ジーナの秘密
「え?ジーナと、隣村に?」
「ああ、どうしても隣村の野菜で仕入れないといけないものがあるんだ。ジャンヌさん、ソロさん、悪いがあの子を頼む」
夜、驚いた顔でボッシュを見つめるジャンヌとソロに、ボッシュは深々と頭を下げた。ガンディーノ一味がトグサを送り込んできてから早くも12日が経過したが、相変わらず事態は特に動きを見せていない。それが特に意外だと感じたのはソロだった。トグサの背中に魔法の火で書いたメッセージは、ガンディーノの無能をこれでもかと煽る内容だったはずだ。ジャンヌ達の存在を知った翌日には引き抜こうとしたり、力技でボッシュの店を狙ったり、正直な所、ガンディーノはかなり直情傾向にあるタイプの人間だとソロは踏んでいた。なので、部下の仕事を失敗させた挙句、自らの無能を嘲笑うようなメッセージを読めば、ガンディーノは即座に報復行動へ出るだろうと見込んでいたのだ。
だが、蓋を開けてみれば12日も何ら音沙汰がない。思った以上にガンディーノは冷静な人物だったのかと、ソロは自分の見立てが間違ったことを不思議に感じていた。
「そりゃあ必要ならついていくけれど……どうして隣村なの?いくら野菜の仕入れと言っても、今わざわざ隣村まで行かなくてもいいんじゃ?」
「いや、うちの店で使うソースには、隣村のホガータ婆さんの育てるポンガが必要不可欠なんだ。護衛を頼んでいる時にあの子を出歩かせるなんて、アンタ達に迷惑をかけるのは百も承知だが……どうか、この通りだ!」
「……」
ボッシュの真剣な態度には、流石のジャンヌとソロも顔を見合わせる事しか出来なかった。ここから目的の村までは、どんなに急いでも半日はかかる山道を通る他ない。旅に慣れているジャンヌやソロならば、ひとっ走りでもう少し早く行き帰りが可能だろうが、ジーナが一緒ではそうもいかない。彼女の足に合わせるというのなら、やはり半日以上の時間は見ておく必要があるだろう。
しかし、それだけの長時間、ジャンヌとソロの二人が同時に店を離れることになるのは、ガンディーノ達に襲撃する恰好の隙を与える事になる。それはどうしても、受け入れるには厳しい内容だ。
「正直、ジーナを一人で出歩かせるのは危険だからな。仕入れが必要なら、確かに俺達がついていくべきだろう。だが、俺達二人がここから離れるのは不用心過ぎる。……ならば、こうしよう。俺達が朝出かけてから帰るまで、この店に魔法で結界を張っておく。結界があれば誰も入れないから、ボッシュさん、その間あなたは決してここから出ないでくれ、明日は営業も夜だけにしてもらう。金を貰って護衛を任されている以上、手を抜く訳にもいかないんだ。これが最大限の譲歩だ、どうだ?」
「…………解った、従おう。客も一日くらいは夜営業だけで我慢してくれるはずだ。昼の客達は皆、先日の騒動を知っているしな」
「ねぇ、ボッシュさん。それはそうと、一つ聞いておきたい事があるんだけど、いい?」
「何だ?」
「ジーナのことなんだけど……あの子、もしかして『加護』を持ってるんじゃない?」
「……どうして、そう思うんだ?」
「この服、私達がこの店に来た次の日にあの子から貰ったんだけど、信じられないくらいサイズがピッタリだったわ。まるで私用に誂えたみたいにね。亡くなられたお母さんが、生前一度も袖を通してないからって。私があのボロを着ていたその姿を見ただけで、あの子は私の体型を完璧に見抜いてこの服を選んで私にくれたのよ?そんな事、普通じゃあり得ないでしょ。それにこの服、素材自体は特別じゃないのに、不思議な力を感じるのよ」
「………………」
ジャンヌの言葉を聞き、ボッシュは俯いて静かに口を閉ざしていた。はぐらかしたり、言い繕おうとしているのではない。むしろ、ボッシュ自身も認めたくなかった真実を突き付けられているような、そんな雰囲気だ。
たっぷりと時間を置いて押し黙った後、ボッシュはゆっくりと口を開いた。そこから語られたのは、妻を亡くし、たった一人の娘の未来を案じる父の想いだった。
「……そうだ。ジャンヌさん、あんたの言う通り、あの子は加護を持っている。はずだ」
「はず?」
「確認をしていないんだ。加護の詳細を調べるには月光教の本部へ行き、大金を支払わなきゃならない。だが、中立国である月光教の本部があるレガリアは、ここからだとかなりの距離がある。その上、二年前に妻が亡くなる前、治療の為に大金を注ぎ込んじまったんでな。結局、妻は治療の甲斐なく死んじまって、貯めていた蓄えだけがなくなっちまった。とてもじゃないが、加護を調べてやる余裕はない」
月の光は生物に魔力だけでなく、究極の才能、加護をもたらす。そんなこの星に大きな影響を与える月を、一部の人々は神として崇めた。それが、月光教だ。彼らは、個人が生まれ持った能力や才能……すなわち加護を見抜く技術を持っていた。どうやら元々は、月光教の開祖に当たる人物が持っていた加護『月旦評』によるものだったらしいが、開祖はその能力の一部を簡素化し、マジックアイテムにして後世に遺したのだそうだ。
それ故に、個人が自身の加護について自発的に知りたいと考えた場合は、月光教の本部に赴き、多額の寄付をしなければならないのが一般的だ。問題は、寄付に必要なその金額が膨大なことだろう。
加護は千差万別、人によって異なる多種多様な能力ではあるが、極論な話をするならその有無を知らずとも生きていけるものである。何しろこの星の人々が一般的に糧を得る方法の大半は、生まれ持った魔力によって十分事足りるからだ。もちろん、自らの持つ加護を知る事で大きく人生が変わる可能性はあるが、必ずしもなくても困らないことが余計にそれを知るハードルを上げているというべきだろう。
その為、特に金のない庶民などはわざわざ大金を払って加護を調べることもない。むしろ、加護があることを知らずに一生を終える人間もいる。月光教が調べたデータによれば、潜在的に加護を持つ人間の数は、全人類の一割にも満たない数であろうと言われている。それもどこまで信じられるかは謎だが。
「ジーナがどんな加護を持っているのかは解らないが、本当にあの子の事を考えるなら、ガンディーノの誘いに乗って、この店を売った方がいいのかもしれねぇ。いや、きっとその方がいいだろう。けどな、この店は、妻と俺が必死になって稼いだ金で手に入れた大切な場所なんだ。その最愛の妻を亡くし、もう俺に残ったのはこの店とあの子だけだ。どちらかを手放すことは、俺には…………」
「ボッシュさん……」
「それに、俺も鍛冶屋をやる前はこの街の鉱山労働者だったからな。他の労働者達が今、ガンディーノのせいでどれだけ苦労させられているかもよく解ってるつもりだ。せめてあいつらの心と体の疲れを癒してやる酒場くらい、残してやりたい気持ちもある。何より、ヤツの本当の狙いも想像がつく。だから、奴らの金を受け取る訳にはいかねぇんだ」
ボッシュの悲痛な思いを聞いた二人は俯いて黙る他なかった。彼の願いも思いも、部外者である自分達が割って入っていいものではないと察したからだ。だが、ソロは後に悔やむこととなる。切々と語るボッシュの瞳の奥に、並々ならぬ決意の炎が宿っていたことを。そして、最初に二週間で決着をつけると言った彼の言葉の意味に気付くべきだったと。
翌日の昼、ソロとジャンヌ、そしてアーデはジーナを連れて山間の道を進んでいた。そもそも隣村への移動はミリシャも何度か経験済みで、また朝早く店を出発したこともあって順調に進んだ為、三人は既に帰路についていた。このままならば予定より速く、あと二時間程で街に戻れる予定だ。
そんな順調な道行きにもかかわらず、ソロの表情はどこか暗い。何か気掛かりなことがあるとか、或いは胸騒ぎがするといった様子だ。ジャンヌはそんなソロを気遣うように声をかけてみた。
「ソロ、どうかしたの?朝からずっと思い詰めてるみたいだけど」
「いや、どうも何か引っかかる気がしてね。すぐ目の前に答えが見えているような気がするんだが解らない。それがどうも気になるんだ」
「なぁにそれ?それじゃ私にもお手上げじゃない。少しは力になれると思ったのに」
「大丈夫だ。初めから君に話して解決するとは思ってない」
「ちょっとそれどーいう意味よ!?ねぇ!」
怒って抗議するジャンヌを無視して、ソロは何気なく前方の空を見上げた。すると、生い茂る木々の向こう、風でなびく木の葉の合間の空に一筋の煙が見えた。あれは、村の方向だ。その瞬間、ソロの脳裏に稲妻のような光が浮かぶ。その光は、彼の胸を支配していた不安感や違和感、そして、朧気だった疑念を結び付けて一つの形を示していく。その時、思わずソロは叫ぶような声を上げていた。
「あれは、まさか……っ?!まずい、急ぐぞ二人共!」
「え?何、どーしたの?」
「店だ!店で何かが起きている、ボッシュさんが危ないっ!」
ソロの言葉を聞き、ジャンヌとミリシャの間に緊張が走る。そんな三人の間を縫うようにして、冷たい森の風が吹き抜けていった。
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