給糧物資ドラフト会議 中編
宇宙は――広い。
言うまでもない常識だ。
では、どのくらい広いのかと言うと、ここで一つ、物差しとなる材料があった。
銀河帝国の勢力圏からポイント203へ辿り着くまで、片道一ヶ月。
バカ正直に最短航路を突っ切って敵隠密艦に捕捉されるリスクを避けるため、迂回路を使っているというのもあるが、これはなかなかの時間である。
一事が万事。
ポイント203の事例に限らず、宇宙の物資輸送は時間がかかるものであった。
そして、かように広大な宇宙で兵站を維持するとなると、一つの問題が生じる。
生鮮食品をそのまま持ち込んだ場合、いかに冷蔵しようとも傷むという問題だ。
当たり前だが、食べ物は腐る。
そして、軍隊とは多量の食糧を必要とするものだ。
この二つの要素がかち合った結果、現実に起こった有名な事件として「ポチョムキンの反乱」があった。
かの事件を描いた名作白黒映画は、銀河時代の現在においても気軽に視聴可能なため、興味を持ったならば自分で視聴することをすすめたいが、ざっくり概要を説明しておこう。
帝政ロシア時代、ポチョムキンという戦艦の水兵たちが、腐った肉を食事として出されたことにぶちギレ、謀反。
艦長を始めとする士官らをぶっ殺し、なんと艦全体を掌握するに至ってしまう。
そして、怒れる水兵たちは止まらない! そのまま他艦の乗員や陸の者たちも巻き込んで、帝政ロシアへの大規模な革命へと発展していくのだった……。
まさに、事実は小説よりも奇なり。食い物の恨みがいかに恐ろしいかを物語る歴史的事件である。
さて、賢者は歴史に学ぶものというが、数百年前……現在に至る宇宙軍の基本を作り上げし先人たちも、このことは大いに考慮した。
考慮した結果、発達したのが冷凍レーションの技術だ。
まず、宇宙で軍隊が運用された黎明期というものは、同時に人工重量――グラビコンシステムの技術的黎明期であり、今ほどの信頼性がなかった。
つまり、宇宙船内で調理用の火など使ったら、危なかった。
安心して運用できるのは電子レンジくらいのもの。
ならば、電子レンジで事足りる品を糧食として配布すればよいではないか!
しかも、冷凍品ならば鮮度の問題も楽々クリア! ポチョムキンの悲劇も回避成功だ!
……てなもんである。
かくして、宇宙の戦士たちは冷凍食品を食べるものだという伝統と文化、常識が生まれた。
無論、何事においても例外というものはあって、銀河帝国の前身となったウィンバニア王国の貴族たちは、前線においても美食の限りを尽くしたそうだが、ここでは割愛する。
そんなわけで……。
長々と前置きしたが、要は宇宙で戦う軍の食事に生鮮食品は存在しないと、そういう話であった。
すなわち、サラダや生の果物は存在しない。
そんな中、俺たち給糧艦アマテラスご一行は艦内製造した菓子類に加え、実験的にいくつかの果物を持ち込んだ。
具体的に言うと、リンゴ、バナナ、キウイ、オレンジなどだ。
その人気たるや、絶大なり。
まさに、飛ぶような売れ行き。
一人あたり決められた個数の品しか配布できないわけだが、皆、菓子類とこれら果物とで、大いに悩んでいたようである。
もちろん、フルーツ系不動の一番人気はリンゴだ。
繁華街の老舗で売ってるような、目玉が飛び出すようなお値段の高級品というわけではない。
子供の小遣いでも買えるような……ごくありふれた品質のそれ。
だが、そんな安物のリンゴを食べた兵士たちは、そう……随分と違って見えたと思う。
栄養学的に見れば――無論、冷凍レーションは完璧な栄養バランスだが――フレッシュなビタミンを補給したことで、体に活が入ったのだろう。
だが、それだけであれは説明できない。
見舞いやお祝いに贈答することからも分かる通り、フルーツには、人間を幸福にする不思議な力があるのだ。
そして、リンゴを大いに喜んだ兵士たちは、口々にこう言ったものだ。
「リンゴをもっと増やしてほしい」
「できれば、人参もほしい」
はい、というわけで、ここでようやく人参の話に戻りまーす。
なぜ、生で食う果物の話をしていたところで、急に人参が飛び出してくるのか?
答えは簡単……人参は! 皮ごと生で! 食うものだからだ! ドン!
……なーんて、母が日系人であることもあって、陸では日本式の食文化で過ごしている俺には、いまいちピンとこないけど。
幸い、エステを除く他の皇族からは親父殿含めハブにされてたから、食生活を合わせる必要もなかったしな。
だが、銀河帝国の一般人たちは違う。
うちの帝国はヨーロッパ系の人種が多く、一般的な食習慣も、地球文明時代からのそれを受け継いでいた。
すなわち、人参は! 皮ごと生で! 食う! ドン!
もう一回言おう! 人参は! 皮ごと生で! 食う! ドン!
生のリンゴや人参というのは、ちょっとした軽食やおやつ感覚で食されるものなのだ。
と、いうわけで、ポイント203という最前線で命をかけ戦う兵士の皆さんは、新鮮なβ-カロテンに飢えていたのである。
「意外な伏兵だったよなー。
親父殿の話も踏まえて、甘味系やタバコの需要があるのは、分かっていたけど……」
背もたれに体重を預け、天井など眺めながらつぶやく。
いや、俺からすればマジで驚きの展開である。
ガッチガチの人気馬に単勝一点賭けしてたら、そいつがスタート直後に転倒!
巻き添え食らいそうになった他の人気馬も出遅れた結果、穴馬がゆうゆうとゴールしたかのような気分であった。
「アマテラスは他の軍艦と違い、普段のお食事も艦内で作ってますけど、材料のお野菜とかは冷凍のカット品を使うことが多いですからねえ。
でも、人参なら一ヶ月くらい問題ありませんし、増やしてあげるのがよろしいかしら?
他の葉野菜はどうでしょう?」
「葉野菜か……。
例えばキャベツは、通気よくして保管すりゃ一ヶ月くらいは保つもんだが、まあ、生のまま食える鮮度じゃねえわな」
モリー婆ちゃんが軽く挙手しながら言うと、メケーロ爺ちゃんが補足する。
「艦内栽培のトマトが人気だったのも、リンゴや人参に通じる生食需要だわな。
逆に、ナスやピーマンはあんまり栽培する旨味がないかもしれねえ。
オクラはまだ生で食えるけどな」
「まずは試しということで、少ない水で栽培可能な野菜類を選びましたが、見直しは必要かもしれませんね。
水耕栽培はさすがに問題でしょうから、現状と同じ鉢植えで葉野菜を拡充し、現地でサラダパックにし配布するというのはどうでしょうか?」
フェラーリン爺ちゃんが赤鼻をこすりながら意見すると、マミヤちゃんも鼻に手を当てながら提案してくる。
「わたしは賛成。
特に、ピーマンは不要であると前々から思っていた。
二度と栽培してはならない。
今すぐ火を放つべきだと思う」
それに大賛成を示したのが、俺の膝……に座るエステだ。
アイス最中も食べ終え、ちょこんと座りながらしたり顔をするエステの姿に、俺たち大人組は顔を見合わせた。
そして、無言の了解で見事に意思を疎通したのである。
すなわち……。
『ようし! 今夜は新鮮なピーマンを使った肉詰めだ!』
好き嫌いはよくないぞー好き嫌いは。
「何か不穏な空気を感じる。
企みごとはよくない」
「別に、何も企んでナイデスヨー。
さーて、晩飯の献立も決まったところで、生の人参は輸送品目へ加えることに決定で」
「待った。
一切話に出てない夕飯の献立が決まったことに関して、詳細を説明するべき」
「あーあー、聞こえなーい。
惑星レクでナス、ピーマン、オクラの畑は葉野菜系に切り替えることにしよう。
マミヤ少尉は、その手配を」
「承知しました」
「無視はよくない」
俺の膝でジタバタする妹はスルーし、話を続ける。
「ちょっといいだろうか?」
部外者ということもあり、やや遠慮がちに挙手したのがシレーネさんだ。
「どうぞ。
捕虜だからといって、遠慮される必要はない。
今、この場で求めているのは忌憚なき意見だ」
「感謝する。
それで、一つ質問なんだが……。
そもそも、菓子類にしても他のものにしても、このアマテラスという艦で製造する必要はあるのだろうか?
前線へ運ぶのだとしたら、出来合いの品を購入すればいいのでは?」
「ああ、それか……」
亜麻色の髪を一つ結びにした黒ジャージ女騎士さんによる素の意見。
俺はそれに、答えを持ち合わせていたのである。




