加護を持つもの
「フハハハッ!見たか、これが俺の手に入れた力だ!俺はもはや、単なる詐欺師では終わらん!これまで以上に多くの人間を手玉に取って、いずれは神と崇められる存在になってやるぜ!」
突如として襲い掛かって来た客達に押され、ジャンヌはあっという間にもみくちゃにされてしまった。つい今しがたまで、客である彼らはオルソラとは無関係の人々だったはずだが、オルソラが命じた途端に、彼らは操られてしまったようだ。
大量の客達によって一気に圧し掛かられたジャンヌの姿は、既に見えなくなってしまっている。オルソラはそれに満足したようで、両手を広げて高らかに笑い叫んでいた。
「……やれやれ。苦戦してるな、ジャンヌ、手伝おうか?」
「なに?な、なんだっ!?」
騒ぎの中でも一人、食事を続けていたソロがナイフとフォークを置いて呟くと、団子状にジャンヌへ集まっていた客達の山がグググっと持ち上がり、そのまま弾かれるように全員が吹き飛ばされた。その中心で、ジャンヌは何事もなかったかのように真っ直ぐに立ち、パタパタと服の煤や埃を払っている。
「そういう事はもっと早く言ってくれる?ソロ。お酒臭いったらありゃしないわよ、もう!」
「ば、バカな!?そんなバカな!くそっ!来るな、こっちに来るんじゃないっ!」
オルソラが叫ぶように命じると、言葉に込められた魔力が波のように渦巻いてジャンヌに圧し掛かっていった。しかし、その魔力を受けたジャンヌは一瞬身体を硬直させただけで、それ以上の影響は受けずに済んだようだ。それを見ていたソロは納得したように頷いている。
「なるほど。他人を操り、扇動する能力か。詐欺師に相応しい力だが、俺やジャンヌには影響が薄い所をみると、操れる相手には何かの条件か制限があるようだな」
「う、嘘だ……俺の、俺の力が効かないなんて……そんな事があるはずない。ちくしょう、来るな、止まれぇっ!」
「あっ!逃げられちゃった。逃げ足早いわねー、アイツ。でも、わずかでも動きを止められちゃうのは厄介かも。っていうか、ソロ、見てないで止めなさいよ」
「……まだ食事中だ。大体、勝手に始めたのは君だろ、ジャンヌ。食べてる最中の人間に尻拭いなんかさせないでくれ」
マイペースにゴナを飲みながら、ソロはふぅと息を吐く。オルソラはジャンヌを止めた隙に店の外へ走り去ってしまったが、ジャンヌもソロも、あまり気にしていないらしい。それは二人の自信の表れなのか、諦めの境地かは解らない。しかし、ジャンヌの目には強い意思が宿っているのが見て取れる。どうやら、諦めるつもりは微塵もなさそうだ。
ジャンヌは溜息を吐いてから軽く屈伸をすると、倒れた客達を軽々と飛び越えて店の外へ向かった。ヒョイヒョイと飛ぶ姿は羽根でも生えているような身軽さだが、時折、踏みつけられた客がくぐもった声を上げている。ソロはそんな客達を哀れに思いながら、ゆっくりとアーデを撫でながら食後のゴナを味わっていた。
「それにしても、あれってどうみても『加護』よね。ただの詐欺師だと思ってたけど『加護持ち』だなんて、賞金200万じゃあちょっと足りないんじゃないの?」
ボヤキながら外に出たジャンヌは、少し先を走るオルソラの背中を視界に捉えた。オルソラは中々のすばしっこさを誇っているが、スタミナはそうでもないのか、明らかにその背中はバテてみえている。あれなら追い付くのも余裕そうだ。
濃密な魔力を有し、その光で星を照らす大三連月の輝きによって、この星に生きるあらゆる生物は高い魔力を有する事となったが、その力にはさらに先があった。月の光が与えし才能の発露……それが『加護』だ。加護という言葉は適切ではないのかもしれないが、人々は月から与えられた力を、月の導きとその護りだと考えたらしい。故に人はその力を加護と呼ぶようになったのだ。
そんな強大な力の象徴である加護だが、全ての人間が加護を持っている訳ではない。才能の発露と説明した通り、加護はあくまで本人も与り知らぬ力の形である。普通の人間が自らの才能を活かして生きられるかが不明なように、加護を発現させ、それを使いこなせる存在は決して多くない。しかし、加護を持ち、その力を自覚するNeckは他の一般的なそれとは危険度が大きく違う。ジャンヌが割に合わないと呟いたのはそういう意味だ。
先程の口振りからして、恐らくオルソラは加護の力に目覚めたばかりなのだろう。顔を変え、新たに目覚めた力で人生をやり直すつもりなのだ。
ジャンヌは深呼吸をして構えると、オルソラを追うべく全力で駆け出した。往来を行く人の数はまばらで、思いっきり走っても問題はない。昨夜の森とは違って、舗装された街中なら足元をすくわれる心配もないだろう。何よりも、ジャンヌは追われるよりも追う方が得意なのだ。
土煙を上げつつ、猛烈な速さで走るジャンヌがオルソラに迫る。だが、瞬く間にジャンヌがオルソラに追い付いた時、そこで待ち受けていたのは予想もしない相手だった。
「追い付いたわよ!さぁ、200万ドルゴ観念しなさ……えっ?」
「あ、あああ……」
「グルルル……ッ!」
ギラギラと光る瞳が、オルソラとジャンヌを睨みつけている。オルソラが逃げてきた街の裏手近くの林に、昨晩ジャンヌを追いかけて罠にハメた黒い狼の魔獣が待ち構えていた。ジャンヌが森を吹き飛ばした時、一緒に吹き飛んだものと思い込んでいたが、そうではなかったらしい。むしろ、ジャンヌに対する復讐心を持って、魔獣はジャンヌを追って来たようだ。
「あら、あなた生きてたのね。昨夜ぶり……なんて、友好的に話せるわけないか」
「ななな、なんだコイツは!?」
「グルルッ!ガアッ!」
狼の魔獣……種族名をヴォルフというその存在は、怒り心頭といった雰囲気でジャンヌに威嚇の声を放った。群れの仲間諸共、縄張りにしていた森を吹き飛ばされたのだから無理もない話だが、オルソラはそんな経緯など知る由もないので、ただただ恐ろしい魔獣が目の前に現れたと感じるばかりだった。
「だいぶ怒ってるみたいだけど、もしかしなくても昨夜の続きをするつもり?悪いけど、昨夜と違ってここはあなたに地の利がある森じゃないわ。私がそう簡単にやられると思ったら大間違いよ」
「ガルルル!」
「あーあ、聞く耳持たずって感じね。言葉は通じてると思うんだけど」
「お、お前!恐ろしくないのか?!こんな魔獣を相手にしてっ!」
「え?ああ、まぁ、多少はね。それより、そんなとこにいると巻き込まれて死んじゃうかもよ?……大人しく捕まってくれるなら、助けてあげてもいいんだけどなぁ~?」
ジャンヌは事も無げにそう言うと、ニッコリと笑ってオルソラに問いかけた。オルソラにしてみれば、ヴォルフとジャンヌに挟まれた状態で、逃げ場などない。しかも、肝心の加護で操れる相手もいないとなれば尚更だ。
オルソラはダラダラと冷や汗を流した後、ジャンヌに助けを乞う事にした。仮にここでジャンヌが勝てば、まだ逃げられるチャンスはあるが、ヴォルフが勝とうものなら逃げる間もなく餌食になるのは明白だったからだ。
「わ、解った……!言う事を聞くから助けてくれっ!」
「オッケー!商談成立ね。それじゃヴォルちゃん、昨夜のケリをつけましょっか!」
そう言うや否や、ジャンヌは素早くオルソラの前に出て、ヴォルフと対峙した。ヴォルフの方もジャンヌが狙いだったようで、オルソラが下がった事など気にも留めていない。睨み合うジャンヌとヴォルフの間には、恐ろしいほどの緊張感が漂っていた。
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