もくづ浜中
江戸初期、土佐と宇和島の国境争論。
これは、その小さな島に残された、墨と潮と死者の声の物語。
海に線を引け――その命を受けた夜から、土居市右衛門は眠りが浅くなった。
沖之島の海は、昼は青く、夕べには鉛のように沈み、夜には黒い布を敷いたようになる。そこへ人の手で境を引く。弘瀬浦は土佐、母島浦は宇和島。浜は、田は、網代は、山道は、どちらのものか。
正保の国絵図を差し出せという幕府の命が、島の暮らしを裂いた。
昨日まで同じ火で魚を炙り、嫁を交わし、葬りに参じた者たちが、今日からは土佐と宇和島に分かれて口を閉ざす。海は何も変わらぬのに、人だけが変わった。
――もくづ浜なか、あしはおりのり
境を示すものは、古くから伝わる歌だけだった。
――藻津、浜中、葦原、下乗。
その地名の読み方一つで、浜一つ、田一枚、網代一つの帰属が変わる。
その歌を正しく知る老女が、死んだ。
嵐の翌朝、もくづ浜に打ち上げられていた。髪は海藻のように砂へ絡み、唇には泥が詰まっていた。だが不思議なことに、右手だけは濡れていなかった。乾いた指が、墨を握っていた。
浜には一本、黒い線が引かれていた。
波打ち際から、葦の茂る湿地へ向かって、細く、まっすぐに。
市右衛門は、その線を見た瞬間、喉の奥が冷えた。波が寄せれば消えるはずの墨が、何度潮をかぶっても、にじむばかりで消えなかったからである。
「見るな」
背後から淡輪四郎兵衛が言った。
西浦奉行に任じられたその男は、潮風の中でも顔色を変えなかった。土佐藩の郷士であり、野中兼山の信を受けて争論処理を任された男である。
四郎兵衛の少し後ろには、書状運びの下役が控えていた。名を与三郎という。普段は目立たぬ男で、いつも四郎兵衛の影のように立っている。
その与三郎が、老女の乾いた右手を見た時だけ、かすかに目を逸らした。
市右衛門はそれに気づいた。だが、その時はただ、死人の手など見たくもあるまいと思っただけであった。
「死人に引かれた線など、絵図には載らぬ」
「では、誰が引いたのでございます」
「人だ」
四郎兵衛は短く答えた。
「祟りにしては、線が真っ直ぐすぎる」
その言葉が、かえって恐ろしかった。
四郎兵衛の横顔には、わずかに疲れが滲んでいた。境を引く役目を負う者の、誰にも言えぬ重さがあった。
数日後、市右衛門は四郎兵衛に呼ばれた。
江戸で百姓公事が行われる。宇和島側は芦の田の帰属を訴え出た。土佐も黙ってはいられない。
「おまえには弘瀬浦の百姓として白洲に立ってもらう」
市右衛門は耳を疑った。
「某は郷士にございます」
「知っている」
「百姓ではございませぬ」
「だからこそ、役に立つ」
畳の上には、江口市左衛門の作った沖之島の模型が置かれていた。山の起伏、浦の入り込み、浜の形、葦の湿地、網代の位置まで細かく作られている。小さな島は、実物よりもよほど分かりやすく、よほど嘘くさかった。
模型のある部屋に出入りできる者は限られていた。
四郎兵衛。市左衛門。市右衛門。そして、四郎兵衛の命で書状や記録を運ぶ与三郎。
その与三郎が部屋の隅に座り、筆録を取っていた。筆は速い。だが、市右衛門が模型のもくづ浜へ目を向けるたび、与三郎の筆先がわずかに止まった。
「白洲で問われれば、百姓は怯む。だが、おまえなら答えられる」
「偽りを申せと」
「百姓の口で、土佐の理を申せと言っている」
四郎兵衛の目が細くなった。
「同じではない。同じにしてはならぬ」
その言葉の奥に、四郎兵衛自身の葛藤がわずかに覗いた。境を守るために、境を偽らねばならぬ矛盾。それでも藩の面目を背負う者として、彼は迷いを飲み込んでいた。
その夜から、市右衛門は百姓になる稽古を始めた。
声を落とし、背を丸め、潮の流れを覚え、三浦氏支配の来歴を覚えた。四郎兵衛が問い、市右衛門が答える。竹べらが模型の上を滑るたび、島の暮らしが小さく切り分けられていった。
「もくづ浜はどこまでか」
「浜中までにございます」
「芦の田は」
「弘瀬浦の者、昔より用い来たり候」
「昔より、とは」
「祖父の代より、父の代より、今に至るまで」
「よい」
何度も繰り返すうち、市右衛門は自分の声が自分のものではなくなる感覚に襲われた。武士の声でも、百姓の声でもない。どこにも属さぬ声であった。
深夜、皆が寝静まったあと、市右衛門は一人、模型の前に座った。
燭台の火が揺れた。閉め切った部屋なのに、潮の匂いがした。
模型のもくづ浜に、水が滲んでいた。
市右衛門は息を止めた。乾いた木でできた模型に、水などあるはずがない。だが小さな浜は、いま海から引き上げられたように濡れていた。
その浜に、小さな黒いものが倒れていた。
指先ほどの人形であった。海藻のような髪を広げ、右手に墨を握っている。
その瞬間、耳の奥で、かすかな声がした。
――もくづ浜中。
まだ囁きのようだった。
しかし確かに、老女の声だった。
◆
翌朝、本物のもくづ浜で二人目の死体が見つかった。
古老である。前日、市右衛門が訪ねた時、歌について問うと、しばらく唇を震わせた末にこう言った男だった。
「あの歌は、境を示すものにあらず」
そこまで言って、古老は怯えたように口を閉ざした。
その男が、死んでいた。
死体は前の老女と同じく、右手だけが乾き、墨を握っていた。浜にはまた黒い線が引かれていた。今度の線は、葦の湿地を横切り、芦の田へ伸びていた。
四郎兵衛は死体を見ても顔を変えなかった。だがその目の奥に、一瞬だけ揺らぎが走った。
「模型を見た者は限られている」
市左衛門が青い顔で言った。
「私ではございませぬ。仕込みなど……」
「仕込んだとは言っていない」
四郎兵衛は低く答えた。
「だが、人がやっている」
市右衛門は黙っていた。
人がやっている――そう思いたかった。そうでなければ、死人が模型に上がってきたことになる。
その日の夕刻、三浦源五郎が訪ねてきた。
弘瀬浦の庄屋であり、母島浦にも縁者がいるため、誰よりも口が重くなっていた男である。その顔には、土佐と宇和島の間に引き裂かれる者の苦悩が刻まれていた。
「お役人さま。これ以上、歌を探らん方がよろしゅうございます」
「なぜだ」
「……あの歌は、境を示す歌ではございませぬ」
「古老も同じことを言いかけた」
市右衛門が言うと、源五郎の顔から血の気が引いた。
「では、殺されたのはそのためか」
源五郎は答えなかった。
「何を示す歌なのだ」
外では葦が鳴っていた。夜の湿りを含んだ風が、戸の隙間から忍び込む。
「昔は、入相にございました」
「入相?」
「土佐も宇和島もございませぬ。浜も田も、時と潮で分けた。もくづ浜は浜中まで。葦は折るのみ。根は残す。のりは刈れど、岩は荒らさぬ。そういう戒めの歌でございました」
「境の歌ではなく、奪いすぎるなという歌か」
源五郎は頷かなかった。ただ、深い皺の間に、言えぬ痛みを沈めた。
「それを言えば、どちらも困ります。土佐も、宇和島も」
その夜、芦の田に火が見えた。
源五郎の甥で、歌の続きを知る若い百姓が倒れていた。腹を刺され、葦の根を掴んでいる。
「誰にやられた」
市右衛門が抱き起こすと、男は歯を鳴らした。
「海が……取りに来た」
「人か。宇和島か」
「違う……違う……」
男の目は、市右衛門の背後を見ていた。
そこには誰もいなかった。
だが葦の間を、濡れた髪のようなものがゆっくり引かれていくのが見えた。
次いで、耳のすぐ脇で、濡れたものを絞るような音がした。
誰かが息を吸う。
――あしはおりのり。
市右衛門は刀に手をかけた。だが、抜くことができなかった。足元の泥が、くるぶしまで絡みついていた。
百姓は血を吐きながら歌った。
「根は……残せ……」
それきり、喉が鳴らなくなった。
◆
江戸へ向かう日が来た。
市右衛門は船中でも、街道でも、眠れなかった。潮騒が聞こえぬはずの山道でさえ、耳の奥では波が鳴っていた。
江戸に着くと、土佐藩邸の奥に模型が据えられた。公事を翌日に控えた夜、市右衛門は四郎兵衛にすべてを告げた。
歌は境界を定めるものではない。奪いすぎるなという戒めであり、入相の記憶を残すものだと。
四郎兵衛は黙って聞いていた。その顔には、職務と良心の間で揺れる者の影があった。
「その一句は、白洲では言うな」
「なぜでございます」
「土佐の主張が崩れる」
「では、殺された者たちの口は」
「死んだ者は語らぬ」
「語っております」
市右衛門の声は震えていた。
「浜で。模型で。芦の田で。あの者らは語っております」
四郎兵衛は初めて、怒りとも悲しみともつかぬ表情を見せた。
「おまえは祟りを信じるのか」
「信じませぬ。だから恐ろしいのです」
「どういう意味だ」
「祟りなら、祈れば済みます。されど人がやったなら、祈りでは済みませぬ」
四郎兵衛は言葉を失った。
その沈黙が、市右衛門には何より恐ろしかった。
四郎兵衛が命じたのではない。そう思いたかった。だが、四郎兵衛が何も知らなかったとも言い切れぬ沈黙であった。
その晩、市右衛門は眠れず、藩邸奥の模型部屋へ向かった。
燭台に火を入れると、島の上に墨の線が引かれていた。
誰も引いていないはずの線だった。
それは土佐にも宇和島にも都合のよい線ではなかった。浜と田と網代を、時と潮で分けるような、曲がりくねった線だった。線というより、暮らしの跡だった。
その上に、黒いものが張り付いていた。
海藻かと思い、指で払おうとして、市右衛門は手を止めた。
それは海藻ではなかった。
濡れた髪であった。
その瞬間、声はもう囁きではなかった。
――根は残せ。
市右衛門は叫びそうになったが、声は出なかった。
背後で床が鳴った。
与三郎が立っていた。短刀を手に。
「見なければよかったものを」
「おぬしか」
「宇和島に勝たねばならぬ。殿の面目がかかっている。歌の続きを知る者など、邪魔なだけだ」
「老女も、古老も、百姓も」
「百姓公事だ」
与三郎は笑った。
「百姓が何人死のうと、百姓の公事で済む」
「なぜ、そこまで」
市右衛門が問うと、与三郎の顔から笑みが消えた。
「私は十年、筆を執ってきた。書状を運び、控えを作り、夜を削って理を整えてきた。それでも白洲に立つのは、百姓面をした郷士だ」
与三郎の声は低く震えていた。
「島の歌一つで、藩の勝ち負けが決まる。百姓の口一つで、殿の面目が傾く。そんなことがあってよいはずがない」
「だから殺したのか」
「藩のためだ」
「違う」
市右衛門は刀を抜いた。
「おぬしは、己のために殺した」
斬り合いは短かった。与三郎は武辺の者ではなかった。市右衛門は短刀を払って組み伏せた。
騒ぎを聞きつけて四郎兵衛が駆け込んできた時、与三郎は畳に押さえつけられ、なお笑っていた。
「私一人ではございませぬぞ。皆、そう望んでおる。藩が勝つことを。土佐が負けぬことを」
四郎兵衛は驚かなかった。
ただ、ひどく疲れたように目を伏せた。
それが、市右衛門には何より恐ろしかった。
◆
翌日、江戸の評定所で、市右衛門は弘瀬浦百姓として白洲に座った。
列座する奉行衆の問いは鋭かった。なかでも町奉行神尾備前守の眼は、百姓姿の市右衛門の奥まで射抜くようであった。宇和島側の追及も容赦なかった。
芦の田はどちらのものか。
もくづ浜はどこまでか。
古来の証は何か。
市右衛門は教えられた通りに答えた。声は震えなかった。土佐側の控えにいる四郎兵衛の視線が、横から刺さる。
白洲の空気が少しずつ土佐へ傾いていく。
宇和島側の役人が身を乗り出した。
「では、その歌とやらは、土佐の境を示すものと申すか」
「昔より、弘瀬浦の者、そう伝え来たり候」
「誰が伝えた」
「祖父より父へ、父より子へ」
「その祖父は、土佐の者か。宇和島の者か」
市右衛門は一瞬、口を閉じた。
白洲が静まり返った。
備前守が扇を伏せた。
「答えよ」
「……島の者にございます」
低いざわめきが走った。
土佐側の控えから、かすかな呻きが漏れた。宇和島側の役人の目が光る。
備前守はなおも問うた。
「その歌、まことにそれで尽きるか」
沈黙が落ちた。
市右衛門は口を開けなかった。
四郎兵衛の指が、膝の上でわずかに動いた。
止めよ、という合図にも見えた。
言え、という合図にも見えた。
市右衛門には、どちらにも見えた。
「申せ」
備前守の声が落ちた。
「白洲で黙る口は、偽りの口と同じぞ」
その瞬間、潮騒が耳の奥で高く鳴った。
老女の声、古老の声、若い百姓の声が重なった。
――もくづ浜中。あしはおりのり。根は残せ。
市右衛門は額を畳につけた。
「恐れながら、申し上げます」
四郎兵衛が息を呑んだ。
「その歌には、なお伝わる句がございます」
白洲がざわめいた。
「この歌は、地を分かつためのものにあらず。浜を使う者、葦を刈る者、海苔を採る者が、互いの根を絶やさぬための戒めにございます」
宇和島側も、土佐側も、声を失った。
その証言が土佐を勝たせるのか、負けさせるのか、市右衛門には分からなかった。
ただ一つ分かったのは、死んだ者たちの口を、もう一度塞がずに済んだということだけである。
◆
裁きは、どちらか一方を勝たせるものではなかった。
海では土佐の顔が立ち、山では宇和島の顔が立った。天下は、そうして両藩の怒りを紙の上に収めた。十五年に及んだ争論は、そう呼ばれる形で落着した。
与三郎は処罰された。
老女も、古老も、若い百姓も、あの男の手にかかったものとして記録された。
記録の上では、そう定まった。
だが、市右衛門はその後も、時折あの模型を思い出した。
墨の線。
濡れた髪。
浜に残った死人の手。
模型に水を滲ませたのは誰だったのか。
濡れた髪を置いたのは誰だったのか。
誰も知らぬはずの歌を、夜ごと耳元で歌ったのは、誰だったのか。
数年後、市右衛門は再び沖之島を訪れた。
もくづ浜には、何事もなかったように潮が満ちていた。子どもたちの足跡が砂に残り、女たちが魚を干し、男たちは網を繕っていた。土佐も宇和島も、彼らの手の皺までは分けられない。
市右衛門は波打ち際に立った。
かつて墨の線があった場所は、もう分からない。潮がすべて消していた。
だが、ふと足元を見ると、砂の上に一本、細い黒線が浮かんでいた。
波が来る。
線は消える。
次の波が引く。
また、同じ場所に線が現れる。
市右衛門は目を閉じた。
潮騒に混じって、老婆の声が聞こえた。
――もくづ浜中。
海に境はなかった。
ただ、墨の跡だけが消えなかった。
砂の上ではなく、市右衛門の胸の内で。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
創作の励みになりますので、評価・感想をお願いします。
本作は、江戸初期に実際に起こった土佐藩と宇和島藩の藩境争論を背景にしています。
発端は、正保元年(1644年)に幕府が諸藩へ命じた国絵図の作成でした。沖之島は、東南部の弘瀬浦が土佐藩領、北西部の母島浦が宇和島藩領とされていましたが、島全体には三浦氏支配の名残があり、境界ははっきりしていませんでした。そこで問題になったのが、「もくづ浜中あしはおりのり」という口伝の歌です。
やがて「芦の田」と呼ばれる土地の帰属をめぐって争いが起こり、宇和島側の庄屋が幕府へ訴え出たことで、この争論は百姓公事として扱われることになります。土佐側では淡輪四郎兵衛が実務を担い、江口市左衛門が沖之島の模型を作り、土居市右衛門は弘瀬浦百姓に扮して弁舌を振るったと伝わっています。
また、争論は沖之島だけで終わらず、のちに篠山の帰属問題へも広がり、最終的な落着までには長い年月を要しました。海の漁業資源、山の森林資源、藩の面目、領民の暮らしが絡み合った、江戸初期の大きな境界争論だったと言えます。
もちろん、本作に登場する怪異や殺人事件、「根は残せ」という歌の解釈は創作です。
ただ、紙の上に引かれる一本の線の向こうに、実際に暮らしていた人々がいたことだけは、忘れずに書いたつもりです。
海に境などない。
けれど人は、そこへ線を引こうとする。
その怖さが、少しでも読後に残れば幸いです。




