アーデの力
「はぁ……お腹空いた……」
重い足取りで森の中を彷徨いながら、ジャンヌはポツリと呟いた。木々の合間から見上げる空は青く、雲一つない清々しい天気のはずだが、今の彼女にはその爽やかな空さえも恨めしい。
あの日、オルソラを捕らえて大金をせしめたまではよかったが、外壁の修理代で賞金のほとんどは消えてしまった。手元に残った僅かな金は、穴だらけで血と煤に塗れた服を新調するので精一杯だった。元々着ていたショート丈のワンピースとタイツは動きやすかったが、防御力という点ではかなり心許ないものだった。その為、革の胸当てなどで補強していたのだが、今回はそこまで予算がないので白シャツにタイトパンツである。その上から旅人用のロングコートを羽織っている形だ。ここまで揃えた時点で、後は一晩の宿代でおしまいであった。結局、ジャンヌは相変わらず、金欠のままだった。
「ああ!あの200万があれば!しばらくは三食昼寝付きの生活が出来たのにぃっ!」
「ホゥ……」
絶叫するジャンヌの肩で、アーデが心配そうに鳴いている。とにかく金がないジャンヌ達は、適当なNeckを探しつつ、簡単な依頼を受けて路銀を稼ぐことにした。ただし、ソロは次なるNeckの情報を得る為に別行動である。つまり今は、アーデとジャンヌの二人きりだ。
現在、ジャンヌが受けているのは、立ち寄った村で頼まれた人探しである。何でも昨日、村の若者の一人が山菜採りに行くと言って出掛けた後、帰って来ていないらしい。幸い、この森には危険な魔獣などは生息していないが、やはり一人で行動するには多少の危険がある。今の時期は村の男衆が大きな街へ出稼ぎに出ている為に、探しに行く人手が足りないというのだ。
男衆が出稼ぎに出るだけあってあまり裕福とは言えない村であった為、報酬の額も大したことはないのだが、今はほとんど素寒貧と言っていいジャンヌ達にとっては、文句など言っていられない。一も二もなく話に飛びついて、今は森を彷徨っているという訳だ。
「あ~……私、こんなにお腹が空いてるのに、なんで加護が発動しないのかしら?これって結構ピンチだと思うんだけど……大逆転でお金が降って来ればなぁ」
どう考えてもあり得ない妄想を口に出す程、ジャンヌは心がささくれているようだ。ちなみに、大逆転は過去に記録がないほどに珍しい加護なのだが、当然ながらどこからともなく金が降って湧いて来るような事はない。そもそも、これまでの経験上、大逆転が発動したのはジャンヌが生命の危機に陥った場合のみである。たかが一日程度の断食で発動する訳がないのだ。
「やっぱり、オルソラが騙し取ったお金のことをもっと追究しておくべきだったかも。少しくらいなら、ね、ネコババしたって……ん?」
危ない考えを口にしかけたジャンヌの前に、アーデが何かを咥えて戻って来た。いつの間に離れたのか解らなかったが、 かなり大きめなそれを見せつけるようにして、首を傾げている。
「アーデ、もしかして、それ一緒に食べようって言いたいの?……あー、ごめんね。それはちょっと私には食べれないかな。マッド・ラットだし……」
「ホ?」
咥えられてぐったりしているそれは、まだかすかに息があるのか、ピクピクと足を痙攣させていた。アーデは食べないの?と言いたげだが、そもそもマッド・ラットは食用の動物ではない。アーデのようなフォレスト・オウルを始めとした野生の生物でもない限り、あまり食べるのには適さない生き物だ。何故なら泥ネズミというだけあって、彼らは土の中で生活し、また土ごと虫を食べて生きる生態の為か、非常に泥臭いのである。仮に泥臭さを無くしたとしても、肉質は硬く、爪や毛皮には少量の毒を持っているので人間が食べることはほぼないのだが。
しかし、そんなアーデの様子を見て、ジャンヌは少し心に喝が入ったようだった。このまま腐っていても仕方がない、金ならまた稼げばいいのだ。それよりも、アーデに気を遣わせてしまった事が可哀想である。
「……よしっ、頑張らなきゃね!心配してくれてありがとう、アーデ。まずは人探しをしっかりやるわ!……あと、それは早く食べちゃってね。見た目がその、あんまりよくないから」
ジャンヌが元気を取り戻したのを見て、アーデは嬉しそうに目を細めて咥えていたマッド・ラットを放してやった。実の所、人との生活に慣れているアーデにとっても、マッド・ラットは特別美味しいものではないのだろう。わざわざ食べるものがないと嘆くジャンヌの為に獲って来ただけで、自分から食べようとも思わないらしかった。なお、マッド・ラットの見た目は、モグラと毛の長いネズミを足して割ったような外見である。ジャンヌは旅暮らしで見慣れているが、一般的な街で暮らす婦女子なら、気持ち悪いと嫌うのは間違いないだろう。
そんなやり取りがあった後、ジャンヌとアーデは改めて捜索を開始した。アーデが周囲を見回し、その視界をジャンヌに共有するという、森での探索にピッタリな捜索方法だが、それから二時間程が経過しても行方不明者の姿は杳としてつかめなかった。
「おっかしいわねぇ……私一人ならともかく、アーデの眼を使っても見つからないなんて。しかも、こんな森の中で。まるで、誰かが隠してるみたいな」
通常の梟は人間の4倍以上の視力を持つとされているが、フォレスト・オウルはそれを遥かに上回る視力を持つ。中でもある理由から、アーデの眼は特別だ。それにそもそも、森の中はアーデの得意なフィールドである。そこでアーデの眼を使っても、何ら情報が掴めないというのは、明らかに異常なことだった。
仮に危険な動物に襲われただとか、事故に遭って谷に落ちたというのなら、その痕跡は確実に残るはずだ。実際に、ジャンヌがこれまで探した中では、行方不明になった女性が山菜取りに来た足跡などは残っていた。しかし、その人物が何者かに襲われたと示す証拠は何一つ見当たらない。
「そういえば、あの街の酒場にも行方不明者のビラが貼られてたっけ。…………まさか、誘拐?」
それに気付いたジャンヌは、これまで調べてきた道を振り返った。いなくなった人を探す行為と、それがいなくなったことを隠そうとする痕跡を探すのは全くの別物である。もしも、何者かが女性を攫い、それを隠蔽しようとしたのなら、物の見方を変えなければならないだろう。ジャンヌは意識せずとも、行方不明になった女性本人を探していたのだから、何か別の証拠を見落とした可能性は十分にある。
「アーデッ!」
「ホゥ!」
ジャンヌの合図で、アーデは再び周囲を見回し、その視界をジャンヌにリンクさせた。アーデもまた世にも珍しい、加護を持つフォレスト・オウルだ。通常、人間を除いた魔獣などの生物が加護を持つ事はない。正確に言えば、加護を持っていたとしても、自らの才能に気付かないのでそれを発揮させることができないのだ。だが、卵の状態からソロに育てられ、産まれてすぐに彼の使い魔となったアーデは、フォレスト・オウルとしては規格外に高い知能と潤沢な魔力を獲得した。それにより、アーデは強力な視覚という加護を発現させることに成功したのだった。
そして本来なら、主であるソロとの間だけにある視界の共有だが、ソロの許可があればアーデは別の人間にも視界の共有を行う事が出来る。ジャンヌとアーデがそれを可能としているのはそういう理由である。
「あの足跡……いなくなった人のよね?それが帰る方向にない、と思っていたけど……」
アーデの視界でよく目を凝らすと、その足跡の他にもう一つ、一回り以上大きな足跡があった。さっきそれに気付けなかったのは、その足跡が巧妙に消されていたからだ。そこに他の人間の足跡があると、そう確信して調べなければ解らないほどの隠蔽だった。
ジャンヌは精神を集中させ、その隠された足跡を追うことにした。彼女の心構えが変わったからか、静かな森の中には不思議な緊張感が漲り始めていた。
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