第三皇子の危機 前編
狭苦しい場所に入り込むと落ち着いてしまうのは、元来狩猟生物である人間の本能か、あるいは、単純に俺の人間性か……。
右を向けば計器類。
左を向いても計器類。
正面を向けば、姿見ほどもある大型のメインモニターとこんにちは。
手元には、メインとなるコントロールスティックの他、数々の物理スイッチが並んでいた。
タッチパネル方式の入力インターフェースは、一つとして存在しない。
それは、今俺を抱いているこのマシーンが、戦闘目的で製造されているから。
実戦において、画面を注視しなければ扱えない機械など、なんの役にも立たないのだ。
「ん……問題ないな」
ソケットに接続したタブレット端末の表示を見て、OSのバージョンも確認する。
「問題ねえだあ?
オレの目には、とっくに更新の止まった旧式OSの表示に見えるんだがなあ?」
いつの間に、覗き込まれていたのだろうか?
ハッチを見上げれば、真ん丸な鼻を赤く染めた爺ちゃんが、にやにやと笑って俺を覗き込んでいた。
「フェラーリン。
覗き見は趣味が悪いぜ?」
メケーロ爺ちゃんたちと同様、退役後に料理屋を開いたはいいものの、経営失敗して店を畳んだ老人……。
元メカニックで、今もアマテラスのメカニック長兼料理人をしてくれているお爺ちゃんだ。
こういう老職人のご多分に漏れず、腕は良い。
ハードウェア側の状態もここまで見てきたが、これまで任せていた皇室仕えのメカニックが行っていた仕上げとは、明らかに一線を画しているのである。
そんな彼だから、俺の真意など尋ねるまでもないだろう。
禿げ上がった頭を愉快そうにかいているのが、その証拠だ。
それでもからかってきたということは、俺の口から直接言わせたいということなわけで、言うまでもないことを口にしてやる。
俺は、敬老精神に溢れた第四皇子様なのだ。
「……現行機に使われているOSは、なんというか、細かなUIの配置だとかレスポンスだとかがしっくりこない。
だから、アップデートせずに古いバージョンのまま留めてあるんだ」
「へっへっへ……。
若いのにいいセンスしてやがるぜ。
むやみに新しいのを取り入れず、自分の感覚を信じられるようになったら、一人前だ」
「そいつは、どうも。
ところで、フットペダルの調整変えた?
前より少し固くなってる気がするんだけど?」
「ああ。
消耗具合を見て、オレの方で調整してみた。
前よりフィットするはずだ」
「ん……確かにそうかも」
正直、自分でもあんまり意識していなかった部分。
だが、テストモードでペダルを踏んでみると、ブーツの底を通して肌に張り付いたかのような一体感があった。
やっぱすげえな、この爺ちゃん。
「しかし、驚いたなあ。
このアマテラスは、他の面に関しちゃ徹底して非武装だってのに、こんなもんを積み込みやがるとは」
「別に、大した意味はねえさ。
自分のデスクにミニカーとか飾るのと同じだよ。あるとしっくりくるんだ」
「しっくりくる、ね。
へっへっへ……」
「………………」
意地悪な笑いには、答えない。
分かってる。こいつは……矛盾だ。
こういう物と無縁でいたいはずのこの俺が、しかし、貴重なペイロードを潰してまで持ち込んでいる。
その心の働きに関しては、他ならぬ自分のことでありながら理解できなかった。
ただ、知ったようなことを言ってしまうが、割り切れないのが人間なのだ。
「こいつを使う機会、あると思うかね?」
「いや……」
フェラーリン爺ちゃんから投げられた言葉に、軽く首を振って答える。
「報道陣には念のため、エステとクシナダのことは徹底的に伏した報道を頼んであるし、実行されたのを確認済みだ。
仮に敵の隠密艦やM2部隊が俺たちを捕捉したとして、ガッチガチのシールド艦を見れば、攻めあぐねると見て撤退するだろうよ」
クシナダに関して自信満々なエステであったが、それは決して自惚れではない。
象徴的な電磁シールドアームは、ステルス能力極振りな隠密艦の光子魚雷ごとき、たやすく防ぐことが可能。
そして、戦艦が装備するレーザー機銃というのは、M2からすれば携行する粒子小銃と同等の火砲なのだ。
ゆえに、クシナダが文字通り盾となって前衛を張ってくれれば、帝国側へ浸透可能な戦力程度、十分に撃退可能というのが俺の目算。
アニメみたいに、レーザー機銃の弾幕すり抜けたM2たちが、艦の脇をすり抜けてきたらどうするかって?
それこそ、そんなアニメみたいにはいかない。
弾幕というのは、簡単に突破できないから弾幕なのだ。
後は不意打ちさえ受けなければであるが、いくらアマテラスといえど、センサー類まで外しているわけではない。
相手が隠密艦であっても、巡航速度までリアクター出力を高めてきたのなら、必ずやレーダー手のお爺ちゃんやお婆ちゃんたちが見つけてくれるはずであった……多分。きっと。
隠密艦という言葉のイメージと異なり、この艦種が行う不意打ちというのは、獲物を強襲する荒鷲がごときものなのである。
大体、コミックの忍者みたく隠れ伏していられるなら、俺も与えられたベース艦をそっちに改装してるし。
「エステ皇女ちゃんに感謝だな。
とはいえ、油断はしねえこった。
想定外の事態ってのは、必ず起こるんだからな」
それを言った時、フェラーリン爺ちゃんの口元は引き締まっており……。
つまるところ、勘が働いたので警告をしに来たのだと、俺は悟ったのである。
まあ、警告されたところで、覚悟する以外にできることもないんだけど……。
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さながらそれは、宇宙を行く巨大な自動拳銃と呼ぶべきシルエット……。
ベースとなった船体フレームの下部に、姿勢制御用の大型ウィングバーニアが取り付けらており、それが拳銃のグリップを連想させるのだ。
先端部に銃口のごとく備わっているのは――大口径荷電粒子砲。
これは、火力艦と呼称される艦種に共通の設計であった。
軍用宇宙艦艇を総じて戦艦と呼ぶようになって久しい昨今であるが、やはり、艦首部に堂々たる大口径荷電粒子砲を備えし火力艦こそ、戦艦の中の戦艦と呼ぶに相応しい。
他の兵器では決して持ち得ぬ圧倒的火力をもって、敵軍を撃滅する。
この分かりやすい戦い方こそ最も効率的であり、ひいては、自軍の士気を向上させるのだ。
その戦術思想を、信じて疑わぬ人物……。
「ふん……静かだな。
前線に近いとはいえ、我が帝国の勢力圏なのだから、当然か」
キャプテンシートに座った第三皇子ヴォルフ・ジーゲルは、そう言いながら足を組み直した。
父同様、恵まれた素養の肉体は全身余すことなく鍛え上げられており、漆黒の帝国軍士官服を隆々と内から押し上げている。
稲妻のごとき眼差しもまた、父たる銀河皇帝から受け継いだもの。
唯一、これは母方の特色である銀髪は、オールバックに整えられていた。
「つまらぬ。
敵艦の一隻も出てこないのでは、我が火力艦ヴェルダンディの実力を示せないではないか。
できれば、戦線へ合流する前に、単艦としての実力を見せておきたかったのだがな」
「ポイント219へ合流してしまえば、他の火力艦とくつわを並べることになってしまいますからな。
しかも、あそこは直接に激突するというより、艦隊を並べて威嚇し合うかのような戦場です」
傍らに立つ副官――ヴォルフに相応しい鍛え抜かれた中年男だ――が、後ろで手を組みながら同意する。
すでに、出来損ないの庶子であるはずのイラコはくだらぬ成果を上げ、報道までされている……。
それを思えば、やや遅れてとはいえ前線に赴く栄誉を賜ったヴォルフもまた、華々しい活躍をしたいところであった。
「それにしても、よろしいのですか?
本来の航路とは、外れる形となりますが……」
「ふん、同じ対ジンバニア戦線の一つであるし、そう大げさに遅れるというものでもない。
それに、もとより余裕をもった航海計画なのだから、想定したブレの範疇に収まっているしな。
ならば、少しばかり脇道に逸れ、203で大人気だったという弟の顔を見ていってもよかろうよ」
シートの上にふんぞり返りながら、副官の言葉に応える。
副官が言う通り、これは本当に余分な行動。
ただ、給糧艦アマテラスとシールド艦クシナダの航路を突然塞いでやり、あの生意気なアジアハーフを驚かせられたならば、少しは溜飲も下がると思ったのだ。
だが、そんな思惑と裏腹に、むしろヴォルフの方こそが大きく驚くこととなる。
「――ッ!?
大型リアクター反応!
これは……敵の隠密艦と思われます!
それに……M2三個小隊のリアクター反応も!」
しかも、レーダー手が告げたその言葉は、火力艦の特性を思えば致命的な内容であったのだ。




