三大将との面会 後編
「マミヤ少尉、何を――」
俺が問いかけるよりも先に、マミヤちゃんが席を立ち、振り返る。
そして、腰まで伸びた黒髪とフリル付きのミニスカートをなびかせつつ、背後のドアを開け放った。
プシュリ、という音と共にドアがスライドし、向こう側に待ち受けていた人物が露わとなる。
その人物とは……。
「メケーロじゃねえか?
なんで総舵手兼料理人の爺ちゃんがここに?」
そう……。
我が給糧艦アマテラスにおいて、総舵手と料理人を兼業する爺ちゃんが、コックコート姿で冷凍ワゴンと共に待機していたのであった。
「なあに、込み入った話をするには、甘いもんも必要だろう?」
長い茶髪で左目を隠したイケジジが、ニヤリと笑ってみせる。
「では、お爺ちゃん」
「おうよ」
で、マミヤちゃんに促されるまま、問答無用でワゴンの中身をテーブルに並べていく。
果たして、それは……。
「アイス最中か。
確かに、俺もエステも大好きだけどなあ」
もち米を原材料とした皮でアイスを挟み込んだ和と洋の合体スイーツが、ビニール包みとなっていたのである。
皮もアイスクリームも、ここにいるメケーロ爺ちゃんたちが作ったアマテラス自家製。
特に、冷凍保存してもパリパリ感が長持ちしない最中皮は、ストック保存せず随時焼き上げるこだわりっぷりだ。
まあ、俺がこだわって指示したんだけど。だって好物だから。
そんなわけで、いつ食べたって美味しいアイス最中。
しかしながら、何事にも時と場合と状況というものがあった。
「これは一体、なんのつもりなのか……?」
「たかが少尉風情が、勝手にここへ人を入れるなど」
「しかも、さっきから不要だと言っている菓子を並べおって……!」
ほら、ヨーゼフもエクムントもルッツも、それぞれ困惑と怒りの表情である。
「あー……」
副官による謎のスタンドプレーをフォローすべく、とりあえず口を開いてみる俺。
が、いかんせん急なことなので何を言っていいものか分からず、体の方も膝にエステを乗せているため、身動き不可能な状態だ。
そこへ助け舟を出したのが、意外な人物――メケーロ爺ちゃんであった。
「まあまあ、おれが孫娘にあらかじめ言い含めておいたのよ。
お前らのことだから、イラコ皇子の真意を図りかねるんじゃねえかと思ってな」
「え?
ていうことは、マミヤ少尉ってメケーロの孫娘なの?」
「はい! 実はそうなんです!」
メケーロ爺ちゃんの言葉を聞いた俺が問いかけると、祖父の隣に立ったマミヤちゃんが嬉しそうに、あまり豊かじゃない胸を張ってみせる。
に、似てねえ……。
そもそも、日系の血が入ってるマミヤちゃんとそうでないメケーロ爺ちゃんじゃ、人種が違うし。
いや、それより問題はメケーロ爺ちゃんの方だ。
「貴様……たかが料理人が、馴れ馴れしい口を……」
ほら、怒りをヒートアップさせたルッツが、立ち上がろうとしてる。
だが、そんなルッツに……いや、三大将全員に、メケーロ爺ちゃんはこう言い放ったのだ。
「悲しいねえ。
最後に会ってから随分と経つとはいえ、おれの顔と声が分からねえかよ。
だが、これならどうだ?」
言いながら、メケーロ爺ちゃんが左側の茶髪を持ち上げる。
そうすることで露わとなったのは、凄惨な――傷。
まるで、稲妻が走っているかのような。
むごたらしく焼けただれ、左目を完全に潰している傷だ。
だが、俺はその傷の持ち主を知っていた。
いや、銀河帝国軍に所属していて、その人物を知らぬ兵など存在しないだろう。
それほどまでに英雄的な働きをした人物であり、彼が友として親父殿を助けていなければ、今の銀河帝国はあり得ないのだ。
ただ、傭兵であった彼の本名を知る者はおらず、率直な通り名のみが伝説として知られている。
その通り名とは……。
「さ、サンダーアイ……殿……!」
「ど、どうしてこんな所に……!」
「あわわわわ……」
いい年こいた帝国軍大将が「あわわ」て。
さておき、このポイント203を預かる三人の大将が、揃いも揃ってビビリ顔であった。
だが、それも仕方がないだろう。
だって、サンダーアイといえば、現在帝国軍で上層部やってるほぼ全員の師匠分なのだから。
「ま、おれがここにいる理由なんてのは、大したもんじゃねえのよ。
老後、気まぐれで開いたケーキ屋も潰しちまってな。
どうしようかと思ってたら、このイラコ皇子に声かけられてよ。
こりゃあ面白いってんで、乗り込んだわけだ。
ついでに、銀河皇帝のやつにちょいと無理言って、孫娘も副官として付けたわけよ」
「ふふーん」と言わんばかりに得意げなマミヤちゃんである。
自慢のお爺ちゃんが無双しているのだ。そりゃ、さぞかし楽しかろう。
「で、だ……。
お前たち、もう時代は変わったぞ」
ニマニマしながら傷を見せびらかしていたメケーロ爺ちゃんが、また髪を下ろしながらそう告げた。
「じ、時代が……?」
「おうさ。
というより、世代がだな。
何しろ、フリードリヒのせがれがこうして軍艦預かってて、おれの孫娘がその副官やってるわけだ。
もう、ウィンバニア相手に革命起こしたあの時代じゃねえ」
――ウィンバニア王国。
銀河帝国の前身となった国家だ。
では、具体的にどのような形で前身となったかというと……。
親父殿がナポレオンで、ウィンバニア王国を革命前夜のフランスと考えれば、おおよそ問題はない。
親父殿が味方に付けたのは、民衆だけでなく、非主流派の貴族もだけどな。
「あのクソみてえな放蕩国家から、おれたちは色んなことを学んだよな。
それで、質実剛健。欲しがりません勝つまでは、な今の帝国軍を作り上げたわけだ。
だから、おれたちやお前たちの世代が、嗜好品に難色を示すのは分かる。
が、何事も引き締め続けるってのは不可能だ。
ルッツ、てめえの腹みてえにな」
「う……」
ややだらしないお腹を押さえ、ぎくりとするルッツ大将だ。いや、ある程度出ちゃうのはしょうがないと思うよ? もう若くないし前線の兵でもないし。
70目前なのにマッチョを維持してる親父殿とか、その親父殿と同年代なのに若々しくすら感じられるこのメケーロ爺ちゃんがおかしいのだ。
「……銀河帝国軍のあちこちから、疲弊した声が上がってるらしいってのが、引退したおれにまで届いてるよ。
無理もねえ。
若い連中は、国策だなんだってんで兵隊やってるだけなんだからよ。
そんな連中に、ちっとばかり甘いもん食わせてやるのがなんだ?
ちっとばかりタバコを吸わせてやるのが、なんだ?
誰かが、帝国軍を緩めてやらなきゃいけねえ。
ただし、おれでもフリードリヒでも駄目だ。今の軍規を作った側だからな」
「そこで、イラコ殿下です!」
祖父の言葉を引き継いだマミヤちゃんが、超得意げに言い放つ。
一方、当の本人である俺は、「どこで?」と問いたい気分であった。
「継承権を争わせる皇帝陛下の計に乗り、今こそ、引き締め過ぎた軍規の見直しを図る!
次代の皇帝として内外へアピールしつつ、兵の士気を立て直せる……!
まさに、一石二鳥の策と言えるでしょう」
そうなのか……すげえな。
野望に燃える策略家イラコ・ジーゲル……一体何者なんだ……。
何一つ企てた覚えがない計略を褒められて困惑する俺をよそに、ジジイと孫娘による無双劇はついに、クライマックスを迎える。
「もう、無理しなくていい……。
アイスの一つくらい、食ったっていいんじゃねえか?」
メケーロ爺ちゃんがふと優しい笑みを浮かべながら、テーブルのアイス最中を手で示す。
「お爺ちゃんの言う通り、さっさと食べるべき。
溶けたらもったいない」
俺の膝に座っているエステも、そう言いながらテーブルのアイス最中に手を伸ばし……。
「では……」
「うむ……」
「サンダーアイ殿がそう仰られるのでしたら……」
それが呼び水となったか、三大将もアイス最中を食べ始めたのである。
「ささ、イラコ殿下も」
「ああ、うん……」
それから……。
マミヤちゃんからアイス最中を受け取った俺も含め、皆でアイス最中を食べた。
そして、サクサクの最中と濃厚なアイスが組み合わさった甘味を食し終えた頃には、大将たちが男泣きを見せていたのである。
「うめえ……うめえ……」
「甘味など、いつ以来か……」
「これが、イラコ殿下の目指す新たな銀河帝国軍……」
そして、指についたアイスまできっちり舐め取った三大将は、きりりとした顔になるとこう言ったのだ。
「我らが、間違っておりました!」
「イラコ殿下の試みこそ……給糧艦アマテラスこそ、これからの銀河帝国軍に必要なもの……」
「これからは、ベルトルト殿下ではなく、イラコ殿下こそを推していきますぞ!」
黒人スキンヘッド、赤髪オールバック、金髪U字ハゲのむくつけきおっさんたちに、泣きはらした顔で誓われ……。
「ああ、その言葉を待っていたぞ!」
空気を読んだ俺も心の中で涙しつつ、受け入れたのである。
こうして、俺は超激戦区を預かる将兵全てに支持される存在となった。
……畜生。




