ベルトルトの怒り
Mobile。
そして、Man。
両単語の頭文字二つを取ったM2という略称も捻りはないが、実際に駆動する18メートル級人型機動兵器の姿もまた、その名を体現したかのような率直さである。
直線が複雑に交差して生み出されたシルエットは無骨そのものであり、まるでブロックパズルを組み合わせたかのよう。
機体の第一印象を決める頭部ユニットからして、大昔のブラウン管テレビをそのまま取り付けたかのような簡素さであった。
極めつけは人型機動兵器としての要というべきマニピュレーターで、これはなんと、万力のような形状をしており、器用さなど望むべくもない。
全ては、極限までパーツ数を減らし、生産性に寄与するため。
帝国軍主力M2――ドンナー。
宇宙戦闘、拠点防衛、惑星制圧……銀河で繰り広げられているあらゆる戦闘において活躍する全領域型機動兵器たちが、今は帝都星ティンゲルからほど近い宙域において、黒と銀で塗られた機体を躍動させていた。
数は、合計で――六機。
それが、三機ずつ左右へ分かれるようなマニューバを取っているのだから、これは素人目に見ても模擬戦であると分かる。
実際、三機というのはM2が一個小隊を編成する際の数であり、つまりこれは、小隊同士で行われる模擬戦闘なのであった。
αとβ……十分な距離を取った両小隊が、ついに戦端を開く。
漆黒の宇宙空間に閃くのは、荷電粒子の光条。
各機、手にした粒子小銃から最低出力のビーム射撃を行っているのだ。
なんの備えもなしに直撃した場合、灼熱の重金属粒子が槍となって、無惨に焼けただれた穴を穿つことになる。
が、宇宙空間での対艦戦も想定しているM2であるから、当然、機体表面は電磁シールドの膜で覆われており、最低出力のビームならば問題なく弾き飛ばすことが可能であった。
むしろ、電磁膜と荷電粒子のぶつかり合う衝撃がパイロットにとっては死を知覚させるほど良い刺激となり、模擬戦を実戦さながらのものとして成立させるのである。
それにしても、だ……。
「温いな。
パイロット教育中のヒヨコとはいえ、もう少しどうにかならんのか?」
必死になって射撃戦を展開するドンナーたちの母艦……。
一枚型カタパルトを備えた旧式航宙母艦のブリッジにおいて、銀河帝国第一皇子ベルトルト・ジーゲルは、そう言いながら艦長を睨めつけた。
「お恥ずかしいばかり……。
教導過程を今一度見直してみます」
キャプテンシートを客人である皇子に奪われた艦長が、立ったままハンカチで冷や汗を拭う。
艦長というものは、自らが指揮する艦においては神であり、父親。
本来なら絶対の存在である。
そんな人間が座るはずの席を奪っているということは、つまりベルトルトはこの場において、神以上の神であり、父親以上の父親であるということであった。
「ふん……せいぜい、頑張ることだ。
我が戦術思想は、あくまでも高速艦による突撃と蹂躙。
だが、ポーンなくして勝てるチェスはない。
敵を散々に翻弄した後は、M2部隊による詰めが必須なのだからな」
鍛え上げた肉体は漆黒の軍服を内から弾けさせんばかりであり、角刈りに刈り上げられた金髪が、整った顔に迫力を付与している……。
まさに、戦士の鑑と呼ぶべき姿の30男がそう言って睨みをきかせると、現役の軍人であってもすくみ上がるほどの迫力だ。
「ははっ……!」
よって、退役の日を心待ちにしていると言わんばかりの風貌をした艦長が、冷や汗に冷や汗を重ねてしまうのは無理からぬことであると言えた。
「まったく、たるんでおる……。
兵を送り出す教導機関こそは、軍隊の礎。
その一角である訓練艦において、こうもだらしない錬成がまかり通っているとは……」
ぶつぶつと言いながら、手元のタブレット端末を睨みつけるベルトルトである。
この周辺に撒かれたドローンが拾う模擬戦の様子は、どの角度から見ても第一皇子のお眼鏡にかなうものではなかった。
必死さ……そう、必死さだ。
あるいは、心意気。
いっそ、気合と言ってしまってもいい。
とにかく、肉体的才能よりもまず、精神的な何かが欠けていると感じられるのだ。
まるで、そう……。
「……イラコの奴めを思い出さずにはおられぬ。
あのやる気がないアジアハーフを、な。
戦艦クラスのポテンシャルがあるベース艦を、まさか菓子工場にしてしまうとは……!
父上も父上だ。
そんなものを褒めそやし、あまつさえ最前線に送るなどと……。
だが……」
そこで、ニヤリと……。
本日初めての笑みを浮かべるベルトルトだ。
「送り込まれたポイント203を預かる大将たちは、いずれも銀河帝国軍の模範と呼ぶべき者たち……。
むしろ、愚弟めに軍規のなんたるかを教えていると考えるべきか……」
この帝都星からは片道で一ヶ月ほど離れた先で繰り広げられるだろう光景を想像し、悦に入った。
――ピコン。
だが、そんなベルトルトの妄想を邪魔するかのように、メールの通知が入ったのである。
「至急、帝都新聞の朝刊を確認されたし、だと……?」
ベルトルト派閥へ取り込み済みのある将軍が送ってきたメールに、眉をしかめた。
通常、ベルトルトは新聞を読むということはしない。
なぜならば、銀河帝国の主要メディアは全て現皇帝フリードリヒと密な関係にあり、皇室にとって不利となる報道はしないことになっているからだ。
まして、ベルトルトが関心を持っている軍事関係の報道は、戦意高揚目的での提灯記事がほとんどであるため、わざわざ目を通すほどの価値がないのである。
そんなことは、派閥の者ならば誰でも知っていること。
それをあえて読ませるというのは、一体……?
「まあ、見てみるか」
タブレットを操作し、すぐさま電子版の帝都新聞へアクセス。
クレジット情報を入れてやれば、タキオンネットから即座に問題の記事がダウンロードされた。
「これ……は……!」
記事を読んで……いや、一面の写真を見て、ベルトルトの額に青筋が浮かび上がる。
掲載されていた写真……。
それは、ポイント203を預かる三人の大将と第四皇子イラコが、にこやかに手を握り合う姿であったのだ。
記事のタイトルはずばり――『激戦区に歓喜の声! 第四皇子の給糧艦が戦意を高揚!』
「ほおう……。
ポイント203で戦う将兵たちは、第四皇子殿下が心血を注いだ給糧艦アマテラスの菓子類に歓喜の声……。
とりわけ、特製のアイス最中は大人気であったと……。
その他、久しぶりのタバコへ涙する兵士の姿もあり……。
兵士たちの心に火をともし、戦意を高揚させた第四皇子殿下へ、この基地を預かる三人の大将は厚く感謝を示し、今後の支持を明言した――貴様らはオレ様の派閥であろうが!」
――バキリ!
握り締めたタブレット端末が、ベルトルトの握力に耐え切れず折れ曲がる。
だが、物質的な八つ当たりを経てもなお、第一皇子の怒りが収まることはない。
むしろ、稼働した原子炉のごとく連鎖反応を引き起こすばかりだ。
高度にモジュール化された結果、他の帝国軍艦船と全く同じ内装のブリッジに、ベルトルトの怒気が満ちる。
「ひ、ひいい……」
艦長が耐え切れず怯えの声を漏らしたところで、ようやく理性を働かせられた。
「まあ、いい……。
よしとしておいてやる」
そうなると、ある重大な事実を思い出す。
そう……イラコが赴いているのは、最前線に他ならない。
「こんな記事が出回ったなら、敵軍も何か手を打つだろうし、な」
そして、補給隊を叩くのは、孫子の兵法にも記された戦いの基本なのだ。
「撃沈までは難しかろうし、そこまでいかずともよい。
イラコはともかく、エステは我が国の宝であるしな。
が、せいぜいあの庶子の肝は冷やしてやってほしいものだ」
つぶやき、笑う。
それは、誰かの不幸を心から願うほの暗い笑みであった。




