第三皇子と書いてアホと読む 後編
怒りという感情は、「こうあるべき」という認識に対して、現実側でズレが発生した場合に生じるものだという。
それを考えれば、なるほど、今のヴォルフは怒りの絶頂にあると言えるだろう。
この栄光ある銀河帝国第三皇子が、自ら連絡艇を操縦して輸送船もどきに乗り込んでやる……。
その上で、アジア系との庶子である第四皇子と末の妹である第四皇女に、この兄へ助力する栄誉を与える……。
いずれも、相手の立場からすれば望外の栄誉と呼ぶ他にない。
受け入れ、ヴォルフが提案した以上の献策をしてみせるのが当然。
まして、断るなど決してあり得ることではないのだ。
それが……それが、あのような屈辱!
連絡艇のステアリングを握っていると、捻り上げられた右肩がじわじわとした痛みを訴えかけていた。
シャツの背筋を濡らしているのは、あの時にかいた冷たい汗。
まさかイラコが、あのような技の冴えを見せるとは……!
いや、あれは、こちらが少し油断していただけだ。
頭に血が上ってさえいなければ、あんな緩み切った顔の男に取り押さえられることなどないのである。
「こちらヴォルフだ。
これより帰投する。
三番ハッチを開けろ」
無念にも大破することとなった座乗艦ヴェルダンディは火力艦と呼ばれるタイプの戦艦であり、艦の機能は全て、艦首大口径荷電粒子砲を放つことに注がれていた。
とはいえ、当然ながら、くつわを並べる他艦に連絡や届け物をすることは想定されているため、少ないながらも、発着口と連絡艇は用意されているのだ。
ヴォルフが開口指示を出したのは、隠密艦の魚雷を受けてなお生き残っていた発着口……。
ガイドレーザーに従い、無機質な四角い穴へと飛び込む。
すると、連絡艇の背後ですぐさま二重ハッチが閉鎖され、空気と人工重力が内部を満たした。
同時に、壁面から飛び出したマシンアームが空中静止中の連絡艇を固定する。
「ふん……」
それとほぼ同時にコックピットハッチを開いて飛び出したのは、それだけ憤懣やるかたない思いであったから……。
この激情をなんらかの形で吐き出さないことには、いかんともしがたかった……。
そして、幸いというべきだろうか?
その対象と、怒りをぶつけるに足る正当な理由の両方を、今のヴォルフは持ち合わせていたのだ。
「主たる要員をブリッジに集めい!
輸送船もどきへの連絡を優先し棚上げとしていたが、これより、敵前での裏切り行為に関する簡易軍事法廷を開催する!」
出迎えるべく馳せ参じた士官に、筋骨隆々とした第三皇子はそう命じたのである。
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銀河帝国の艦船は高度にモジュール化された結果、どの艦であっても同じブリッジを保有しており……。
その無機質かつ機能的なブリッジ内には、今、機関長や医療長など、各役職の長たちがずらりと居並んでいた。
特徴的なのは、いずれもが若いこと……。
皆、二十代前半の青年たちであり、各種の専門教育を修了したばかりであることが一目で分かる面構えなのである。
これは、ヴォルフが第一皇子ベルトルト同様、軍内で派閥を築こうとした結果だ。
八つもの年齢差によって生じる地盤の違いはいかんともしがたく、どうにか配下として集められたのは、自分と年齢の近い者たちだけであったのだ。
唯一、ベテランの軍人であるのが、父たる銀河皇帝の命で赴任してきた副官……。
鍛え抜かれた茶髪の中年男は、ゴツゴツとした顔に緊張の色をにじませながら、輪となった一同の中央に立っていた。
「さて……。
諸君も知っての通り、ここにいる我が副官ことロリンチは、オレを補佐する立場にありながら土壇場で降伏を申し立てると共に、この貴き身へ拳銃を突き付けてきた。
これより、簡易軍事法廷を執り行うが、議論の必要はなし。
皇族への反乱罪により、問答無用で死刑とするが、異議はないな?」
玉座のごとくキャプテンシートへ腰かけたヴォルフが、一同を見回しながらそう尋ねる。
そう、略式とはいえ裁判の形を取っているものの、これは単なる確認。
強いて議論するべきは処刑法であるが、これはやはり、生身で宇宙に放り出し、地獄の苦痛を――。
「「「――異議あり」」」
異口同音とは、まさにこのこと。
示し合わせたように……否、実際、示し合わせたのだろう。
ロリンチ以外の全員が、明後日の方向へ目を向けながらそう言ったものだから、ヴォルフはあんぐりと口を開けることとなった。
「お前たち、一体、何を言っているのだ……?」
「たった今、ヴォルフ殿下が口になさったことを、我々は一切関知しておりませぬ」
「実際に起こったのは、当艦が指定されていた航路を外れて敵隠密隊に捕捉され、大破したということのみ」
「おそらく、ヴォルフ殿下は戦闘時のショックにより心神喪失し、本来起こらなかったことを記憶するに至っているのではないかと」
「何しろ、皇族の中で最も早く座乗艦を……それも、偉大なる皇帝陛下の命に背いた結果として失っておりますからな」
「この失態ぶりを思えば、誰かになんらかの形で罪を負わせたくなるというのも、分からぬ話ではありませぬ」
スラスラと……。
与えられた台本でも読み上げるかのように、明後日の方を向いた部下たちが語り合う。
「な……あ……」
もはや、ヴォルフとしては言葉もない。
自分が完全に蚊帳の外へ置かれていると、気付いたからだ。
この場に……いや、この銀河に、もはや第三皇子ヴォルフ・ジーゲルへつく者は存在しないと、気付いたからだ。
しかし、これは一体、どうして……?
「当艦における医療長として、惑星レクへ到着した際は、第三皇子殿下にはしばしご静養頂くのがよろしいと、皇帝陛下に具申することといたします」
「では、それまでの間、当艦の指揮は……?
心神喪失されている以上、ヴォルフ殿下にお願いするわけにもいかぬでしょう?」
「序列に従い、副官であるロリンチ殿が指揮されるのがよろしいかと」
「なるほど……。
機関長として、賛成します」
「砲術長、異議なし」
「主計長、異議なし」
「航海長、異議なし」
「通信長、異議なし……」
機関長と医療長が出した結論に、各員が賛同の意を示していく。
なんという鮮やかな――謀反。
もはや、ヴォルフの立ち位置は、観劇する客でしかなかった。
客席からどのように罵声を浴びせかけようとも、舞台上の演者たちは淡々と己が役割を演じきるだけなのだ。
「一体、どうして……?
そいつは、オレを撃とうと……。
貴様ら、帝国軍人としての誇りはないのか……?」
それでも吐かずにおれない言葉を吐き出すと、しん……とした静寂がブリッジを支配した。
数秒の間を、挟んだだろうか?
これを破ったのは、ここまで沈黙を貫いてきた人物――ロリンチだ。
「では、私は失礼します。
アマテラスに赴いて、マミヤ殿と打ち合わせをしなければいけませんのでな」
言いながら、彼が懐から取り出したのは――チョコレート。
板状のそれを、質素な銀紙と黒い包み紙で包み、上から太陽を思わせる赤いマークの刻印が押された嗜好品であった。
そんなものをこの銀河帝国軍で支給する艦など、一つしかない。
支給する者など、一人しかいない。
こいつら……。
オレがイラコと会っている間に、買収されてやがった……!
「くれぐれも、お礼を言っておいてください」
「命あっての物種」
「ジンバニアの隠密艦に沈められていたら、このチョコレートも食べられませんでしたからな」
やはりチョコレートを取り出した他の者たちが、したり顔で言い合う。
「ああ……」
それを聞いたヴォルフは……。
「ああああ……」
ただ頭を抱えながら、キャプテンシートでうめくのみだったのである。
次回は、第三皇子の処遇に関するちょっとした蛇足のエピソードです。
手温いと思ってる読者もいるだろうけど、理由あっての温さなのだ。
特に副官に関しては、イラコも本来なら相応の処置を取るし(イラコも皇族であるため、自分の命のためにもこんな前例は本来決して許してはならない)。
そして、お読み頂きありがとうございます。
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