危険の森 後編
「あ、ソロが戻ってきたみたい。村に戻ったにしてはずいぶん早いけど、ソロー、おかえり!どうしたのー?」
――……。
遠目に見えたソロへ向かってジャンヌが大きく声を上げると、ソロはそれに気付いて走り出した。彼が何をそんなに急いでいるのか解らず、怪訝な顔をするジャンヌだったが、その答えはすぐに解った。アーデを介して、ソロの声がジャンヌ達に届いたからだ。
『ジャンヌ、後ろだ!そこから離れろ!』
「へ?後ろって……きゃあっ!」
ジャンヌが振り返ると、その目前には丸太のように太い枝が迫ってきていた。ジャンヌは咄嗟に身をかわしてそれから距離を取ったが、その枝の本体に目をやって思わず息を飲んだ。そこにいたのは、胴回りが10メートル以上はあろうかという、とてつもない巨木だったからだ。しかも、その幹の中心には、人の顔のようにも見える不気味な模様が浮かんでいる。その凄まじい威圧感を前に、ハバキリを握るその手に力が入っていた。
「な、何よコイツ、いつの間に……っていうか、どうしてこんなヤツがいたのに今まで気付かなかったの!?」
そう叫ぶジャンヌに向けて、何本もの触手のように蠢きしなる枝が襲い掛かる。ジャンヌは素早くそれらを切り落とそうとハバキリを振るったが、何故か枝は斬れず、まるで鉄の棒で殴ったように、それらを弾いただけで終わった。
「っ!?ハバキリ、あなたっ!」
――……。
つい先程まで恐ろしい程の切れ味をみせていたのに、今のハバキリは全く斬れなくなってしまっている。そこでジャンヌはすぐに気付き舌打ちした、ハバキリはへそを曲げたのか、協力するつもりはないようだと。それと同時に、武器が生きて自分の意志を持つという事はこういう事態を招くのだと知り、ジャンヌは背筋に冷たいものを感じた。
「あれは……エルダートレントか!おかしいと思っていた。こんな狭い範囲に7体ものトレントが住み着くなんて、普通ではありえないからな」
一方、森の中を走りながら、ソロが呟く。エルダートレントは、トレントの上位種的な存在だ。詳しい生態などは解っていないが、一般的に通常のトレントよりも長く生き、多くの獲物を狩った個体が、エルダートレントになると言われている。エルダートレントはトレントを直接産む能力を持っていて、一度発生が確認されれば、場合によっては森一つを焼き払わねばならないほど、その対処は困難であるされる。
そもそも、トレントは樹木に擬態するモンスターだが、その生態から自力で移動することがほぼないモンスターである。彼らは自分の種子に似た卵を他の生物に食わせ、それが生存の邪魔になりそうな同一種がいない所まで移動すると、食わせた生物の腹を破り外に出て根付くのだ。従って、本来のトレントが群れを成す事はほぼないと言っていい。その意味では、ソロももっと早く気付くべきだったのだが、エルダートレントは非常に希少なモンスターだ。滅多なことでは出会う事もない為、気付けなかったのも仕方ないのかもしれない。
「ジャンヌにいくらハバキリがあると言っても、エルダートレントが相手では油断できない。急がなくては……な、なんだ!?」
走るソロの前に、突如としていくつもの枝葉が伸びてきて、その行く手を遮った。よく見れば、その枝の大元は、二体のトレントである。どうやら、エルダートレントは既にいくつものトレントを森の中に生みつけていたらしい。これこそが、森を焼き払わねばならないというエルダートレントへの対処法の理由なのだ。
「ちっ、邪魔だ!」
ソロは手のひらから炎を発生させ、それを鞭のように振り抜いてトレントの枝を焼いた。森を一気に焼き払うことは容易いが、近くには木こりたちの村がある。何の準備や対策もなしに森を焼けば、村人達を巻き込んでしまうのは必至だ。どれほどの被害が出るかは想像したくもない、それをするのは最後の手段だろう。となれば、やはりこうして一体ずつ倒していくしかないのだ。だが、トレント達は火に弱いながらも恐れずに向かってくる。通常の個体とは明らかに違うそれらの反応に、ソロはもう一度、胸の中で舌打ちをした。
「こ、のぉっ!」
その頃、ジャンヌは斬れなくなってしまったハバキリを巧みに操り、執拗に伸びて来るエルダートレントの枝を打ち払っていた。ハバキリの裏切りにも似たこの状況は、予想外の事態ではあるがしかし、ジャンヌは不思議とハバキリに腹を立てる気にはならなかった。むしろ、これはハバキリという強力な相棒が自分を試す試練であるかのような気さえしてくる。何の苦もなくあれほど強力な存在が力を貸してくれるなどあり得ない、そんな思いが根底にあるのかもしれない。
だが、流石に斬れない刀でいくら打ち据えても、エルダートレントを打倒するのは難しいと言わざるを得ない。そこらに生えている普通の樹でさえ、打撃で破壊するのは至難の業なのだ。魔法が使えるのならまだしも、それを使えないジャンヌには特に厳しい状況だ。それでも何か打つ手は無いかと、ジャンヌは必死に考えを巡らせた。
(ちらっと見えたけど、ソロがこっちへ来てくれるまでかなり時間がかかりそう。なら、これはソロの手助けをあてにしないで、自力で何とかしなくちゃよね。よぉし、負けないわよ、ハバキリ!これを乗り越えて、私があなたのマスターだって胸を張って言ってやるわ!)
ペロリと唇を舌で舐めて、ジャンヌが不敵に微笑む。逆境に強い加護のおかげか、ジャンヌはこうした自分の力が試される状況を楽しむフシがある。そんな負けず嫌いの精神が、彼女の心に火を点けた。こういう時、今までのジャンヌは身体の丈夫さを恃んで相討ち上等とばかりに魔法を使い、わざと爆発を起こしていたりしてきたのだが、流石に今の状況でそれをする訳にはいかないだろう。万が一、ヴォルフと戦った時のような大爆発を起こしたら、森の中にある木こりの村まで巻き込んでしまうかもしれないのだ。
(ここで魔力を暴走させてしまったら、どんな被害が及ぶか解らない。今の私に出来ることは何なの?考えて、よく考えなさい、ジャンヌ!)
襲い来る枝を払いのけつつ、ジャンヌは頭脳をフル回転させる。だがこの時、既にエルダートレントは巧妙な一手を忍ばせていた。それにジャンヌが気付いたのは、足に何かが絡みついた時だった。
「あ、足に何か!?根っこ?!しまっ……ああ!」
エルダートレントはあえてジャンヌの正面や頭上ばかりから枝を伸ばし、ジャンヌの注意を足元から逸らせていたようだ。度重なる攻撃を躱し、その最中で逆転の策を練るジャンヌの意識はいとも簡単にその誘導に乗ってしまった。ジャンヌが足を取られたことに気付き、驚きで動きを止めた瞬間、待ってましたというように、エルダートレントの枝がジャンヌの腕や首に絡みついて、ジャンヌは完全に囚われてしまった。
「くう……ううぅ!」
「ジャンヌッ!クソ!どけぇっ!」
その様子を見ていたソロは火勢を強めてトレント達を焼き尽くしたが、直後にまた別のトレントが行く手を阻んだ。一体どれほどの数のトレントがこの森にいたというのか、ソロは焦りと怒りを露わにして、邪魔をするトレントへ攻撃を仕掛けていく。その間にも、エルダートレントの枝はジャンヌの身体をギリギリと締め上げ、そのままバラバラに引き千切ろうとしているかのようだ。
「あっ……く、くうぅ!」
――ジャンヌ、もう終わり?助けは必要かしら。
「だ、い……じょうぶよ……!見て、なさい、ハバキリ……わた、しはっ」
絞り出すようなジャンヌの声は、エルダートレントには断末魔の声に聞こえたらしい。エルダートレントはモンスターらしく、人の顔のように見えた模様を嬉しそうに歪めた。すると、笑っているつもりなのか、頭上の木の葉状の部分が不気味に騒めきだす。
「おど、ろいた……それ、ほん、とうにかお、なのね。でも、かちほこるには、まだすこし……はやいんじゃないかし、らっ!」
呻き声にも聞こえるかすれた声でジャンヌは呟きながら、ジャンヌはハバキリを投げ捨て、そのまま全身の力を振り絞って自らを捕らえる根を強引に引き千切った。ジャンヌが魔法を使えないのは、その身に宿した膨大な魔力を魔法という形で体外に放出する事が出来ないからだ。だが、その一方、常人よりも圧倒的に早く傷を癒す事が出来るのと同じ要領で、魔力を使って自身の身体能力を瞬間的に底上げする事は可能だ。ジャンヌは腕力を強化して枝を引き千切り、更に脚力までもを強化して、足を掴む根までも破壊してみせた。
「かはっ……!ま、まだっ終わりじゃないわよっ!」
拘束から抜け出したジャンヌは、息を整える間も置かず足元に落ちていた石を拾い上げ、猛然とエルダートレントの懐へと飛び込んでいく。そして、口のように大きく開いた洞の中へと両手を刺しこむと、そこで拾った石に手甲の金具部分を激しく打ち付けた。
「私、魔法が使えない分、火の点け方はよ~く覚えてるのよね。それにエルダートレントの中って良く燃えそう。血の脂がべったりだもの、ねっ!」
更にもう一度、石と金具をぶつけると火花が起こり、エルダートレントの内部で一気に炎が燃え広がっていった。かなりの巨体を誇るエルダートレントだが、流石に体の中で火を点けられてはたまらない。また、ジャンヌの指摘した通りその体内には多くの人の血を吸って堆積した油分が溜まっていて、少量の火花でも十分な炎になるだけの燃料があったようだ。
「ふぅ……どう?ハバキリ。これでも私はあなたのマスターとして不足かしら?」
――……別に、私は貴女を認めていないとは言ってないんだけど。
「えっ!?私を試したいから力を貸してくれなかったんじゃないの?!」
――まぁいいわ。貴女の実力はよく解ったから。まさか加護の力さえも使わずに、エルダートレントを倒すなんてね。拗ねてごめんなさい、ジャンヌ。改めて、これからもよろしくね。
「こ、こちらこそ……?」
何やら腑に落ちない様子のジャンヌだが、ハバキリが自分を認めてくれたのは間違いなさそうだと、ジャンヌは無理矢理自分を納得させた。その内に、身体の内部から燃やされたエルダートレントは、苦しみ抜いた後に絶命した。同時に、残っていたトレント達も連鎖するように死滅し、森に静寂が訪れたのだった。
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