電光を超えろ
「っの、クソアマがあっ!」
激昂した男が、手にした剣を振るう。その剣自体はありふれた両刃のサーベルだが、その使い方はやや独特だ。剣をあえて水平に持ち、俗に平突きと呼ばれる攻撃方法で、急所となるジャンヌの首を狙ってきた。この一瞬の間に、ジャンヌが武器を持たず先程は蹴りを放ってきたことから、白羽取りを警戒したのだろう。元軍人というだけあって、戦闘における判断は早く、的確だった。
男の名はモンド・ドモンといい、以前はここバスカヴィル王国の正規兵だった人物だ。彼は加護こそ持ち合わせていないものの、武器格闘術を得意とし、優秀な成績で将来を嘱望された軍人であった。
そんなモンドが今は軍人を辞め、人攫いという犯罪に手を染めるまでに落ちぶれたのは半年ほど前のことだ。
彼は軍の任務の為、長期間とある組織の制圧に携わっていた。それはかなり過酷な任務であったらしく、生傷が絶えない中、単身赴任のような形で年単位もの間、自宅に帰れなかったという。その任務の前に、長年付き合っていた幼馴染と結婚していた彼は、新婚だというのに妻を放っておく罪悪感に苛まれながらも一生懸命任務に従事していた。そうして、妻との暮らしと、国民の平和を守りたい一心で長い任務を終えて帰宅した時、彼を待っていたのは、浮気相手と愛し合う妻の姿であった。しかも、夫婦の寝室でだ。
モンドはその時激昂し、我を失うほど暴れたようだ。気付けば、間男と妻は両者とも、顔の原型が解らないほどぐちゃぐちゃになった状態で絶命していた。そうして彼は殺人犯として逮捕され、軍人をもクビになってしまったのである。
ただそれ以来、モンドは自分の中にある黒い感情に気付いてしまったようだ。彼は生来、人を傷つけ苦痛を与えることに愉悦を感じる人物だったらしい。しかし、そんな強い欲望は持ち前の正義感と使命感、そして国家への敵対者に向けることで我慢し発散していたのだが、自分を裏切った妻と間男を殺した時にその渇望を完全に解き放ってしまったのだ。
妻と間男の事件については情状酌量が認められ、罪一等を減じられたモンドは、それ以降は犯罪者となって何度も悪行に手を染めた。そして、現在に至る。
「わっ、わっ!?っとと、やるじゃない!」
素早く突きを躱したジャンヌに、二度三度と高速の突きが襲い掛かった。今の所当たってはいないが、どれも当たれば致命傷待ったなしという急所ばかりを的確に狙った攻撃だ。元軍人というだけあって、かなりの腕前を持つモンドの攻撃に、ジャンヌは回避しながらも思わず称賛の声を上げた。
「ちっ、すばしっこい女だ!だが、その身のこなし……テメェ、MIRAだな?!」
「正解よ。まぁ、今日のところは違う用件だけどね!」
「女だてらにMIRAなんぞやる酔狂な奴がいるとは面白れぇが、俺を相手に素手でやりあおうたぁ舐められたもんだぜ。……ああ、我慢できねぇ。コイツなら、食っちまってもいいか」
その瞬間、モンドの纏う気配が変わり、バチバチと小さな稲光が彼の全身を覆っていくのを目の当たりにしたジャンヌの背筋に、冷たいものが流れた。どうやら、モンドは雷属性の魔法を使って自分を強化するつもりらしい。
モンドという男が持つ生来の加虐性、それが牙を剥こうとしている。モンドは妻と間男を殺害し、己の中にある闇に目覚めたのだが、それはシンプルに女を殺す事の快感に目覚めた瞬間でもあった。モンドはサディストと呼ぶには行き過ぎた、あまりにも昏い欲望を心の奥底に持っていた。この世で一番愛していた妻の裏切り……そして、そんな彼女を自らの手で殺した時、彼は身も心も弾けたような感覚に襲われたという。実際、彼は妻を殺害した瞬間に性的な絶頂を迎えていたのだ。
モンドにとって、自分に歯向かう女を殺すことは、性交よりも強い快感を得られる絶好の手段である。そんな彼の目の前に今、まさに向かってくる女がいる。それは何よりも耐え難い誘惑であった。
(何?コイツ、気配が変わった?……この感じ、普通じゃないっ!)
ジャンヌはただ直感で、その場から一歩後ろへ跳んだ。その動きと、稲妻を纏ったモンドの素早い一撃が噛み合ったのは偶然だ。ほとんど奇跡的と言ってもいいほどにタイミングよく、ジャンヌがさっきまで立っていた場所が切り裂かれていた。文字通り、電光石火のスピードだ。
「よく躱した!だがなっ!」
「あっぶな!っ、まだ来る!」
目にも留まらぬ速さで、モンドのサーベルがジャンヌの鼻先をかすめていた。追撃を感じてさらに後ろへ下がっただけだが、これも一歩遅ければ鼻から上が切断されていただろう。全身が総毛立つような感覚に身震いしつつ、ジャンヌは続けて繰り出される連続突きを躱して真上に跳んだ。
「なにっ!?」
「やっぱり気付いてなかったわね。この部屋、ここまでの通路より天井が高いのよ!」
モンド達がいたこの場所は、ここまでの通路状の道よりも大きく広い部屋のような造りになっていた。暗がりの為にモンド達は気付いていなかったようだが、ジャンヌは予めアーデの眼で見ていたので、部屋の構造を確認済みである。そのまま空中で身を翻したジャンヌは天井を蹴って加速し、更なる回転を加えてからモンドの背中を踏み抜いた。
「ぐはぁっ!?」
「決まったっ、これで終わりよ!」
ジャンヌは加護『大逆転』の影響から、己の魔力を魔法として体外に放つ事は出来ないが、その分、常人よりも高い身体能力を持っていた。ジャンヌが荒くれ者のひしめくMIRAとして生きることを選んだ理由の一つがそれだ。そもそも魔法が扱えないジャンヌは、普通の人間と同じように働くことができない。なにせ子供でさえ当たり前に使える魔法であっても、ジャンヌが使おうとすると魔力が暴走し、大爆発を起こすのである。全ての人々が当たり前に魔力を持ち、魔法を使って生活するこの星において、ジャンヌこそが異常な存在であり、異質なのだ。
だからこそ、彼女は自分の力を活かす恰好の、そして最後の場所としてMIRAとしての生き方を選んだ。女だてらにとモンドは言ったが、幼少期の辛い記憶と比べれば、MIRAとしての血生臭い生活などどうということもないのだ。
「ぐぁ、ぅ……」
「うーん、ちょっとやりすぎちゃったかしら?まぁ、正当防衛だし、いいかな」
「ホゥ!」
あっけらかんと言い放つジャンヌに、女性の傍に座って見ていたアーデが答える。もちろん、この国では意味もなく人を殺せば殺人罪に問われるが、モンドは間違いなく犯罪者であり、ジャンヌの行為は女性の救助の為に止むを得ないことと認められるはずだ。とはいえ、ジャンヌ自身にしてみれば、無駄な殺生を好んでするつもりもないのだが。
天井を蹴って反転したジャンヌの蹴りは、さらに回転もプラスされて相当な威力に変わっていた。ただでさえ、ジャンヌは身体能力だけなら並外れているのだ。そんな勢いで背中を蹴られては、いくら鍛えられた肉体を持つモンドといえど一溜りもないだろう。
ジャンヌは気を取り直して、攫われた女性の縄を解き猿ぐつわも解いて、女性を助けることに成功した。幸い、モンドは女性の身体を縛り付けてはいたが、最低限の世話はしていたので特に怪我などもしていないようだ。最悪の事態も想定していた分、ジャンヌは一安心である。捕まっていた女性の状態も、多少手足に痺れはあるようだが、自分で歩くのに支障は無さそうだし、言う事なしだ。
ジャンヌは女性が縛られていた縄を使い、今度はモンドを縛りあげると、引きずりながら外へ連れ出すことにした。どうも彼には余罪がありそうだし、官憲に引き渡すのが妥当だろう。
こうして依頼を完遂させたジャンヌは、救出した女性の暮らす村で歓待を受け、美味しい食事と暖かい寝床にありつくことができた。翌日、合流したソロからアーデにネズミを食べさせようとしただろうと怒られたのは、また別の話である。
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