タイゴン 中編
「第四皇子が直々にM2で出てくるだと……?
いや……」
本来、兵に守られるべき王族や皇族というものが自ら機動兵器に搭乗し前線へ出てくる……。
反射的に否定したくなる情報を、しかし、シレーネは飲み込むことにした。
と、いうのも、だ……。
「そういう人間は、どこにでもいるか……」
その事実が、あったからである。
これを否定するならば、たった今、M2のコックピット内で、一つ結びにした亜麻色の髪をいじる自分はなんなのかという話なのだ。
「それに、銀河皇帝は自分の子供たちに戦艦を与え、前線へ送り込む生粋の戦闘狂……。
その子供が同類だというのは、納得できる話か」
その割に、第四皇子イラコ・ジーゲルが改装した戦艦こそ、戦闘能力皆無の給糧艦であるわけだが……。
そこを考えても始まらぬ。
それに、きゃつが告げた言葉の中で真に聞き捨てならないのは、その部分ではないのだ。
「――黒いM2に告げる!
こちらはファング1!
展開するM2各小隊を束ねる立場にある者だ!」
『返答感謝する、中隊長殿。
あらためて名乗るが、こちらは銀河帝国第四皇子イラコ・ジーゲルである。
皇子自らの手で相手にしてもらえる栄誉を噛み締め、堂々とかかってくるがいい!』
M2という機動兵器は、三機で一個小隊となり、三個小隊で一個中隊として扱われるのが銀河の基本。
よって、シレーネを指して中隊長と呼んだイラコの判断は間違っていない――事実としてその役目も果たしている。
しかし、大きな認識違いをしている部分があり、そこを訂正させずにはいられないシレーネだ。
「イラコ・ジーゲル!
二つほど修正願おう!」
『ほおう……?
一体、何を修正しろと?』
「人質を取っていると言ったり、堂々とかかってこいと言った部分だ!」
『………………』
通信機から感じられるのは、イラコの息遣い……。
そして、奴が乗っている黒いM2は、腕組みした姿勢に戻って静止するばかりだ。
『くっくく……』
静寂の宇宙をなお静かにする沈黙は、イラコの含み笑いによって打ち消された。
『くはははははっ……!
これは面白いことを言う……!
その火力艦ヴェルダンディに、我が兄上殿が乗船していることは承知の上だろう。
貴様ら、その周囲へハエのようにたかり、質にしようとしているではないか!?
まっこと、ジンバニアの腰抜け共には相応しき闘法よ!』
「――黙れ!
黙れ! 黙れ! 黙れ!」
まるで、わざとそういう声を作っているかのような耳障りさ!
それを打ち消さんがため、声を張り上げる。
「我らジンバニアのM2乗りは誇り高き銀河の騎士!
貴様ら帝国軍のけだもの共と一緒にするな!
今の状況は、こちらが紳士的に捕虜として扱おうとしていた場面に貴様らが現れたから、こういった形になっているだけの話だ!」
『言うだけならば、なんとでも言うだろう!
ジンバニアの騎士とやらが、いざとなれば騎士道などかなぐり捨てる腰抜けであることは、すでに各戦線で実証されているわ!
そうでないと言うのならば、態度で表すがいい!
俺の方も、それを――お見せしよう!』
その言葉が告げられた瞬間……。
シレーネが乗るピノキオのカメラアイは、信じられない映像を捉えた。
黒いM2の胸部コックピット……その上部ハッチが開口。
そして、内部のパイロットシートごと、搭乗している士官服の青年を表に押し上げたのだ。
そう、黒い縮れ毛が印象的な……士官服のアジア系青年である。
人種的特徴すら明らかになる無防備さで、真空の宇宙に身を晒したのであった。
当然、目は固く閉じている。
時間も、一秒に満たぬほどで、すぐさまシートごとコックピットに再収納された。
だが――なんたるクソ度胸!
『ふぅー……。
どうだったかな?
目は閉じていたが、顔も見れただろう?
こちらは、宣言通り一切の嘘偽りなく、こうして戦いに臨んでいる。
機体は非武装! パイロットスーツもなしでな!
これほどの覚悟を見て応じないならば――』
「――黙れ!
サンイーター、並びにM2各機へ。
沈めた敵の艦から十分な距離を置け」
『シレーネ様、しかし……』
自分の通信へ即座に返してきたのは、サンイーター――隠密艦の艦長。
「いいのだ。
お前たちも、こうまで言われては黙っていられまい」
シレーネの言葉に無言の同調を示したのは、同じくピノキオに搭乗するパイロットたち……。
ジンバニア王立連合において、M2のパイロットは騎士として扱われ、他の軍属と隔絶した扱いを受けている。
それは、民衆に対する広報効果を期待してのところ大であるし、だからこそ、シレーネがこうして敵地に赴くこともよしとされていた。
だが、コマーシャル効果を期待してのものだとしても、騎士は騎士。
胸に抱いた矜持は、かつて全身鎧をまとい、騎乗して戦い抜いた者たちと比べてもいささかも変わらぬのだ。
ゆえに、やや渋々従うサンイーターも含め、全機が無力化した敵火力艦に背を向け、直上へ動く。
『よろしい。
では、宣言通りに俺が相手をしてやろう』
そんな自分たちの様子を見て、イラコが操る黒いM2もまた、同じ方向へと背部のスラスターを吹かせた。
『安心しろ。
こちらの戦力は、そちらから見た通りだ。
他に伏せ札はない。
さあ――かかってこい』
他の戦場では、決して見られぬだろう奇妙な開戦の宣言……。
それと共に、黒いM2が動きを見せた。
右腕は、下からすくい上げるように……。
左腕は逆に、頭部を上から庇うかのように……。
右脚は膝を深く曲げた状態で上げられ、左脚はフラミンゴのごとく伸ばされる。
その姿勢で、ゆらり……と、上半身を揺らめかせたのだ。
その構えを見て、シレーネが抱いた感想はただ一つ。
「ふん……こけおどしか?
望むなら、こちらの粒子小銃を貸し与えてもよいのだぞ?
武装せぬ敵を倒したところで、武勲にはならぬのだからな」
『……』
通信越しのイラコは、先ほどまでの饒舌さが嘘のような沈黙ぶり。
それに違和感は覚えつつ、言葉を続ける。
「それとも、皇子自ら駆る機体が無手なのを見れば、こちらに無力化する欲が出て、かえって手こずると判断したか?
そもそもの目標は、貴様の肝煎りだという給糧艦アマテラスの撃沈。
つまり、貴様に関しては最初から生け捕りではなく、殺す想定で動いている。
分かったなら、今、武器を用意するので受け取――」
『――ガタガタと能書きばかりが多い女だ。
部下たちの質も知れるな』
言葉を返してきたかと思えば、この物言い。
これに対し、いよいよ何かが切れそうになったシレーネだったが……。
『貴様!
さっきから聞いていれば、シレーネ様に無礼な口をきき続けおって!』
先に爆発したのは、部下の一人。
β小隊の小隊長である彼は、ピノキオの最大推力で黒いM2の直上を取りながら、手にした粒子小銃を発射した。
だが、灼熱の重金属粒子ビームが敵機を貫くことはない。
『え?』
β小隊長の、どこか間の抜けた声が通信越しに届く。
まるで、蜃気楼か、はたまたマジックか……。
ゆらりと揺らめいた黒いM2は、流体のごとく滑らかな……それでいて、恐ろしく瞬発力のある動きでビームをすり抜け、β小隊長のピノキオへ接近したのである。
黒いM2とβ小隊長機が、超至近距離でカメラアイを向け合う。
だが、先に動いたのは――黒いM2。
接近した勢いそのままに、素早くβ小隊長機の頭部を掴み取ると、そのままもぎ取ったのだ。
『うあああーっ!?』
重要なセンサー系全てを失い撃墜状態となったβ小隊長が、悲鳴を上げる。
一方、黒いM2は、脊髄めいたピノキオの内部機構を引きずり出しながら、もぎ取った頭部を放り捨てていた。




