茶に浸されたティーバッグは開き切っていた。しかも冷え切っている。カヅトの手の中で、蒼炎の剣が音もなく消えた。
「……最低だな、俺って……」
失われた温度は戻らない。科学を知らずとも、そんなことは簡単に証明できた。苦いだけの液体と化した紅茶に、カヅトはもう一度口をつけたのだった……。