襲撃の予感
さながらこれは、宇宙に咲いた華と呼ぶべき光景だろうか。
ただし、この華……植物ではない。
鋼鉄でできた……直径10キロメートルはあろうかという同心円状の巨大華なのだ。
波紋のごとく広がった円の一つ一つを形成するのは、ポイント203で戦う銀河帝国軍の各艦艇や、発進した主力M2――ドンナーたち。
彼らは、ただ複雑な陣形を築いているわけではない。
その証拠に、一番外側の円から、無数の光条が撃ち放たれた。
大昔のSF映画にも出てきそうなチープさの漂うビームは、重金属粒子の連なり。
各艦及びドンナー各機が、連装粒子砲や粒子小銃から祝砲を放ったのだ。
そして、それが放たれるのは一番外の円のみではない。
外から内へ、次々と交代しながら荷電粒子の光線が放たれていくのであった。
まるで――花火。
大昔、母方の祖先である日本人たちは、最も原始的な火薬である黒色火薬を用い、夜空に花を生み出したという。
対するこれは、荷電粒子ビームという最も新しく……強力な兵器を用いて宇宙に生み出した花……。
きっと、かつての日本人が眺めていたそれに劣らぬ美しさだ。
「おー……きれー……」
その証拠に、ブリッジ内のスクリーンでこの光景を眺めていたエステも、珍しく感情を露わにしている。
……できれば、アマテラスで俺の膝に座ってそうするのではなく、自分の座乗艦であるクシナダのブリッジでそうしていてほしいんだけどな。
「来た時からは考えられないほど、盛大な見送りですね」
傍らに立つマミヤちゃんが、タブレット端末を抱えながら感慨深げな表情を見せる。
結局……。
俺たちアマテラスは、このポイント203前線基地へ10日ほど滞在することとなった。
単純に運び込んできた食糧を搬入するだけなら一日仕事なのだが、アマテラス特製の甘味類を十分配布するのに、それだけの時間が必要となったのである。
特に、最中皮を作り置きしていないアイス最中の人気ぶりは凄まじく、大人気アイドルライブのチケット争奪戦みたいなノリで抽選会が開かれたものだ。
そんなことやって、偉い人が怒らないのかって?
大丈夫。抽選会の仕切りは三大将の一人であるルッツだったから。
んで、結局一度も抽選に当たることはなく、無念そうに普通のアイスクリーム食べてたけど。
さておき、たかが10日。されど10日だ。
モジュール繋ぎ合わせただけの決して居心地がよくない前線基地に、それなりの愛着を抱くには十分な時間であった。
それに、大勢の人と触れ合う中で、自然と仲良くなった人間もいるものだ。
俺の場合だと、ヨーゼフ、エクムント、ルッツの三人と戦友になったな――おっさんしかいねえ!
「マミヤ、こんなんで感慨深げになってちゃいけねえぞ。
これから先、こういうことは何度でも繰り返すことになる。
何度も繰り返さなくちゃいけねえ」
操舵用のステアリングを握ったメケーロ爺ちゃんが、振り返りながら孫娘に笑いかける。
……僚艦であるクシナダとは結構な至近距離で航行しているのだから、安全装置があるとはいえもう少し緊張してもらいたい。
まあ、操舵手専用のモニターへ目すらくれずに危なげない操舵をしているし、朝飯前なんだろうけど。
彼の正体は伝説の傭兵――サンダーアイ。
最も得意なのはM2の操縦だったそうだが、親父殿と共に提督として戦う中で、一通りのスキルを、しかも高水準で習得していると聞いていた。
「まあ、ちょっと感動しちゃうのは分かるぜ。
来た時は本当、おざなりにも程がある対応だったからな」
祖父に言われ表情を引き締めようとするも、なかなか上手くいかないマミヤちゃん。
そんな彼女をほほ笑ましく見守りながら、10日前を思い出した。
あれは、こう……やる気のないコンビニ店員みたいだったな。
らっしゃーせ。あー……ガイドレーザー出しときますね。
とまあ、こんな感じ。
それが、いざ発つとなったらこのお祭り騒ぎだ。
たった10日で、あまりにも好感度稼ぎ過ぎである。
正直、これはちょっと嬉しい。
俺だって人間だ。これだけ感謝の念を向けられれば、思うところはあった。
だが、あくまでも俺の目的は、後に引けない拡張政策の結果、方々へ戦火を拡大している銀河帝国において、無事ベッドの上で生涯を終えることである。
それを踏まえるのならば、この状況は……。
「さておき……ちょいと厄介な状況にはなったな。
大分、大分厄介な状況になった」
「おう、さすがにそんくらいは察してるか?」
独り言めいた俺の言葉に、メケーロ爺ちゃんがニヤリと笑う。
「ちょっと、メケーロ。
あんまり、失礼なことお言いでないよ。
イラコちゃんはね、バカだけど地頭はいいんだから」
「おっと、こいつはいけねえ。
悪かったな、イラコ皇子」
白髪頭をお団子結びにしたかわいらしいお婆ちゃん――通信士のモリー婆ちゃんにたしなめられ、メケーロ爺ちゃんが照れ臭そうに長い茶髪をかきむしった。
……婆ちゃん、この人が伝説の英雄だと知ってるんだろうか?
まあいいや。下手に藪をつついて、モリー婆ちゃんまで「実は只者じゃありませんでした」オチとなっても、反応に困る。
「それで、その……。
何が厄介な状況なんでしょうか?」
タブレット端末を胸に抱きかかえ、黒髪とフリル付きミニスカを翻すマミヤちゃんが、やや照れ臭そうな顔で尋ねてきた。
「あー……。
なんというか、だな。
行きはよいよい、帰りは怖い。
ここに来る時は無人の野を行くかのごとき航海だったが、本国への戻りはそうもいかない。
確実に、敵方の襲撃がある」
何をどうしちまっても縮れちまう天パ体質な自分の髪をいじりつつ、これだけは断言。
別に、外れたならそれはそれで構わないのである。俺が小さな恥をかくだけだ。
つーか……お願いだから外して神様!
「襲撃……?
ポイント203の前線基地からこちら側は、銀河帝国の勢力圏ですよ?
ジンバニアの艦が襲ってくるとは考えられませんが……」
孫娘の言葉に、くくく……と笑うメケーロ爺ちゃんだ。
「イラコ皇子。
すまんが、おれの孫に説明してくれるかね?」
「ん……。
地図の上ではそうなんだけどな。
紙面を塗り潰したようにはならないのが、実際の宇宙だ。
何しろ、三次元的に無限の空間が広がっている。
ことに、ステルス性能に特化した隠密艦ともなれば、過密かつ特殊な磁場を放つアステロイドベルト帯から帝国勢力圏へ抜けるのも、そう難しくはないだろう」
俺がそう言うと、マミヤちゃんはタブレット端末に込めた力を少しだけ強めた。
軍帽付き改造黒軍服に、フリル付きミニスカートと白ニーソ、極めつけの編み上げブーツ。
なんとなく提案者の癖が感じられる女子広報士官用の装いをしていることから分かる通り、マミヤちゃんに施されているのは通常の士官教育ではない。
それも一通りはやっているのだろうが、どちらかというと、お付きになる高官の秘書としての教育が重視されていたはずだ。あと報道映え。
だから、こういうところで見落としが出てくるのである。
「隠密艦による魚雷攻撃……!」
「あるいは、少数のM2部隊による襲撃。
この際、やるなら両方だな」
副官へ答えていると、やはり女子広報士官用ルックでテディベアを抱えるエステが、俺の膝上で振り向く。
そうされると、ツインテールにされた銀髪が鼻をかすめて、少しだけくすぐったかった。
「問題ない。
クシナダが護衛している」
彼女が視線を向けたサブモニターには、随伴するシールド艦の艦影。
特徴的なのは、両舷に備わった巨大なアームだろう。
アームには船体を覆えるほど巨大な電磁シールド発生器が取り付けられており、その防御力は、火力艦の主砲に拮抗できるほどなのだ。
「まあ、頼りにしてるよ」
「髪を触られるのは、や」
頭を撫でてやろうとしたら、拒否られた。
難しい年頃である。




