道化視点
ここは港町。
いろんな職、いろんな人種が、ひっきりなしにやってきます。
僕はアルルカン。えぇと、ほら、ピエロみたいなやつですよ。まあ厳密にはちょっと違うんだけど。ま、もの覚えのある頃から、ずっと道化の世界を歩いていました。
でも劇場も下界も変わらないね。みんな灰色茶色に澄ましているけれど、ちょっと言葉を交わせば、色とりどりのツギハギだらけ。
ほら見渡してごらんよ。よくもまあ、こんあに、個性的なやつばかり集まったものです。
盲目のピアニスト。傷だらけのバーテン。狡猾な詐欺師たち。花と麻薬を売る闇商人。月曜の娼婦。
そして今、疲れ切った兵士が一人、やってきました。彼は一見さんだ。
彼はドアのところでみんなに一瞥くれてから、真っ直ぐカウンターに向かい、つまりは僕と椅子を一個隔てたところにやってきて、ウイスキーを頼む。
「こんばんは!」
僕は声をかけます。兵士は答えない。ちょっとこちらを見た。が、すぐに逸らしてしまう。なんて昏い目だろう。でも、昔はそうじゃなかったんだろうな。僕は兵士をじっと観察しながら、手元のフィッシュアンドチップスをつまむわけです。
そう、僕は今、食事中なのです!
卵白多めのカラリとした衣。ぼっさりとした白身魚の味。でもちょっと塩気が足りなかったので、隣のタルタルソースとか、ビネガーを指につけて舐める。美味なり。
兵士は、グラスにウイスキーを注いでは飲むことを何度か繰り返し、しばらくはピアニストの奏でる軽快な音楽に身を委ねていた。ああ、僕も同じように、彼の演奏に聴き惚れました。
ビールを運ぶウェイトレスのエレン。彼女が好きな曲です。エレンは赤いドレスを楽しそうに揺らし、店内を大きく歩いてからカウンターの中に戻ってきました。はて、この曲、何という名前だったか。パブで聴くにはもったいない、ちょっと高尚なやつなのです。
しばらくして兵士は、ゆるやかにカウンターから離れました。向かった先は闇商人のところです。彼はいくばくかのお金を支払い、一、二、三、…五本のトルコキキョウを買いました。商人はにやにや顔。それものはず。今日はあまり売れていませんでしたから。おまけのつもりか、商人は世間話を仕掛ける。でもそんなもの、兵士には煙たいだけ。当然です。彼は癒しを求めてここに来たのに、どうして戦争の話などしなくちゃないんでしょう?
兵士は商人から離れ、娼婦のもとに向かう。やっぱりね。そうくるだろうと思っていましたよ。彼は癒されたいのです。溺れたいのです。アルコールと愛欲の湖に。娼婦はお金がもらえるので嬉しいみたい。でもどこか寂しそうだ。
実は、僕は知っています。あの月曜の娼婦は、とっても、かわいそうなのです。
娼婦になる前はそこそこ裕福だった。でも恋人と家を逃げ出しました。いいですね。セイシュンみたいで。ところが、恋人は兵隊になって死に、いまや彼女はひとり。食べていくためにはお金が必要です。
でも、安いフィッシュアンドチップスだけ食べていくには、別に身体まで売る必要はありません。花でも売れば良いのです。
さて問題です。どうして彼女は、そんなにお金が欲しいのでしょうか?
実は、彼女は死に別れた兵士のことが、まだ好きなのです。そして、生き返ってほしいと思っているのです。だから、彼女が稼いだ膨大なお金は、教会とか、狂った科学者とか錬金術師とか、そんなやつらに流れてしまう。そしていつまで経っても、彼女はみすぼらしいままだ。
ただ食べていくだけなら、そんなに多様な生き方をしなくても良いのです。殺し、酒を飲み、曲を奏で、踊り、知り尽くし、犯す。そういう色々なことをしたいから、イロイロやっていると思われます。
実は、僕なんか、食べていくことすら不要なんです。あ、僕は今、ちょっとした勘違いに気付きました。ハハハ、ごめんなさい。
僕は食事中などではありませんでした。
ハハハ。僕じゃありませんよ、僕の目の前に座っている淋しい小説家が、フィッシュアンドチップスを食べていたのです。
食べれば食べるほど喉が渇き、塩分を欲し、タルタルソースをつける。でも潤いも塩気も、実は、タルタルソースにはあんまり無い。複雑なハァーモニィーなら、あるんですが。香味野菜がたっぷり入っていますからね。要するにタルタルソースの甘み。そんなものを欲しているんですね、人間ってやつは。
人形の僕には、やっぱりちょっと難しい。けど、ちょっとだけ羨ましいかな。
END
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