ドルトでの出会い
「えーっと、メモによるとこの辺なんだけど……あれ?どっちから来たんだっけ」
あちこちに視線を向けつつ、ジャンヌがメモを確認しながら混乱している。隣に立つソロもアーデと一緒に目的の店を探しているが、いかんせん周囲の景色はどこを見ても同じ様で、解りにくい場所だった。
ジャンヌ達が今いるのは、外からの客向けに作られたドルトの外縁部ではなく、主に鉱山労働者達が生活している奥まったエリアだ。住宅街でほとんどの建物が密集しており、土地勘のある人間でなければ、見分けるのが難しいらしい。おまけに細かい路地がたくさんあって、どこをどう通ったのかも見失いそうになる、まるで迷路のような造りだ。
「ジャンヌ、そこの路地はまだ通ってないぞ。今、アーデに上から見てもらったが、その先は少し大きな通りになってるみたいだ。店があるとしたらそこだろう」
「そう?よかったわ、アーデがいてくれて。ありがとね、アーデ」
「ホッホゥ!」
ソロの肩に降りてきたアーデの腹を指先で撫でてやると、アーデは嬉しそうに声を上げた。逆の手で布に巻かれたハバキリを持っていなければ微笑ましく思える光景だが、今更人の目を気にしても仕方がない状況だ。そもそも、昼の住宅街だからか、周囲にはあまり人影がない。この辺りの住民達は、皆仕事に出かけているのだろう。そのせいで、人に道を聞く事も出来なかったのだが。
そうして、ジャンヌ達が路地を抜けると、そこには確かに今までと違う光景があった。荷馬車がすれ違うことも出来そうな広い道と、何かの店らしい比較的大きな建物が通り沿いに面して並んでいる。一つ路地を抜けただけでこれほど景色が変わるものかと、ジャンヌは素直に驚いていた。
二人は通りを観察しながら、メモに書かれた鍛冶屋へ入ってみたが、店主は不在のようだった。工房と一つになった店舗は狭く、剣や盾、鎧に槍や弓などの武具が乱雑に置かれている。しかし、そのどれもがこれまでに見たどんな装備よりも優れた気配を纏っているようだ。ジャンヌは息を飲んでそれらを観察している。
「……凄いわ。見てよ、ソロ。この剣の鋭さ、ハバキリとは違うけど、これも相当な業物だわ。あの鎧なんて、自分から光ってるみたい」
「ああ、どれも仕上がりの見事さは大したものだ。これがドルトで一番の鍛冶職人が作った武具か。しかし、店主はどこだ?これほどの腕前の持ち主なら、武具制作の依頼が山のように来ていてもおかしくなさそうだが」
ソロの言う通り、これだけの腕前を持つ職人がいるのなら、皆こぞって装備の制作を頼みに来るだろう。そうであれば、店主は工房に篭っていなければおかしい。だが、ここには店主はおろか店番をする人間すらいないのである。これではいつ商品を盗まれてもおかしくないし、注文を受ける事すら出来ないだろう。鍛冶屋の工房としては、あり得ない状態だ。
もしや、何か店主にもしもの事があったのでは?二人がそんな考えを持ちかけたその時、店の奥から若い女性が顔を覘かせた。
「あのー、どちらさまでしょうか?」
(女の子?もしかして、この子が……そんな訳ないか)
「ああ、すみません。ええと、我々はザカロさんの紹介でやってきたのですが、店主はどちらに?」
「えっ?ザカロさんの……ってことは、鍛冶のお客様ですか!?あわわ、ど、どうしよう!すみません。この時間、父は隣でして……」
「隣?」
「はい。うちは鍛冶屋だけじゃやっていけないので、隣で食堂も経営しているんです。父はもっぱら、そっちにかかりっきりで」
「ウソでしょ!?こんな凄い装備を作れる人が食堂を!?っていうか、この腕があって鍛冶で食べていけないってどういうこと?おかしいでしょ、そんなのっ!」
「そ、そう言われてもーっ……!?」
「落ち着け、ジャンヌ。恐がらせてどうする。娘さん、すまないが、お父さんに会わせてくれるか?」
「は、はいっ。こちらです!」
ジャンヌに詰め寄られて涙目になっていた少女は、ソロの助け舟に飛び乗り率先して外へと走って行った。ジャンヌに悪気はなかったのだろうが、流石にああも圧をかけられてはたまらないだろう。まだ若い少女であれば、尚更だ。
こうして二人は、鍛冶屋を出て隣接したやや大きめの建物の中へと入っていった。中はやや薄暗く、窓が小さいのか風通しはあまりよくないが、その分客の熱気は伝わってくる。設置されたテーブルの半分以上は埋まっていて、中々の繁盛店のようである。
「ほう、食堂というからにはもう少しこじんまりした店かと思ったが、中々大きいな。それに、酒の匂いがすごい。……これは、ほぼバーじゃないか?」
「あはは、うちのお客さんは鉱山で働いてる皆さんですから、お食事とお酒はセットみたいなものなんです。この時間だと、皆さん夜勤明けですしね」
「夜勤って、鉱山労働者が?危なくないのかしら」
ジャンヌは首を傾げて、少女の説明に疑問を投げ掛けた。基本的に、大三連月が力を持つこの星では、人が夜に働く事はあまりない習慣である。大三連月の影響が色濃く表れる夜という時間帯は、野生の生き物達がより活発に行動する時間帯だ。それは魔獣達にとってもそうで、同じ魔獣でも昼と夜では性格や性質がまるっきり違うということも、実は少なくない。
鉱山の内部には、普段地中に埋もれて生活する虫型の魔獣が出没するのだが、それらの中にも、夜行性で夜になると活発に行動するというものもいるらしい。例え月の光gが及ばない坑道の中であっても、月の影響は少なからずあるということだろう。
もちろん、人間とて大三連月の影響は受けているので、夜の方が魔法の威力が上がったりすることはある。しかし、その影響が大きいのはやはり人間よりも魔獣やモンスター達の方なのだ。そういう理由があって、一部の職種を除いて、夜に働くものはいないのである。
そんなジャンヌの問いかけに少女は立ち止まり、何とも言えない暗い表情になってしまった。
「そうなんです。……昔は危ないから、夜は働いちゃいけないって言われてたんですけど、最近それが変わってしまって」
「変わった?それは一体どうして……」
「おい、ジーナ。そんな所で突っ立って何をしてる。休憩が終わったなら、早く仕事に……誰だ?そいつらは」
「あ、お父さん!」
ちょうどホールの真ん中で立ち話をしてしまったせいか、店の奥から少しドスの利いた声をした男が顔を出した。少女――ジーナの言葉通りなら、彼がこの街一番の鍛冶職人という男だろう。しかし、頭に手ぬぐいを巻き、分厚い布のエプロンをした姿は、とても鍛冶師には見えない風貌だ。
「すみません、我々は貴方に会いに来たんです。ザカロさんの紹介で工房に伺ったのですが、お留守だったので。娘さんにここへ連れてきてもらったので」
「ザカロの……ってこたぁ、あんたら、武器が欲しいのか?」
「正確に言うと鞘が欲しいの。この刀に合う鞘を作って欲しくて……」
「…………悪いが、ウチには今、鍛冶なんぞをやってる余裕はない。帰ってくれ」
「え?」
「お父さん!せっかくのお客さんなのに、そんな言い方しなくても!」
「うるさい、お前は黙ってろ、ジーナ!」
「ちょ、ちょっと……!」
親子喧嘩が始まりそうになって、慌ててジャンヌが間に入ろうとした時、客の来店を示すベルが鳴って店内の視線が全てそちらへ向かった。新たに入って来たガラの悪そうな男は、蛇のようにチラチラと舌なめずりをしている。それだけで、店内の室温が一気に下がったような気がした。
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