姫様、尋問の時間です。 後編
「お茶をお持ちしました」
諜報筋の資料によれば、銀河帝国は国民受けを狙い、女子の広報士官を採用しているのだったか。
入室してきた少女の格好は、まさにその資料で見たのと同じ代物であった。
では、どんな装いなのかといえば、漆黒の改造軍服にフリル付きのミニスカートを合わせ、白いニーソックスと編み上げブーツで足元を固めた趣味的なもの。
軍帽こそ着用しているものの、明らかに通常の軍人がする服装ではない。
年齢は、シレーネよりも少し年下。
アジア系の可愛らしい顔立ちをしており、黒髪を真っ直ぐに伸ばしたヤマトナデシコスタイル。
翡翠の瞳が印象的な美少女である。
そんな彼女が、イラコ皇子とシレーネとを隔てるテーブルの上に、言葉通り茶の準備を整えていく。
丸く取っ手がないのが特徴の茶器――ジャパニーズ式のティーカップで湯気を立てているのは、グリーンティー。
このように取っ手がない茶器を使っていることもあってか、見た限りでは丁度飲み頃の温度に下がっているようであり、湯気に混じって漂う爽やかな茶の香りが、シレーネのささくれていた精神をなだめた。
そして、おそらく茶菓子として用意されているのが、小皿に盛り付けられた謎の――物体。
食べ物であると見受けられる品を指して、物体扱いは品性が足りぬと思うが、そうとしか形容しようのない品である。
色は、黒い。
それが、2.5センチほどの厚みを持つ直方体に切り分けられ、小皿へと盛り付けられていた。
一見して近しいのは、ゼリーか。
だが、ゼラチンをもって固めた菓子であるならば、もう少しプルリとした弾力が感じられてもよさそうなものだ。
この物体に、そのような弾性はない。
ただ、ずっしりとした密度と重量をもって、皿の上に君臨するのみなのである。
そういえば、「切り分けられている」と評したが、そう判断できるのは、長方形の側面があまりに滑らかな断面を見せているから。
その断面があるがゆえに、何らかのペーストを練りに練り上げ、固めたものであると判断できるのであった。
また、上皮と言える部分は、薄く硬質な……ほんの少し白色をした膜状であり、ひょっとしたならば、これは砂糖でコーティングでもしているのかもしれない。
(これは、一体……?)
シレーネがそのような思考をしたのには、理由がある。
菓子の正体が分からず、首を捻っているからだけではない。
茶も菓子も、イラコ皇子と自分に一セットずつ供されたからであった。
(まさか、捕虜に対して茶と菓子でもてなすということもあるまい……)
意図が掴めず、ジロリとした眼差しをイラコ皇子に向ける。
対して、先ほどまでの皇子はあれほど恐ろしい眼差しでこちらを見据えていたというのに、少女広報士官が入ってきてからは、全力で目を逸らそうとしているかのように茶と菓子へ首ったけだ――あ、組んでた足を戻した。
「ふうん……」
なんだろうか……?
皇子から、獲物を前にした火竜のごとき眼光が消え去る。
その状態で彼は、丁寧にカップを持ち上げ、そして――すすった。
――ズズリ。
……と。
文化によっては、下品とそしられかねない音。
シレーネにとっても、あまり気分のよい音ではない。
だが、さすがに育ちが良いということだろう。
彼が茶をすする音には、聞く者の神経を逆立てる不快さはなかった。
むしろ、茶に秘められた香味や爽やかさを想起させる気持ちの良さすらあるのだ。
「ふふ。
いい香りだ。
さすが、マミヤ少尉だな」
「こればかりは、絶対に手を抜きません」
むん、と拳を握った黒髪の少女――マミヤ少尉というらしい――が、力強くうなずく。
なるほど、そんなに美味いのか。
そういえば、戦闘からこっち、一切水分を取っていない。
喉が乾いた自分を知覚した途端、シレーネは気がついた。
これは……。
これは……!
(尋問はもう――拷問に代わっている!?)
そうなのである。
目の前にいるイラコ皇子は……あの悪魔がごとき殺戮者は、暗にこう言っているのだ。
飲みたいか?
食いたいか?
ならば、屈しろ。
そして、話せ。
貴様が知っている価値ある情報を……!
間違いない。
で、なければ、能天気に自慢の茶と食べ物を出しただけということになった。
それではまるで、このお茶とよく分からないお菓子(?)を自慢したいだけではないか。
(――舐めるな!
あたしは決して屈さんぞ!)
その強い決意と共に、カップのグリーンティーを眺める。
それにしても、グリーンティーという飲み物が放つ香りはなんと爽やかで、甘さを感じさせることだろうか。
決して、砂糖のように直接的なそれではない。
だが、摘まれた茶葉に含まれた若々しき生命が、ほのかな……それでいて、確かな甘味として表れているのだ。
(屈さない! 屈さないったら屈さない!)
親の仇……ではないが、同胞の仇が淹れた代物であることは間違いない。
憎々しさを込め、カップを睨みつけた。
だが、そんな自分のことなど意に介さず、イラコ皇子は次の動きを見せたのである。
――カチャリ。
……という音を立て、奇妙な黒い物体に添えられた木製の極小ナイフが、皇子の手に取られた。
そして、皇子はその刃を、黒い物体にそっと押し当てたのだ。
――ザリリ。
瞬間、パイロットとして鍛え上げたシレーネの聴覚は、確かに捉えた。
木製のナイフによって、黒い物体の上皮が割ける音を……!
なんという――小気味よさ!
やはりこれは、砂糖によるコーティングと見て間違いない。
それが、艦船級の電磁シールドがごとき強固さで、内に秘められし部分を守っていたのである。
(あうううううぅぅぅぅぅ!
しゅがあああああぁぁぁぁぁ!)
それだけで察してしまう。
もはや、菓子であること疑う余地もないこの品に、尋常ではないほどの糖分が叩き込まれていることを。
何しろ、隠密M2部隊の一員として、隠密艦に間借りする日々を過ごしてきたのだ。
ただでさえ狭苦しいジンバニアの隠密艦に定員以上で乗り込んでいるわけだから、嗜好品の入り込む余地など文字通り一ミリもない。
よって、味も素っ気もない冷凍レーションのみでしのいできたのである。
そんな女の子に対して、砂糖の膜が割けるこの音はもう……犯罪的だ!
「屈――」
(――はっ! 今何を言おうとした!?
しっかりしろ! あたし!)
ついつい「屈する!」と言おうとした自分に気付き、戦慄した。
だが、イラコ皇子はそんな自分に気付くことなく、謎の菓子を切り進める。
それで、更に察してしまう。
この菓子が、何を材料としているのかは分からない。
だが、素材となったそれをペースト状にして砂糖を混ぜ……おそろしく高度な技術で練り上げたのは、明らか。
その上で、ゼラチンに似た何かと混ぜ合わせ、固形化しているのだろう。
さて、なぜ高度な技術で練り上げられたのだと分かったのか?
それは、切り進める木製ナイフに、かなりの力が加わっているのを見て取れるから。
容易に刃を通さないほどの密度は、シレーネが感じていた以上。
しかも、あらかじめ切られていた部分の断面で分かる通り、驚くほどの滑らかさを併せ持つのであった。
感じる……間違いない。
もし、この菓子を一口頬張ったなら、極上の舌触りが待っている。
そして、圧倒的かつ上品な甘味を炸裂させた後、それは淡雪のごとく余韻を残しながら消え去るのだ。
かくなる上は、致し方なし!
「――屈しましゅうううううぅぅぅぅぅ!」
「――何に!?」
ジンバニア王立連合を構成する国家の一つ、ヨーギル王国の第一王女シレーネ。
彼女は屈した。
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そして、賢明なる読者ならばもうお気付きであろう。
そう……。
別に、普通に食べてよかったのである。




