スマートな解決
明くる日の朝、カーテンの隙間から入って来る朝日が顔に当り、ジャンヌは目を覚ました。もぞもぞと身体を起こしてうんと背を伸ばしてみれば、固まっていた身体の筋も伸びて気持ちが良い。素肌に触れる空気は少し冷たいが、布団そのものは上等だったので眠っている間に寒さを感じることもなく、久々に良質な眠りから朝を迎え、爽快な目覚めだ。
「んー……んん!はぁ、良く寝れたわ。温かいベッドで眠れて、ご飯もついてる。なんていい仕事なの。いつもこうならいいのに」
身体を伸ばした後ベッドから起き出して窓の前に立ってみる。本当ならカーテンを開けて全身に陽を浴びたい所なのだが、パジャマがなかった為に今のジャンヌは下着姿だ。流石にカーテンを全開にして露出する趣味はない。強いて言うなら少し熱めの風呂に入りたい所だが、ここは店舗兼住宅ということで風呂はないのだそうだ。その代わり、近くに鉱山労働者向けの共同浴場があって、この辺りに住んでいる人達はそこで風呂を済ますものらしい。または外縁部まで行けば、観光客向けの銭湯のようなものもあるという。しかし、護衛の仕事中に風呂へ入りに行くのも気が引ける。ジャンヌは仕方なく、後でソロにお湯を出してもらって我慢することにした。
溜め息交じりに袖を通していると、コンコンコンと小気味良いノックの音がした。続けて、明るい少女の声が聞こえた。
「おはようございます、ジャンヌさん。起きてますか?」
「あら、ジーナ?起きてるわ。入っても大丈夫よ」
「はい、開けますね」
そう言うと、ジーナはするりと流れる様な動きでドアを開き、部屋に入って来た。その手には、見慣れない服が握られている。
「おはよう、ジーナ。どうしたの?もうご飯の時間?」
「おはようございます。ご飯ももうすぐなんですけど、ジャンヌさん、お着替えにこれはどうかなって。お母さんの服なんですけど、一度も着ていないものなので、もしよかったら」
「ええ?!いいの?ありがとう!助かるわー。私達みたいな稼業だとどうしても服って消耗品になっちゃうから……あ、もちろん大事にはするけど。本当にいいの?」
「はい、箪笥の肥やしになってるのももったいないので。見た感じ、ジャンヌさんならサイズは大丈夫じゃないかなって思います。体型的に、私には合わないので」
手渡されたのは柄の無いまっさらな白いシャツと、タイトなハイウェストのパンツである。ダークブルーの色合をしたパンツはシックだが、ジャンヌの紺色の髪と似て良く似合っているようだ。しかも、誂えたようにサイズがピッタリなのには驚きであった。ジャンヌは割とよく走り回る事が多いので、動きやすいのは非常に助かるのだ。それに、確かにこの服はジーナでは入らないだろう。ジャンヌも決して小さくはないのだが、ジーナは本当にバストとヒップが大きいのである。
「凄い、ホントにピッタリね!うん、動きやすいし、これ凄くいいかも」
「よかった。ジャンヌさんを初めて見た時から、お母さんの服がピッタリだろうなって思ってたんですよ。私、見ただけで解っちゃうので」
「服の上から見ただけで……?ジーナ、もしかして貴女」
ジャンヌが何かを言いかけた時、不意に頭の中でソロの声がした。これは、アーデを介した精神感応だ。エルダートレント戦でもやってみせたが、ソロとジャンヌは一定の距離内にいればこうして意識の共有も行えるのである。そして、ソロがこれをするという事は、それなりに緊急を要する事態ということだ。ジャンヌは話を切り上げ、ジーナに身を潜めるよう命じて、部屋の外へ飛び出していった。
ジャンヌが慌てて廊下に出て一階の店舗部分へ降りて行くと、そこには昨日蹴飛ばしたトグサという男が、再び手下を引き連れて居座っていた。相手をしているのはボッシュとソロで、何やら口論になっているようである。
「いいから、昨日の女を出しやがれ!」
「あの人に何の用だか知らんが、話なら俺達が聞くと言っているだろう!何故、ジャンヌさんにこだわるんだ!?」
「朝っぱらから何の騒ぎ?せっかくいい気分で起きたってのに、台無しじゃない」
溜め息を吐きつつジャンヌが前に出ると、ソロを除いた全員が息を呑んだ。ジーナが用意してくれた輝くような白いシャツが映えて、まさに別人のようだ。
「なによ?変な顔して。アンタ、昨日私が蹴っ飛ばした奴よね?性懲りもなく顔を出すなんていい度胸だわ。あれだけじゃまだ足りなかったかしら」
「は?あ、いや!違う、今日はアンタと揉めに来たんじゃねぇんだ!あ、アンタMIRAなんだろ?いい話を持って来たんだよ!」
「いい話ぃ?……別に聞きたくないんだけど。命乞いしたいなら勝手にどうぞ」
パキポキと指を鳴らし、ジャンヌがゆっくりとトグサに近づいていく。どうやら、トグサが連れているのはいずれも昨日のジャンヌとの諍いを見ていた者達ばかりのようで、彼女が一歩進む度に震え上がって怯えている。トグサ自身も膝を震わせながら、大声を張り上げた。
「は、話を聞いてくれっ!アンタがそのボッシュにいくら積まれたんだか知らねぇが、その倍……いや、三倍は出す!お、俺達の方につかねぇか!?」
「な、なんだと!?」
(……なるほど、俺達がMIRAだと見るや、こうも即引き抜きにかかるか。ガンディーノという男、確かに悪知恵の働く男のようだ。だが)
ソロは一人、胸の中でガンディーノの工作に得心していた。ガンディーノの見立ては間違っておらず、ジャンヌ達だけでなくMIRAを生業にしている者達は総じて金に弱い所がある。好き好んで荒事に飛び込んで行くアウトローだけあって、MIRAは故あれば裏切るというパターンも多いのだ。これが一般的なMIRA達であったなら、ガンディーノの目論見は完璧に成功していたことだろう。三倍の報酬と言われれば、普通ならば裏切ってもおかしくない額だからだ。
「はぁ?………………アンタ、昨日私が言ったこと、覚えてなかったみたいね」
「へ?」
「言ったでしょ?私、アンタらみたいなクズが大っ嫌いだって……舐められたもんだわ。アンタみたいなのに金でホイホイついてく女だと思われたなんて。覚悟は出来てるんでしょうね。今度は顎の骨だけじゃ済まさないわよっ!」
「ヒェッ!?あ、あわわ……!は、話が違うっ!?なんでだっ?!」
殺気を纏ったジャンヌが踏み出そうとしたその時、ソロが指先から火の矢を放って、彼女の足元に撃ち込んだ。完全に出鼻を挫かれたジャンヌは怪訝な顔をしてソロを睨みつけている。
「待て、ジャンヌ。怒りたい気持ちは解るがここで暴れようとするな。営業前の飲食店の中だぞ」
「あ、そりゃそうか。でも……!」
「いいから、俺に任せろ。……おい、トグサって言ったな」
「は、はひっ!?」
「お前達のボスにメッセージを届けてくれ、その金も持って帰っていい」
「へ?!め、メッセージ…?ど、どこにそんなもんが……」
「お前の背中に書いといてやる。ああ、急いだ方がいいぞ、火傷は時間が経つと治りが遅くなるからな」
「な……あ!あっちぃぃぃぃっ!?なんだぁ?!背中が、背中が燃えるぅぅぅっ!」
「と、トグサの兄貴っ!待ってくれーっ!」
先程、ジャンヌの足元に撃ち込まれて消えたと思っていた小さな火の矢が、再びそこから飛び出してトグサの背中に命中した。しかも、その火は独りでに動き、トグサの背中に文字らしき火傷を残していく。トグサは背中の火を消そうともがきながら、昨日と全く同じように部下を連れて逃げ出していった。ソロは静かにゴナを口に含んで、ジャンヌにウィンクをしてみせた。
「な?スマートに解決する事も出来るだろう?」
「はいはい、どうせ私は暴れるだけしか出来ませんよーだ」
「そうむくれるな。きっとすぐ近い内に、君の力が必要になる時が来るさ。……すぐにな」
ソロはそう呟くと、静かにゴナをまた飲み始めた。しかし、彼の予想に反してそれから一週間以上の間、ガンディーノ達が動きを見せることはなかったのだ。その静けさはジャンヌやソロ達に奇妙な胸騒ぎを与えるものだった。
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