第三皇子の危機 後編
「なんて他愛のない……。
最新鋭の火力艦といえど、護衛なしの単騎ではこんなものか」
白地へ青のラインが走る塗装と、全体的にヒロイックなシルエットが印象的なジンバニア王立連合主力M2――ピノキオ。
その狭苦しいコックピットに座したシレーネは、侮蔑と哀れみの念が籠もった眼差しをメインモニターに向けつつ、一つ結びにした亜麻色の髪を払った。
コスモコレクションのモデルとしても通じるだろう美しい肢体は、体のラインを露わにする純白のパイロットスーツに包まれている。
しかし、ヘルメットのみは装着されることなく、コックピット内の固定具に留め置かれたままだ。
これを、シレーネの慢心として指摘することはたやすい。
だが、誇りあるジンバニアの騎士としては、最低限度のリスクを背負わなければ、沈める火力艦のクルーに申し訳ないと思えたのである。
自分たちが属するのは、敵勢力圏へ深く浸透する隠密隊。
同種の戦法を駆使した第二次世界大戦時の潜水艦がそうであるように、攻撃する船へ警告することもなければ、捕虜を取ることもない。
ゆえに、このような形で自らを律さなければ、銀河帝国の兵士がそうであるように、獣と化してしまうのであった。
「あと一撃、だな……」
姿見ほどもあるメインモニターに映し出されている敵艦は、すでに死に体。
811ミリのMKR光子長魚雷を三発も食らったのだから、これは当然のことだ。
むしろ、さしたるシールド出力もない火力艦がここまで耐えたのだから、帝国の技術力侮りがたしというべきだろう。
だが、直撃を受けて電磁シールドの破れた右舷部は、魚雷の爆発によって見るも無惨に内部機構を晒している。
あとはもう、M2の粒子小銃でも倒しきれるはずだ。
「ファング1よりサンイーターへ。
これよりは、M2隊の手でトドメを刺す。
高額な光子魚雷を、これ以上無駄に撃つ必要なし」
長期作戦の仮宿としている隠密艦――サンイーターはコードネームで艦名は別にある――に告げると、すぐに向こうの通信士から了承の返事が返ってきた。
「よし、ファングα、β、γ各小隊は我に続け!」
『『『――サーッ!』』』
シレーネの言葉に、配下の八機から威勢のよい返事が返ってくる。
そのまま勢いに乗り、ピノキオのスラスターを全開にしようとしたシレーネだったが……。
「――む!?
待て!
敵艦から発光信号を確認した!」
余人と隔絶した動体視力で、目ざとくそれを発見した。
通信機器の故障に備えて装備された小型発光器から放たれるのは、一瞬の輝きが三つ、一呼吸分の輝きが三つ、一瞬の輝きが三つ……。
旧地球時代から連綿と受け継がれし「SOS」のモールス信号だ。
それがこの場合、意味しているのは……。
「降伏だと?
バカバカしい!
通商破壊で、捕虜を取ることなどあるものかよ!」
見苦しいまでの生き汚さに、唾棄するような気持ちでつぶやく。
「死にたくないなら、侵略戦争など仕掛け――」
そのまま無視して、インファイトから粒子小銃の連射を放とうとしたが……。
「――ワレ、第三皇子ガ乗艦セリ。
……ほう」
続く発光信号を読み取り、ブレーキペダルを踏み込む。
確かに、隠密隊は通常捕虜を取らない。
だが、人間一人を運び込むだけで戦術的価値が生まれるなら、それもやぶさかではないのだ。
しかもこれは……。
「あたしが敵の皇族を生け捕ったとなれば、全ジンバニア市民の士気も上がる……!」
シレーネが浮かべるのは、興奮した笑み。
しかし、そこには確かな高貴さというものが滲み出していた。
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「――貴様、何を助命嘆願などしておるか!」
帝国軍共通規格のブリッジ内に、ヴォルフの怒号と、通信士を殴り飛ばす音が響き渡る。
ヴォルフが通信士のスタンドプレーに気が付いたのは、トドメを刺しにきたM2隊が急に動きを止めたから……。
そんなことになれば、猿でも原因に思い当たるというものなのだ。
「勝手な真似を!
栄光ある皇族が、捕虜に取られるなどと!」
通信士の顔面に、ヴォルフの鉄拳が再度めり込む。
この通信士とて帝国軍人であり、決して貧弱なわけではない。
だが、父たる皇帝から恵まれた肉体的素養を受け継ぐヴォルフからすれば、ごぼうのごときひ弱さであった。
「オレは捕虜になどならんぞ!
銀河帝国の名を貶めるくらいなら、ここで死ぬ!
貴様らも、オレと共に誇り高く――」
――チャキリ。
ヴォルフがぎくりとして動きを止めたのは、拳銃を構える音が聞こえたから……。
レーザー式の拳銃は、発砲準備に入った際、独特の駆動音を漏らすのだ。
高熱の光線をいつでも放てる構えとなっているのは、意外な人物……。
ヴォルフ以上に鍛え抜かれた屈強な軍人――副官だったのである。
「捕虜となってください。
……孫が、もうすぐ生まれるのです」
それが懇願ではなく、命令であり脅迫であるのは、明らかだった。
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艦首の荷電粒子砲や、主な推進機関である下部ウィングバインダーは当然として……。
船体各所のレーザー機銃を、一つ一つ丹念に破壊……。
ただでさえ大破しているのに加え、無力化状態の見本みたいになったヴェルダンディの周囲へ敵M2部隊が展開し、敵隠密艦もゆっくりと接舷を果たそうとしている……。
「ほおう……こいつは驚いた。
――イラコ皇子。
ヴェルダンディという火力艦、健在ってわけじゃねえが、まだ沈んでねえぞ」
十分な望遠機能を誇るアマテラスのカメラが捉えた映像を見て、操舵手のメケーロ爺ちゃんが心底から意外な表情でそう漏らした。
腹違いの兄であるヴォルフの性分を知る俺としては、爺ちゃん以上に意外な心持ち……。
そしてそうなったなら、考えられる展開は一つしかない。
「敵は皇族が乗っていると知って、捕虜を取ると決めたんだ。
だが、ヴォルフが自分から降伏などするわけない。
となると、部下に反乱を起こされたな。
皇子を捕虜として差し出すから、命だけは助けてくれ……という状態だ」
そんなことして帰ったとしても、親父殿は生き残りの処刑を命じるだろう。
独裁国家において独裁者一族を守るには、必要不可欠な措置だからだ。
……というのは、口にせず黙っておく。
親父殿の戦友だったメケーロ爺ちゃんには言わずもがなだし、マミヤちゃんやエステにそんなことを教えたくはない。
「これは、もしかしたら、ヴェルダンディが撃沈されていたよりもまずい状態なのでは……。
敵方が盾にしてきたら、手出しできません」
傍らに立つマミヤちゃんが、胸に抱いたタブレット端末を握り締める。
だが、それは大きな間違いだ。
「……マミヤ少尉、それは違う。間違っているぞ。
どう考えても、最悪はヴェルダンディが沈められ、味方の兵に多数の死者が出ていた場合だ。
それを考えるなら、あの艦が沈められていないこの状況はそう……最高にツイている」
俺が放った言葉で……。
しん……とした静寂が、共通規格のブリッジへ満ちた。
そして、フェッフェと笑ってそれを壊したのが、白髪頭をお団子結びにしたかわいらしいお婆ちゃん……通信士のモリー婆ちゃんだ。
「イラコちゃん、言うじゃないの。
あたしがあと50年若かったら、惚れていたかもよ」
「そいつは、光栄だ。
けど、せっかく掴んだ運をモノにするには、ひと工夫必要となるな」
キュートなお婆ちゃんに返していると、操舵用のステアリングを握ったメケーロ爺ちゃんが……。
いや、長髪の下に稲妻のごとき古傷を宿した伝説の戦士――サンダーアイが、ニヤリと笑いながら振り返ってくる。
「で、どんな工夫をするよ?
もう、向こうさんも気づいてるぜ?」
彼が言ったように、ブリッジのメインモニターへ映し出された敵の隠密艦とM2隊は、早くも迎撃の構えを見せていた。
こちら側の戦力は、随伴するシールド艦クシナダと、そして……。
「エステ、クシナダとアマテラスの指揮頼むわ。
マミヤ少尉は、俺の妹をよく補佐するように」
立ち上がるため俺の膝から下ろしたエステが、テディベアを抱えたままちょこんとキャプテンシートに腰かける。
「ん……任された」
そして、銀髪のツインテールを揺らしながらうなずいた。
慌てたのは、エステと同じ女子広報士官用のミニスカ軍服を着たマミヤちゃんだ。
「任せるって……イラコ殿下はどうされるのですか?」
「俺か……俺はな……。
絶対に死にたくないし、かといって、周りで身内が死ぬのを見るのも、できれば避けてえんだよ……」
そんな彼女に、俺は少し考えてこう答えたのだ。
「だから……ぶっ殺してくる」




