二人と一羽
「いやぁ、昨夜は大変だったわねー」
「……」
若い男女が街中を並んで歩いていた。石造りの建物が建ち並ぶ街並みは平和そのものだが、そこに住み、また行き交う人々は時に剣や鎧のような武器や防具を纏っている。そんな剣吞な空気の中にあって、進む二人の様子は対照的だった。
二十代半ばといった風貌で、魔法使い然としたローブに眼鏡をかけた男の方は、顔立ちこそ美男子だというのに酷く仏頂面だ。彼の名は、バーソロミュー・サマーヘイズ。その肩には美しい月白色の羽毛で覆われた大きな梟が留まっているが、所々、羽根に煤がついて黒くなってしまっていた。
かたや、女の方は男よりももう少し若く見える。彼女の名はジャンヌ・パルテレミー。歳の頃は二十歳そこそこといった所だが、服装は無惨にも焼け跡だらけでボロボロだ。とはいえ、まるでたったいま火事場から逃げ出してきたかのような装いだというのに、不思議と火傷や傷跡は全く無い。後頭部で編み込んでいても、まだなお腰にまで届くほどの、長く美しい濃紺の髪を揺らしながら苦笑いを浮かべている。あまり化粧っけは感じさせないものの、暗緑色の大きな瞳はとても美しい。顔のあちこちが煤だらけでなければ、きっと周囲の男性が放っておかないだろう。
「ねぇ、ソロ、まだ怒ってるの?いいじゃない、ちゃんと依頼は果たしたんだから。大した怪我もなかったし、私とアーデはちょっと煤まみれになっちゃったけど」
「ごめんね?」と言いながら、男の肩に乗ったアーデという名の梟の身体を撫でると、アーデは気持ち良さそうに目をつぶった。本当は頭を撫でて欲しそうなのだが、彼女とソロには身長差があるので、彼の肩に乗っているアーデの頭までは手が届かないのだ。なので、アーデは身体を撫でられるだけで我慢しているらしい。一方、ソロは不機嫌が更に加速したようで、彼女の答えが更なる反論を引き出してしまった。
「あのな、ジャンヌ……俺達が引き受けたのは魔獣の討伐だ。森の一部を吹っ飛ばせなんて話じゃない。君はもう少し、自分の力のコントロールを覚えるべきだ!」
「あははっ!だから、ごめんってば。今度は気を付けるから、ね?それより、お腹空かない?ご飯にしましょ、依頼主からお金貰えたんだし」
「……あのザマで依頼主が金を払ってくれたと思うか?」
「えっ?ウソ、じゃあ……昨日の私達、タダ働きぃっ!?」
「むしろ、森をダメにした賠償金を払えと言われなかっただけマシだな。悪いが朝飯も昼飯も抜きだ。というか」
「というか?」
「早い所次の仕事をこなさないと、今夜の宿代も怪し……」
「なによそれ!?このまま野宿ってこと?!絶対嫌よ、そんなのっ!なんとかしてよーっ!」
「ぐぇっ!?ろ、ローブを引っ張るな!く、首が締まる……っ!」
煤まみれの顔を真っ赤にしてジャンヌが怒り、ソロの纏ったローブを力一杯引っ張っていた。流石に火事で焼け出された直後のような恰好でいたくはないらしい。結局、少しして手を放したジャンヌはズンズンと足音が響いてきそうなほどの圧を放ちながら、肩を怒らせて一人歩いていこうとした。しかし、数歩進んだ所でくるりと振り向き、ソロを睨みつけた。
「……で、どこへ行けばいいの?」
「ぜぇぜぇ……すぐそこ、というか、ここだ」
ソロが溜め息交じりに指を刺したのは、うらぶれた一軒の酒場であった。
ジャンヌとソロは、賞金稼ぎである。
モンスターが巣食い蔓延るダンジョンを攻略し、危険な未踏の地を求めて旅をする冒険者という職業は、この世界には存在しない。正確に言えば、過去には存在したが、今は形骸化しているというべきだろう。一般的にダンジョンと呼ばれるような迷宮は踏破し尽くされ、もはや、世界のどこにも人が足を踏み入れていない場所などない。大三連月を擁し、その力の恩恵を活用するこの星に住む人間達は、それほどに力を手に入れているのだ。
その為、現在ではかつての冒険者達と似た立場で生きる者達の事を、人々は賞金稼ぎ(※Mercenary Infiltrator Reconnaissance Agent)と呼ぶようになった。身分に囚われず様々な依頼をこなし、そこに懸けられた賞金を求めて根無し草のように放浪しつつ自由に生きる者達……それが賞金稼ぎだ。
とはいえ、そうそういつも都合よく賞金首を捕まえられる訳ではない。その為、ソロやジャンヌのようなMIRA達の多くは、何でも屋のような事をして日銭を稼ぎ、生計を立てるのが一般的である。昨晩のモンスター退治は、そんな仕事の一環だったようだ。
そして、大抵のMIRAは生活に余裕がある訳でもない。その中でも特にこの二人……いや、ジャンヌは、持って生まれたその力ゆえに余裕とは縁遠い人生を歩んでいる。
その店の中は薄暗く、色々な種類の酒や料理の匂いと共に奇妙な熱気に満ちていた。外の様子とは裏腹に、まだ陽も高い昼前でも客はそれなりに多いようで、あちこちのテーブルで男達が下卑た笑いをあげながら酒を呷っている。そんな人の出入りが多い場所だからか、入口の横には行方不明者の情報提供を呼び掛ける張り紙などが多く張られていた。その中の一枚がまだ歳若い少女であることに気付き、ジャンヌは顔をしかめた。
そこにいる客のほとんどは男性だが、ちらほらと女の姿もあるのは彼らがどこかから調達してきたのか、はたまた女の方から営業をかけているのかは解らない。そんな中にそぐわない雰囲気のジャンヌが入ってきたので、店中の視線がジャンヌに集まったようだった。
それでも、ソロとジャンヌはそんな彼らの視線を気にも留めず、店の奥にあるカウンターへと進む。そして、カウンターの奥で作業をする男の前の席に立った。
「マスター、ゴナを一つ、ブラックで」
「私はスーで、ミルクは多めでお願いね」
「……アンタら、見ねぇ顔だな。ここはバーだ、ゴナだのスーだの、小洒落たもんが飲みてぇなら喫茶店に行きな」
カマーベストに蝶ネクタイをした、店のマスターらしき中年の男はブスっとした表情でそう答えた。ゴナというのは、この世界におけるコーヒーの種類の事だ。酸味が少なく、やや苦みが強いのが特徴である。そして、スーは紅茶の種類であり、バニラのような甘い香りがする為に若い貴族の女性に好まれる茶葉だ。飲み屋の主人としては、昼からでも酒を飲んでもらった方が売り上げになるのだろう。明らかに迷惑そうな顔を隠さないのは、客層に合わせた態度というところか。それにも怯まず、ソロは悪びれもせずに答えた。
「悪いな、これから仕事なんだ。酒は一仕事終えてから頼むよ」
ソロの返答を聞くと、マスターはふんと鼻を鳴らして背を向けてしまった。しかし、カチャカチャと作業を始めているので、提供してくれるつもりはあるらしい。態度は悪いが、人柄はそう悪い人物ではないのだろう。そのまま二人が注文したゴナとスーを待っていると、近くのテーブルで飲んでいた柄の悪い太った男がジャンヌに近づいてきた。男は、仕事上がりでかなり酒が入っているのか、酷い酒の匂いと汗の臭いを漂わせている。
「おい、姉ちゃん。煤まみれでずいぶんな恰好してるじゃねぇか。オンナにそんな恰好させとく甲斐性なしの野郎なんざ放っといて、俺と一緒に飲まねぇか?」
「あら、酷い言われようだわ。ソロ、こんな事言われてるわよ?早く着替えを用意しなくちゃね。それと私、働き者は好きだけど、身だしなみを整えられない男は嫌いなの。残念ね」
「へへっ、自分はずいぶんな恰好してる癖によく言うな。だが、よく見りゃ美人だし、良いカラダしてんじゃねぇか。なぁ、俺と一晩遊んでくれるなら、ドレスくらい買ってやってもいいんだぜ……?」
そう言いながら男の手がジャンヌの腰に伸びた次の瞬間、ジャンヌは微笑みながらその手を掴み後ろ手に強引に捩じ上げた。酔っていた事もあり、男は何が起きたのか解らずパニックになっている。
「いででででっ!?」
「ごめんなさい。私、触れられるのも大嫌いなの。……でも、こうして手を握ってあげたんだから、お礼くらいもらってもいいわよね。ここの払いお願いしてもいい?ドレスより安いもんでしょう」
「いっ!イテェっ!わ、わかった!わかったから放してくれぇ!」
「ありがと。じゃあ、よろしく……ねっ!」
ジャンヌは男の手を捻り上げたまま、勢いよく突き放して男を突き飛ばした。ついでに後頭部へ一撃手刀を落とされた男は、つんのめって元居たテーブルの椅子に向かって倒れ込み、そのまま床に崩れおちている。ジャンヌはニコニコしながら、煤まみれのスカートで手を拭くと背を向けているマスターに向けて叫んだ。
「マスター、一番いいお肉焼いて頂戴!支払いはあの人で。あ、お肉は三枚ね、一枚は味付けしなくていいわ。ふふっ、良かったわね、ソロ、アーデ。朝ご飯食べられるわよ」
「ジャンヌ……君って奴は、全く」
ウィンクしつつ微笑むジャンヌとは打って変わって、頭が痛むのか、額に手を当てながらソロは大きく深い溜息を吐いた。その肩の上で、アーデは嬉しそうにホゥ!と大きく一鳴きしてみせた。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




