イラコが動かしたモノ
アマテラスという給糧艦は、全長400メートルを超す箱状の艦影をしており、船内は上から順に大きく三つのブロックへ分かれている。
それだけならば、銀河を行く艦艇としてごくごく標準的な内部構造……。
他艦にない特徴は、各ブロックに三か所ごと、とある設備が導入されている点であろう。
すなわち――喫煙所。
大人が五、六人は座り込めるだろう無機質な空間の中央に、強力な空気清浄能力付きのアッシュトレイが設置されているのだ。
「ふぅー……」
そんな癒しの場を幸いにも独占したメケーロは、がに股座りとなり、肺から紫煙を吐き出していた。
ニコチンが脳の毛細血管を駆け巡り、老体に沁み込んだ疲労が、肺から煙へ溶け込んで外に排出されていく快感……!
これだけは、決してやめることができない。
ましてや、孫娘であるマミヤの手配に従って連絡艇を駆り、大急ぎでチョコレートと台本を届けて帰還するというひと仕事を終えた後なのであるから、なおのことだ。
「ふぅー……」
圧倒的充足感に浸りながら、タバコの味に酔いしれる。
今、メケーロが吸っているのは、銀河帝国内で広く普及している市販品。
様々な名目の税金が課せられた結果、一箱あたり、トッピング入りのバーガーセットほどの値段で売られているものだ。
艦内の栽培プラントで育てられているタバコが無事に収穫されれば、いずれはこれも、黒い包み紙に太陽を模した赤マークというアマテラス製を意味する品に代わることだろう。
空中に留まることなくアッシュトレイへ吸い込まれていく紫煙を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。
「あら、メケーロさん。
さぼっておいでですか?」
このアマテラスにおいて、通信士の役割を担うモリーが入室してきたのは、そんな時のことだったのである。
「おう、ひと仕事終えたところなんでな。
堂々と、一服させてもらってるぜ」
「あらあら、正直ですこと」
白髪をお団子結びにしたキュートな老婆が、上品な笑みを浮かべた。
それから、彼女もまた手にした小さなバッグから、メケーロのものと同じタバコを取り出したのだ。
意外に思えるが、上流階級出身としか思えぬ淑やかさの彼女もまた、喫煙者なのである。
「ふぅー……」
「ふぅー……」
お互い、ゆっくりと肺に紫煙を溜めては、吐き出す。
「そういや、これでよかったのかね?」
メケーロが顔半分を隠す茶髪に手をやりながらつぶやいたのは、単なる気まぐれ。
喫煙所という場所は、なんとなく雑談したくなるオーラが漂うものなのだ。
「よかったというと、何がですか?」
「いやほら。
火力艦ヴェルダンディの処遇だよ。
特に、第三のバカタレに銃を向けたっていう副官だ。
生まれるだろう孫の顔を見たいっていう理由はあったみてえだが、結局は命惜しさ。
命惜しさに皇族へ銃向けるようなバカを無罪放免にしたんじゃ、示しがつかねえだろ?
口裏を合わせたといっても、秘密は漏れるもんだしな」
「……」
メケーロの言葉を聞きながら、モリーはゆっくりとタバコを吸っていた。
「ふぅー……」
そして――吐き出す。
(――なんだ⁉)
次の瞬間、メケーロは大いに驚くこととなる。
いつもは、おだやかな微笑みを絶やさないモリー……。
キュートなお婆ちゃんと表現すれば、おおよその要素を拾えるだろう彼女が、伝説の傭兵サンダーアイをして背筋が震えるほど迫力のある笑みを浮かべたのだ。
「うっふっふ……。
メケーロさんってば、おかわいらしいこと」
「かわいらしい? おれがか?
そんなこと言われたのは、初めてだな。
どうして、そう思うんだい?」
「だって……あまりに単純なんですもの」
そこまで言ったモリーが、吸い終えたタバコのフィルターをアッシュトレイに捨てた。
そして、続く二本目に火をつけたので、メケーロもそれにならう。
「ふぅー……。
メケーロさんはすごい兵隊さんでいらっしゃるけども、それでも、兵隊さんでしかないのね。
イラコちゃんのように、大きな視点で見ることができてない。
それができていれば、今回の差配は情けをかけてのことではなく、必須のことであるとお分かりのはずよ?」
「大きな視点か……。
確かに、そいつはちっと自信がねえな」
戦友であるフリードリヒは、それがあったから銀河皇帝の地位にまで上り詰めた。
対して、自分はそれがなかったから、せっかく開いたケーキ屋も潰してしまったのである。
看板商品である『当店のイケオジパティシェが厳選された素材(特に卵はシャンメイラ市の養鶏場から直接仕入れている極上品です)をふんだんに用いて作り上げた濃厚なコクと淡雪のようにさわやかな後味の良さを誇る生クリームが美味しいショートケーキ』は、1ピースにつき今吸っているタバコ四箱分というリーズナブルなお値段だったというのに……!
店を開いた場所も、騒がしい繁華街から離れた静かな場所だったというのに、どうして潰れてしまったんだ……!
いや、過ぎた話は置いておこう。
「ちょっと考えてみたが、やっぱり分からねえな。
答えを教えてくれるかい?」
長く伸ばした左前髪の下……左目を潰す稲妻のごとき古傷に触れながら、尋ねた。
すると、モリーは凄絶な笑みを浮かべたまま、こう言ったのである。
「敵と認定して潰すのは、容易。
しかし、そう簡単に裏切らない味方を作ることは、至難ということ。
そして、今のイラコちゃんにとって、よく働く手駒というのは、なくてはならないものなのです。
何しろ、アマテラス一隻では、到底追いつきませんから」
「ああ……」
それで、メケーロも気付く。
「確かに、銀河帝国はあちこちと戦争中で、同じように士気を高めてくれる給糧艦は、少しでも多く欲しい状態か」
「ですが、戦艦造りというものは、お菓子作りのようにはいかないもの。
見積もりを出して認可を得て企業に依頼して……と、高度にモジュール化されたこの帝国であっても、かなりの時間が必要になります。
そうなると、艦も人員も通常の指揮系統から外れていて、かつ、素体となるフレームは無事なあのヴェルダンディという艦は、とても魅力的ですね」
「なあるほど、なあ……。
改造して、アマテラス級二番艦と呼べる艦にしちまうわけか」
「敵として排除してしまえば、あの艦ごとプラスもマイナスもなくゼロへ帰するだけ。
対して、取り込んでしまえば、話が漏れるリスクを多少背負うことになりますが、明確なプラスになります。
その漏れる情報にしても、イラコちゃん自身は情け深い采配をしただけで、基本的には第三皇子さんの失態でしかないのですから……」
「ふうん……。
解説されてみると、利点しかねえな。
なるほど、孫から頼まれたまま、忙しく働いた甲斐があったってもんだ」
「あらあら、忙しくなるのは、まだこれからですよ?
何しろ、イラコちゃんはアマテラスという針で、穴を開けたのですから」
「穴を開けたって、何にだ?」
話をするのに夢中だったからだろう。
メケーロの手元で、灰と化したタバコがポロリと落ちた。
それを見ながら、モリーはこう言ったのである。
「銃後という、巨大なダムにです。
これから、その穴はどんどん広がって、帝国に大きな影響を与えますよ。
とても……」
そこまで言って、モリーは凶悪とすら称せる表情をひっこめた。
「……楽しみですねえ」
そして、いつものキュートなお婆さんに戻ると、華麗な動作でタバコをアッシュトレイに投げ入れ、喫煙所を後にしたのである。
「おっかねえ……。
ありゃ、帝国の裏側に巣くうモノノケだぜ」
それを見送ったメケーロは、フィルターぎりぎりのところまで燃え尽きているタバコから、最後のひと吸いを試みたが……。
最初に吸った時ほどの美味さは、感じられないのであった。




