ボッシュの最期
――ジャンヌ達が異常に気付く、その少し前。ボッシュの店『月の涙』の裏手で、ガンディーノ一味とボッシュが睨み合って対峙していた。ざっと20人はくだらない男達を従え、ガンディーノはニヤニヤと薄笑いを浮かべてボッシュを見下すような視線を向けている。対するボッシュは、その目に尋常ならざる決意の炎を宿しているようだった。
睨み合い、緊張した状態がしばらく続いた後、ガンディーノが勝ち誇るように口を開く。
「よお、ボッシュ。まさかテメェが自分から俺様を呼び出してくるたぁな。今更頭を下げて店を売ろうったって、もう遅ぇぞ」
「ふん、お前の方はともかく、俺にはお前に頭を下げる理由などない。それに、お前は絶対に俺を無視できないと解っていたからな。俺とファリを賭けて争った時もそうだった」
その名を耳にしたガンディーノの顔が気色ばみ、怒りに歪む。ファリというのは、今は亡きボッシュの妻であり、ジーナの母親だ。何を隠そうこの二人とファリを含めた三人は、元々この街で産まれた幼馴染である。ボッシュとガンディーノは、子供の頃から悪戯好きの悪童だったのだが、事あるごとにそんな二人を諫めていたのがファリだった。不良といっても、かたや街長の息子と、鍛冶屋の息子だ。二人は生まれながらに差が付いていたのだが、そこにファリという存在が入ることで不思議とまとまっていたらしい。ボッシュとガンディーノにとって、ファリは太陽よりも二人を優しく照らす月そのものだったのだ。
そんなファリを、二人が取り合う形になったのは当然の結果だったのだろう。いつしかボッシュとガンディーノはファリを賭けて争い、勝利したのはボッシュの方だった。ガンディーノには、それも含めた複雑な思いがボッシュに対してあったのである。
「ふん!街長の息子であり、ゆくゆくはこの街の全てを手中に収めるこの俺を振って、お前を選んだファリは見る目がなかったな。あの時、俺を選んでいたなら、ファリは死なずに済んだだろう。お前とのくだらん家族ごっこに付き合ってさえいなければ!」
「お前こそ何も解ってないな、ガノ。ファリが欲しかったのは、自分が生まれ育ったこの街で暮らす人々が笑い合える場所だった。そして、孤児だったアイツが俺を選んだのは、その未来を一緒に見てやれるのが俺の方だったからだ。お前はファリを娶ったとしても、アイツの為に店を出すことなど許しはしなかっただろう。そういうやつだ、お前は」
「俺をそう呼ぶんじゃねぇ!それでも俺についてくれば、ファリは金に苦労することもなかったんだ!そうすりゃ、まともな医者もいねぇこんな街で病に負けることもなかった。……死んじまったヤツはそれでおしまいだ!ファリは選択を誤ったんだよ!そして、そうさせたのはテメェだ、ボッシュ!力のないテメェが、ファリを死に追いやったんだ!」
古いあだ名で呼ばれたガンディーノは激昂し、目を血走らせてボッシュに掴みかからんばかりの勢いでさらに一歩前に出た。その声には相当な魔力と殺気が込められていて、ガンディーノの部下達の一部は、自分達に向けられたものでないというのにたじろいでいる。だが、ボッシュはその圧にも動じず、どこか寂しそうな眼をして真正面からそれを受け流しているようだった。
「お前がその金と権力を手に入れたのは一年前……だが、ファリが病に倒れたのは二年も前だ。どの道、お前にも間に合いはしなかったろうに…………それにファリは、最後までお前のことを心配して気にかけていたんだぞ。あいつは、お前の気持ちを知りながらそれに応えてやれなかったことを悔やんでいた。そしてお前には幸せになって欲しいと、ずっと言っていたんだ。だから、もう悪事を働くのはよせ。今からでもお前はやり直せる。立派な街の長となって、ドルトを正しく導いていけば、お前は……」
「うるせぇうるせぇうるせぇっ!俺を舐めるな、バカにするな!ファリやお前の同情などいらん!俺は全てを手に入れると決めたんだ、何を犠牲にしてでもな!それに俺の目標はこの街だけじゃねぇ、ここを足掛かりに、いずれはこの国の貴族となって王家にも肩を並べる存在になってやる。だが、その邪魔をするヤツが次から次へと出て来やがって……そうだ、何もかもテメェが全ての元凶だ!ボッシュ、テメェさえいなければ……俺はっ!」
ガンディーノの言葉には、もはや論理や整合性の欠片もなかった。ファリという愛した女を失った悲しみや、自分がそのファリから愛されなかった憎しみも全て、ボッシュの責任だと思い込んでいるのだ。ボッシュはそんなガンディーノを見つめ、静かにその時を待っている。その眼差しを受け止めたガンディーノは、ボッシュを見下すように睨みつけた。
「ふん、しかし、ボッシュ。お前もよくよく運のねぇ男だぜ。俺を説得でもしようと考えたんだろうが、よりによって呼びつけたのが今日だったとはな」
「なに?どういう意味だ?」
「へへっ、どうして俺が、この二週間近くもの間、テメェらに手出しをしなかったと思う?それはな、コイツが来るのを待っていたからさ!来い、ロレンツォ!」
ガンディーノが叫ぶと、彼の後ろに従えていた部下達の奥からゆっくりと、大剣を背負った一人の男が前に出てきた。まるで周囲の気温が何度か下がったかのように冷たい気配を漂わせたその男――ロレンツォは、素人であるボッシュにもそれと解るほどに凄まじい殺気を纏っていた。ロレンツォは明らかにたくさんの人を殺した経験を持っている。むしろ、殺すことが当たり前の人間だと、そう感じられるほどに。
「コイツ、まさかNeckか!?ガノ、お前そんなヤツまで引き込んで……」
「ハハハッ!そうだ。テメェがMIRAに頼るのなら、こっちはNeckだ!金さえあれば、お前が打ったツモリの起死回生の策だって、俺はあっさり上回れる!……だが、テメェはつくづく運がねぇな。聞いてるぜ、テメェの頼みの綱のMIRA共は、朝からジーナを守って隣村まで出かけてるそうだな?ジーナを守ることばかりに目がいって、肝心のお前自身を守る駒を用意出来なかったのがテメェの運の尽きだ!死ね、ボッシュ!」
ガンディーノの命令と同時に、ロレンツォは背負った巨大な剣に手を掛けた。ロレンツォ自身もかなりの大柄だが、その大剣はそれに輪をかけて大きい剣だ。一流の鍛冶師でもあるボッシュは、それが並の武器でないことは見ただけで察する事ができた。それを自在に操るであろうロレンツォが、どれほど危険な存在なのかも想像出来たようだ。ボッシュは咄嗟に身構え、自らが鍛えたロングソードを抜こうとした。しかし……。
「くっ!?ぐはっ!」
ボッシュからはまだ遠く、十メートル以上の距離があるはずなのに、その瞬間、ボッシュの身体に無数の切り傷が現れる。一つ一つが致命傷と解る傷口からは大量の鮮血が噴き出し、ボッシュは何が起きたのかも解らずに血だまりの中へその身を沈めた。
「ジー……ナ…………」
かすれ切った末期のボッシュの声は、誰にも届く事はなく、ただ高らかに響くガンディーノの悪辣な笑い声だけが狭い路地裏に響くばかりであった。それだけでは飽き足らず、或いは最初からそのつもりだったのか、ガンディーノ達は店に火を点けようと何発もの炎の魔法を店に放ち、その場を後にした。
その煙を目にしたジャンヌ達が駆け付けた時、ボッシュの命は既に失われた後だったのだ。
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