アマテラスオオカミ 1
時刻は数分前……イラコ皇子の駆るタイゴンが、敵M2部隊を引き付けることへ成功した場面まで巻き戻る。
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銀河帝国軍の戦艦は高度にモジュール化された設計となっており、軍歴の長い者ならば、どの艦のブリッジに乗り込んだとて「見慣れたブリッジ」という表現になるのだという。
だが、16歳の新人少尉であるマミヤ・ビルケンシュトックにとっては、まだまだ慣れない場所。
漆黒の軍帽付き改造軍服にフリル付きのミニスカートと白ニーソックスを合わせ、編み上げブーツで足元も固めたこの姿……。
女子広報士官用の士官服という鎧で身を包んでいなければ、萎縮してしまいそうな空間である。
「ひゅう……なかなかやるじゃねえか。
上手いこと連中を引き付けやがった」
そんな給糧艦アマテラスのブリッジにおいて最も目を引く箇所――巨大な長方形をした正面メインモニターへ目をやった祖父にして操舵手のメケーロが、口笛混じりにつぶやく。
「引きつける……?
お爺ちゃん、そんな必要があるの?」
腰まで伸ばした黒髪――枝毛一つないのはささやかな自慢だ――を撫でながら聞くと、祖父は顔半分を覆っている茶髪の下に手をやりながら「ああ」と答えた。
髪の下に隠れている古傷――稲妻のような形状で左目を潰しているそれに触れるのは、彼の癖なのだ。
「私が聞く限りだと、ジンバニア王立連合のM2乗りは銀河時代に蘇った騎士だというけど……?」
「おれが知る限りでもそうさ。
人類が、母なる地球を離れて幾星霜……。
何かよすがとなる文化がなければ、誰も自分を保てねえところまできちまった。
ジンバニアの連中にとってそれは、古き良き騎士道精神なんだろうよ。
若い頃、ジンバニアのパイロット連中と話したこともあったが、まあ、なんというか、そういう時代を題材にした映画から抜け出てきたような奴らだったさ」
「けどねえ、マミヤちゃん。
何事も、絶対というものはないんだよ?
まして、本当はおっかないイラコちゃんが、あんな恐ろしいロボットで戦おうとしてるんだから……。
追い詰められて、あのヴェルなんとかという船を人質にしようとする人が出ても、あたしは責めません」
祖父の言葉を引き継いだのは、モリーさんだ。
白髪をお団子結びにしたかわいらしいお婆ちゃんは、今も通信士専用の機器に囲まれながら、にこやかな笑みを浮かべている。
ただ、暖かな眼差しの根底にあるのは、マミヤごとき小娘では思いもよらぬ冷たい価値観だと思えた。
「それで、イラコ殿下は、ああまでして敵を挑発した……?」
思い出されるのは、敵M2中隊を率いているらしい女性とイラコ皇子のやり取り。
わざわざ声色まで変えての、徹底した挑発の数々……。
その上、貴い身を真空の宇宙に晒すことまでしたのだ。
「へっへ……大したやつだ。
やはり虎の血を継いでやがる。母獅子の魂もな」
「人間こそが、宝。
どんなすごい武器や戦艦でも、代えはききますもの。
イラコちゃんは、その辺りをよく分かっているいい子ですよ」
祖父とモリーさん……二人の年長者が、口角を上げる。
ただの笑みではない。
何かもっと、奥深い表情だ。
「ヤバいパパとヤバいママさんとの間に生まれたヤバいイラコが、M2部隊は引きつけてくれた。
わたしたちは、残る隠密艦の相手をする」
カタカタ……と、いつもは抱いているテディベアの背を指で叩きながら告げたのは、キャプテンシートの少女。
十一人いる皇子皇女の中で最年少――12歳のエステ・ジーゲル第四皇女殿下であった。
普段やわらかそうなテディベアの背は、タッチパネルへと変じており……。
そこに、エステ殿下が猛烈な勢いで命令をタイピングしていく。
マミヤと同じ女子広報士官用の士官服を着用した彼女は、一見すれば、輝かしい銀髪をツインテールにしたお人形のような美少女にしか見えない。
しかし、その実は、銀河帝国の宝とも言われる天才……。
だからこそ、最年少でありながら、他の兄弟同様に戦艦を与えられたのだ。
そして、テディベア型端末を通じて指揮しているのが、その座乗艦――クシナダなのであった。
「相手をすると言っても、クシナダに守り続けてもらう以外、手は思いつきませんが……?」
サブモニターに映し出されたシールド艦の勇姿を見ながら尋ねる。
最大の特徴は、両舷部に備わった超巨大なマシンアームだ。
そこに取り付けられた電磁シールドは、船体を覆えるほどの長大さであり、見た目通り鉄壁の防御力を誇った。
正面切っての戦いならば、隠密艦ごときの光子魚雷などいささかも脅威ではないだろう。
ただし、防御特化型であるクシナダ側も、反撃の手はないのだが……。
「おや、艦内各所から通信が入っていますよ。
今、まとめて出しますね」
モリーさんがそんなことを言いながら、専用のコンソールを操作する。
すると、クシナダが映し出されているのとは反対――左舷側サブモニターの画面に、いくつものウィンドウが表示されたのだ。
そこでこちらを見据えているのは、アマテラスの艦内各所で働いているお爺さんたち……。
通信が繋がるや否や、彼らは異口同音でこう言ったのであった。
『『『――接舷だ! 直接乗り込んで、ジンバニアの連中ぶっ殺してやる!』』』
見るからに血に飢えた表情で、かつて最前線を駆け巡った退役老人たちが叫ぶ。
食品工場用の作業着などを着用した彼らの肉体は、現役を退いて久しいというのにいまだ衰えを知らぬムキムキ具合。
なんだか、接舷したら本当に肉弾戦で全てを片付けてしまいそうな迫力であったが……。
「――却下。
隠密艦が相手とはいえ、無防備なアマテラスで接近戦を挑むなんてどうかしてる」
『『『ちいいっ!』』』
死ぬほど悔しそうな老人たちとの通信が、プツリと音を立てて打ち切られる。
「まあ、イラコ皇子がM2隊を片付けてくるのを待つとしようや。
丸腰で飛び出しちまったが、敵機から粒子小銃を奪えば、隠密艦くらいなんとかなるだろ?」
「正直、イラコ殿下に単独で出撃してもらったのも、どうかと思うんですけど……」
「へーき、へーき。
あいつぁ、そこら辺の雑兵にやられるタマじゃねーさ」
気楽に手を振りながら何もかも主君任せとしようとする祖父へ抗議すると、それもまた、気楽に却下された。
そんなに、強いのだろうか……?
そもそも、あの黒いM2が搭載されていること自体を知らなかった身としては、賽が投げられた今でも懐疑的になってしまう。
「――却下。
わたしは、あの隠密艦の相手はこちらですると言った」
そんな祖父の言葉をまたも却下したのが、キャプテンシートのエステ殿下……。
「おいおい、エステ皇女。
おれの孫も言ってたが、こっちには武装がないんだぜ?
それこそ、直接殴り込みでもしなきゃ――」
「――殴り込むことはしない。
ただ、殴って倒すのは合っている」
テディベア型端末をポチポチといじりながら、エステ皇女がツインテールの銀髪を揺らす。
そして、次の瞬間に彼女は、驚くべきことを宣言したのだ。
「ん……合体プログラムのインストール完了。
こんなこともあろうかと、クシナダとアマテラスには超巨大ロボットへ変形合体する機能を設計段階で組み込んである。
というわけで、合体開始。ポチ」
「――え?」
タブレット端末を抱えたマミヤの隣で、エステ皇女がテディベアの鼻先を押し込む。
すると、アマテラスの船体そのものが、恐るべき力で鳴動し始めたのであった。




