給糧物資ドラフト会議 後編
「パンのような賞味期限が短いものはさておき……。
それ以外の菓子などに関しては、艦内で製造するのではなく、外部の民間企業から購入し輸送した方がコスト的にも品質的にもよろしい。
それは、確かに間違いのない事実だ」
正面から真っ直ぐにシレーネさんの顔を……そう、顔を見つめながら、疑いようのない事実を認めた。
ちなみにだが、どうしてこうまで顔面に視線を集中しているのかというと、単に彼女の美貌へ見惚れているからではない。
ちょっとでも下の方を見ると、貸している黒ジャージを盛り上げるうおっ……すごっ……な部分が目に入ってしまい、話が頭に入らなくなってしまいそうだからである。
「ただ――」
ここで脳裏をよぎるのは、そもそもこの給糧艦アマテラスを建造するに至った目的だ。
親父殿――現銀河皇帝から賜ったベース艦に、農業系の自給自足能力や、菓子類及びタバコの製造能力を持たせる。
全ては、あの戦うことしか頭になさそうなウォーモンガーを呆れさせ、俺を前線から遠ざけさせるためであった。
結果、皇子皇女の誰よりも早く最前線へと送り込まれてしまったわけだが、そこは一度置いておこう。
重要なのは、この経緯から分かる通り、アマテラスという艦は歴史上非常に稀な艦内菓子製造前提の軍艦だということである。
そう、稀だ。
アマテラス以外にそういう設計思想の軍艦はほとんど存在しない。
調べたところだと、第二次世界大戦時、大日本帝国に所属した艦が洋上での菓子製造をやったそうだが、これは、実際に運用して使わないことが判明した空きスペースを活用するのが目的。
つまり、菓子製造を前提としてはいない。
前提とした後継艦も、物資不足で先祖艦の名物だった羊羹は作らなかったらしいし。
これは、少し考えれば当たり前のこと。
たった今、俺が口にした通り、最初から日持ちのする菓子を輸送した方が明らかに効率的なのであった。
だから、第二次大戦後の艦艇史を見ても、嗜好品としてアイスクリーム製造能力を持たせたりすることはあれど、アマテラスのようにガッツリ菓子製造に特化しているふざけた軍艦はほとんど存在しない。
ではなぜ、非効率と分かっていながら、艦内での菓子製造を続けることに誰も異議を述べなかったのか?
それは、ただ単に働く場所がなくなるからではない。
「――精神的なロジスティクスというものもあると、俺はそう考えるに至った」
これこそ、俺の結論。
実際にアマテラスを運用して判明した事実であった。
「精……神的?」
一方、シレーネさんは眉をしかめる。
これがコミックだったら、頭の上にいくつものクエスチョンマークを浮かべていることだろう。
「うん……。
これは、ここにいる皆にも共通認識としてほしいんだが」
言いながら、一同を見回す。
ロジスティクスとは、物品の生産から必要となる現場へ到着するまでの流れを総括した言葉。
元々は軍隊内における兵站を意味する単語だったが、20世紀以降は、民間における物流網をも広く指す言葉となった。
言うまでもなく、そこにメンタリズムの関わる要素は存在せず、当然ながら、精神的ロジスティクスというのは俺の造語だ。
「……ああ」
「ふうん……?」
だが、引退して久しいとはいえ抜群の軍歴を誇るメケーロ爺ちゃんとフェラーリン爺ちゃんは、俺の言わんとすることを察したようで、それぞれニヤリと笑ってみせる。
それで、安心した。
この爺ちゃんたちが納得しているということは、俺はおおよそ間違っていないということだ。
「例えば、軍歌が代表的だな。
聞くと戦意が高揚して、体にやる気がみなぎってくる」
銀河帝国軍の軍歌や、軍楽隊のコンサートで奏でられた古い軍歌の数々を思い出しながら、この拳を握る。
俺がとりわけ好きなのは、21世紀アメリカ海軍の行進曲や20世紀大日本帝国海軍行進曲。
あと、21世紀フィリピン陸軍の行進曲も忘れてはならないな。
特にフィリピン陸軍のそれは、聞いてるだけで憎き侵略帝国を打ち倒すぞ! という気分になってくる。
難点があるとすれば、俺の所属する国家こそ侵略戦争を仕掛けている帝政国家であるというところだ。
え? 曲名? ボルテス◯の歌。
「歌……か。
確かに、兵士たちが走り込みをするにあたって、歌は欠かせないな。
これは我が方だけの事情ではなく、おそらく貴国でもそうだろう?」
胸の前で腕組みした結果、むにゅり! という音がしそうなほど、お胸へダイナミックに両腕を沈み込ませたシレーネさんがうなずく。
この瞬間、メケーロ爺ちゃんの健在な右目はサンダーアイし、フェラーリン爺ちゃんも跳ね馬のごとく目を血走らせた。
が、俺は無事! 今、頭の中では、五人の仲間が力の尽きるまで戦っているところだったからな!
サンキュー! フィリピン!
「走り込み……。
確かに、アマテラスのランニングマシーンを使うお爺さんたちも、よく歌ってますね」
「ランニング・ケイデンスだな。
肉体の限界に挑む際、精神的な充足は必要不可欠。
古きよき伝統だ。
俺は、アマテラス艦内で製造する菓子も、それに近い効果があると思う」
マミヤちゃんに対し俺がうなずくと、膝に座っているエステが見上げてきた。
「単に、甘いものを食べて元気が出るわけではないということ?」
「そうさ。
同じ帝国軍に属する軍艦の中で製造された菓子……それが、重要なんだ」
俺とて人生経験20年しかない若造だ。
しかも、庶子とはいえ一応は第四皇子であるため、対人関係というものは限られている。
その少ない対人経験を基に導き出した結論が、こうだ。
「例えば、同じクッキーでも、市販品と気になるあの子が手作りしたものでは、受け取った時の気分というものが違う」
「ちなみにイラコ殿下はどんなクッキーが好きなんですか?」
「チョコチップ」
「なるほど、チョコチップですか」
何事かタブレット端末にメモするマミヤちゃんはさておいて、続けた。
「作って渡してくれる相手が、気になるあの子ではなく、退役軍人や銃後を守っていたご婦人方であっても、それは変わらない。
いや、むしろ、そのことがプラスに働いてるかもしれないな。
お婆ちゃんからお菓子を手渡しされた兵の中には、感極まっている者もいた」
あれは、そう……。
何事か決壊し、こぼれ出したという涙だった。
別段、甘いものがもらえて嬉しいからというだけで流れる性質のものではあるまい。
「まあ、つまり……このアマテラスで製造された菓子は、単に甘味であるからという以上に兵の士気を高めるわけだ」
以上をもって結論とし、黒ジャージの女騎士殿に視線を向けた。
「なるほど……。
帝国は、物質的にだけではなく、精神的にすらも前線の兵を満たしているというわけか」
彼女の表情は、複雑なもの。
呆れているような……。
あるいは、苦虫を噛み潰したような……。
ぎゅってされたお胸やっぱ……すごっ……。
「ただし、イラコが作った羊羹は除く」
「うるへい、ほっとけ」
膝の上からジト目を向けてくるエステに、俺はそっぽを向いて答えたのであった。




