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Egoist  作者: 来生尚
不機嫌な彼女とA評価の男
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 一担に移り、前任者の鈴木さんが座っていた席があたしの机になり、目の前に同期の石川が座っている。

 社員は八人。派遣さんが二人。

 他の営業担当よりも大所帯な営業部営業課第一営業担当。

 十人のうち四人は女性なのだから肩身も狭くないだろうと言い聞かせたけれど、ここは思った以上に針のむしろだ。

 この担当を仕切っているのは担当長でお局の佐久間さんではなく、佐久間さんの前に座っている伊藤さん。

 どうやら佐久間さんラインと伊藤さんラインで大まかに仕事が分けられていて、あたしは伊藤さんラインになる。

 お局側じゃないので、かなりほっとした。

 基本的に取引先もラインによって違うので、佐久間さんと一緒に営業に回ることは無い。

 今日は新入社員で石川が教育担当をしている、まるで尻尾を振る子犬のような愛想のよさと笑顔が営業向きだなと思う今野くんと伊藤さんと一緒に営業に出ることになっている。

 まだ本配属が決まっていない今野くんだけれど、どうやら佐久間が気にいているようで、一担にどうしても欲しいと言っているようだ。

「響さん、今日はよろしくお願いします」

 律儀に机のところまで来て頭を下げた可愛らしい後輩に笑みが零れる。

「こちらこそ。まだ営業の事は全然わからないので、逆に今野くんに色々教えてもらう事もあると思うので、その時にはよろしく」

 にっこりと笑う姿は、男ながらに可愛い。

 確かにあのお局がやられるのがわかる。と言っても、あたしはこういうタイプには興味が無いので、そういう風に思う人がいるのがわかるっていう程度で異性としての興味は無い。

「はいっ。それで営業に出る時間なんですけれど」

 手帳を取り出して今野くんと打ち合わせ用の机であれこれ調整していると、伊藤さんも混じって今日のスケジュールの確認をする。

 一担の担当している地域は県庁所在地を中心にした市街地で、官公庁が主な取引先になる。

 今日は、その中でも鈴木さんが回っていた、これからあたしの担当になるところを中心に回ることになる。

「あーらー、りょーちゃん連れて行っちゃうのぉ?」

 三人であれこれ話しているところに、佐久間さんが声を掛けてくる。

 りょーちゃんっていうのは今野くんのことようだ。今野くんは顔色一つ変えずにニコニコと笑っている。

「はい。今日は伊藤さんと響さんと一緒に回ります」

 小首を傾げてにっこりと笑う姿に、佐久間さんの頬が赤らんでいく。

 ふーん。こういうのがタイプなんだ。

「愛しの司きゅん」とは大分タイプが違うけれど。まあイケメンならタイプ問わずオッケーってとこかしら。

 まあ何にしても「愛しの司きゅん」だけじゃなくて「りょーちゃん」とも絡む機会は減らした方が良さそうね。

「もー。りょーちゃん連れてかないでよぉ。今度一緒に回りましょ。ね? りょーちゃん」

 伊藤さんが困ったように顔を潜めたのにも、お局様は気が付いていない。

 りょーちゃんはニコニコ機嫌良さそうに笑っているだけで、口を開く様子も無い。

 はー。ここはあたしの出番か。

「今野くん、他に仕事があるんだったら無理に同行しなくてもいいのよ? 後日佐久間さんと回ったら?」

 何故あたしを鼻で笑う。佐久間さん。

「そうよねー。異動してきたばっかりでなーんにもわからない人と回るより、ベテランと回ったほうが色々勉強になるわよねぇ。企画ではそれなりでも営業ではりょーちゃんのほうが長いものねぇ」

 ちっ。また嫌味か。

 確かに異動してきたばかりで何にもわからないわよっ。それを学ぶ為に伊藤さんと回るんじゃない。

 大体あんたが決めたんじゃないの? 今日のローテーション。

 二人同時に回らせたほうが効率がいいとか朝のミーティングで言ってませんでしたっけ?

 何なのよ、直前になって。

 が、下手に言い返しても面倒くさい事になる。

 ここは実質的な上司である伊藤さんの判断を仰ごう。

「あたしはどちらでも構いませんが」

 はーっと溜息を吐き出し伊藤さんが頭を抱える。

「そうそう。響ちゃん、昨日の報告書なんだけれど、フォーマットを埋めればいいってものじゃないのよぉ。もっと自分なりの意見とか盛り込んでくれないと困るのよねぇ」

 もう何も言うまい。

 突然きた台風を避けることが出来ないように、佐久間さんの来襲は去っていくのを静かに待つしかない。

 それがこの二週間で学んだことだ。

 先日出したときは客観的に、第三者的視点からどうとかって言ってた事、もう忘れたのかしら。若年性痴呆? な訳ないわね。

「それから書類見返してるぅ? 誤字があったのよねぇ。社内の報告書だったらいいけれど、取引先に出す資料で誤字なんてあったら恥ずかしいわぁ。ちゃんとそういうところもキチンとして欲しいわぁ」

 言っている事は間違っていない。そう、自分に言い聞かせる。

「すみません。次回から気をつけます」

「ホント気をつけてよねぇ。もう五年目なんだからそんなこと言われないようにしないと」

 くそばばぁ。

 言い返せないのをいい事にあれこれイチャモンばかり付けて。

 重箱の隅を突いてないで、仕事しろよ、ババァ。てめーの机の上の書類の山を片付けてから言いやがれ!……って言わないけれど。

「すみません」

「響さーん。内線入ってますよー」

 謝るのと派遣の木内さんに声を掛けられるのが同時だった。

「失礼します」

 一応上司なので、丁寧に一礼してから自分の席に戻る。

「はい。営業課第一営業担当響です」

 内線からはクスクスという笑い声が漏れ聞こえる。

『お疲れさま。本社企画部の但野です。声が疲れてるぞ?』

「お疲れ様です。そうでもないですよ。本社から内線なんて珍しいですね」

 入社当初に配属された支社での上司で、現在は本社企画部にいる上司からの内線に、心がほっと和む。

『悪いんだけれど、近日中に本社寄って。お前の今の上司って誰?』

「課長が平野さんで、直属長は佐久間さんです」

『そこの営業は変わらないな。わかった、平野さんいる?』

「あ。はい。少々お待ち下さい」

 営業課の課長である平野課長に内線を回し、まだ立ち話をしている三人のところへ戻る。

「今野は後日石川と佐久間さんと回ることにしたから。今日は二人で回ろう」

「はい。わかりました」

 何故か子犬が「すみません」と恐縮したように頭を下げた。今野くんが何かを言ったわけでもしたわけでもあるまいに。

 今野くんに腹を立てても仕方ない。それはわかっている。

 だけれど最近のあたしは周り中みんなに腹を立てている。イライラが止まらない。この担当に来て一つもいい事がない。


 1時間後に外出すると決め、とりあえずこのイライラをおさめるべく喫煙所に向かう。

 別に煙草を吸うわけじゃないけれど、ここにしか自販機がないから仕方ない。

 どうせなら非喫煙者用の休憩室を作って欲しいものだ。だけれど会社はそんなものを作る気はないみたい。

 なのでいつものように喫煙所で外を眺めながら炭酸飲料の赤い缶を握り締める。

 外は快晴。遠くには海が見える。

 この澄み切った空のように心が晴れたらいいのに。

「不機嫌そー」

 振り返らなくてもわかる声の主。

「そうでもないわよ」

 わかりきった事をいちいち言われるのも癇に障る。

 だけれど石川が悪いわけじゃない。あたしはずっと一担に来てから不機嫌だ。わかっている。そんな事くらい。

「色々きついのわかるけど、そうカリカリすんなよ」

「っさいわね。『佐久間担当』ならなんとかしなさいよ」

 八つ当たりをするあたしの頭を石川が撫でていく。

 ふーっと煙を吐き出すと、石川の手が頭から頬に移る。

「お前が仕事出来るもんだから嫉妬してんだろ。愚痴ならいくらでも聞いてやるから、そう不機嫌そうな顔してんなよ」

「そういう理由だとはしてもタチが悪いわ」

 手を拒絶しない事をどう思ったのかは知らないが、石川がその身を屈めてあたしの顔を覗き込む。

「取引先に行くんだろ。そんな顔してると取れる契約も取れねえよ」

 きゅっと一束髪の毛がつかまれて引っ張られる。自然と顔が上を向く形になり、石川と見詰め合う。

「気の強ええ女。悪くはないけどな」

「……あたしは女として評価されたいわけじゃないの。一人の社員としての評価が欲しいのよ」

「評価評価。お前はいつだってそればっかりだな」

 呆れたように手を離した石川の言葉が心に突き刺さった。

 評価を求めて何が悪い。

 そうしなければしたい仕事だってさせて貰えないのよ。会社では。

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