危険の森 前編
「よいしょっ……と!ソロ、これで全部?」
「ああ、もう十分だ。しかし、本当によく切れるな、その刀は」
鬱蒼とした森の中で、ジャンヌ達は一仕事を終えた。ジャンヌの前には大きな樹が切り倒されているが、それはただの樹木ではない。トレントと呼ばれる、樹木に擬態して人を襲うモンスターの遺骸だ。かつての冒険者達の手により、ほとんどのモンスターと呼ばれる存在は滅びたのだが、中には魔獣のように自然に紛れ、野生化して生き延びたものもいる。トレントはまさにその手のモンスターの一種である。
トレントはれっきとした生物なのだが、樹皮に似た非常に硬い皮革を持ち、ほとんど動く事をしないので見分けるのが難しいモンスターである。傷をつけると血を流す所から、その昔は呪いの樹と呼ばれて恐れられていたようだ。迂闊に近づいたり触れたりしようものなら、枝状の触手を伸ばして刺しこみ、そこから生物の血を吸うので、呪いや悪霊の類いと誤解されても不思議はないだろう。
ソロが驚いているのは、そんなトレントをジャンヌがハバキリを使って、簡単に切り倒していたからだ。トレントは樹木に擬態するだけあって非常に大きく、太い身体を持っている。従って、人を斬る為に作られた並の刀や剣では中々倒すのが難しいモンスターなのだ。刃が厚く力の入りやすい斧ならば通用するだろうが、どうしても斧ではリーチが短い為に接近せねばならず、危険が大きい。よって、大抵の場合は魔法で焼いてしまうのがトレントの定番の駆除方法となる。しかし、ジャンヌの持つハバキリは、いとも簡単に数体のトレントを切り倒してみせた。そんな常識外れとしか言いようのないこの結果には、ソロでなくとも驚くのは当然だろう。
サシャを助けたジャンヌとソロは、彼女の家を出て、隣領にある鉱山都市・ドルトを目指して旅を再開していた。ドルトは非常に優れた金属が採れると有名なテムト鉱山を有する街であり、その名は様々な国や領地にも轟いている。何故そこを目指しているのかといえば、そのハバキリの為の鞘を手に入れる為だ。
ジャンヌが手に入れたハバキリは、見ての通り凄まじい切れ味を有する刀だが、それを抜き身で持ち歩くのは危険過ぎた。それまでに使っていた買ったばかりのロングソードはアマラに破壊されてしまったし、新しく武器を買うのにも金がかかる。となれば、ハバキリをジャンヌのメイン武器として使うことに異存はないのだが、いかんせんこれほどの切れ味がある刀を裸で持ち歩いては事故や怪我に繋がりかねない。かといって、いちいち布で包むのは手間だし、何より問題なのは、刀という武器の形に合う鞘が手に入らないことだった。
一般的に、この国にいるMIRAや兵士達が扱うのはロングソードやサーベルである。刀は元々、篤国と呼ばれる辺境国で流通している独特な武器の種類であり、それに合う鞘は取り扱いがほとんどないのだ。更に言うと、数ある刀剣の中でも刀は数打ちと呼ばれる量産品でない場合は、作者によって形状に若干の違いがある。篤国では刀とは武器としての実用性と同時に、美術品のような造形美なども意識して鍛造されるものだという。それもあって、どの道ハバキリを納めることが出来る鞘は、簡単には手に入らないのだ。
そうした理由から、二人はドルトへ向かい、ハバキリ専用の鞘を一つ制作してもらうことにした。なお、サシャ達の住むパロウで鍛冶屋に頼んでみたが、刀の鞘を作った事がある鍛冶師はおらず、鞘だけを作れというのもあまりいい顔はされなかった。
「凄いわよねぇ。私がちょっと魔力を込めただけで、あの硬いトレントがスイスイ斬れちゃうんだもの!伝説の武器ってこんな感じなのかしら?」
「調子に乗って、魔力切れには気を付けろよ?ジャンヌ。普通は魔力切れなんて子供の頃に経験して、加減を覚えるものなんだが……まぁ、君は特殊だから仕方ないか」
「その言い方よ!?しょうがないじゃない、魔法使った事がないんだから。魔力を消費するって初めてなんだもの。ねぇ、ハバキリ、あの天霊刃って技はあんまり使わない方がいいの?」
――…………。
「ちょっと何とか言ってよ?!私、刀に話しかける変な人みたいじゃないのっ」
プリプリと怒ってみせるジャンヌだが、ハバキリは決して答えようとしない。どうも、ソロが傍にいると喋りたくないらしい。正確に言えばソロだけではなく、他人が傍にいる状態ではハバキリは応えてくれないようである。お陰で、ソロにはハバキリが生きた剣であるという証明が今一つ出来ずにいる。ただ、今やってみせたように、尋常ではない切れ味からして、普通の刀ではないという証明は出来たのだが。
「どうも、俺がいるのが気に入らないようだな。まぁ、ジャンヌに力を貸してくれるというなら、別にわざわざ俺と交流する必要もないだろう。依頼のあったトレント7体は倒したことだし、俺は依頼人に報告してくるよ」
ソロはそう言うと、アーデを肩に乗せたまま、ジャンヌに背を向けて歩いていってしまった。今回の仕事はMIRAとしてのものではなく、立ち寄った村で受けた討伐依頼である。この近くには、林業を営む者達が集まって暮らす小さな村があり、そこの村長から頼まれたのだ。
通常、トレントはあまり固まって生息するモンスターではないのだが、どういう訳かこの森には、最近になって複数のトレントが生息するようになってしまったらしい。木を切って製材し、それを売って生計を立てる人間にとって、トレントは天敵とも言えるモンスターである。一応、魔法で対処する事は可能だが、一度に複数のトレントを相手にするのは難しい。一般的な火の魔法で焼き払うという手段を大量に行うと、山火事を引き起こす危険があるからだ。
だが、単体で魔法を使わずにトレントを倒すのは、普通の人間には荷が重い仕事である。そうして村人が悩んでいた所へ、ジャンヌ達がやってきたという訳だ。
――……男は嫌い。あいつらは強い力を手にすると、すぐ他者を傷つけるようになるから。私のマスターは貴女なんだから、話すのも貴女だけよ、ジャンヌ。
「あのねぇ、ハバキリ。確かにそうやって力に溺れる人がいるのは否定しないけど、そんなの男に限った話じゃないのよ?自分の力に酔い痴れて暴れる奴なんて、山ほどいるんだから。私みたいな稼業をやってると、よく解るもの。それに、ソロはそんな奴じゃないわ。それは私が保証する。だから、仲良くしてよ」
――ずいぶん、あの男の肩を持つのね、ジャンヌ。あの男はあなたの何なの?恋人?
「え?いや、そんなんじゃないわ。私にとってのソロは…………家族よ。付き合いもそこそこ長いし、兄みたいなものね」
――兄?でも、あなた達に血縁はないはず。
「だから、みたいなものだってば。実家を飛び出して、行く宛ての無かった私を拾って、彼はこうやってMIRAとして一人でも生きていけるよう育ててくれたの。だから、彼は命の恩人であり、頼れる兄貴分ってところ。それにソロの事は抜きにしても、そもそも私、人を好きになるって感覚がよく解らないのよねぇ……」
――解らない?どうして?人間の女は人を好きになる事が生きる上で重要なのではないの?
「あはは、誰から聞いたのそれ。確かに、そういう価値観が一般的だけど。私はちょっと色々あって、そういう気持ちが持てないだけ」
――気になる。教えて頂戴、ジャンヌ。私は貴女の事をもっと知りたい。
「うーん……それはまぁ、おいおいってことにしましょ。ハバキリだって、私に話していないことがあるでしょ?お互い様よ」
――…………。
ジャンヌにそう言われて、ハバキリは反論する言葉を失った。ジャンヌの言う通り、ハバキリは意識的に、彼女の質問に答えていないことがある。それはハバキリ自身についての事も含めて、様々だ。一体どういう考えがあってそれらを話そうとしないのかは不明だが、それを盾にされると反論出来ないらしい。そして、その問いかけの答えに詰まるという事は、ハバキリもまた、ジャンヌに対して全てを語るつもりがないという事だ。歩み寄る気があるなら、まずはそちらが踏み込んで来いと、ジャンヌはハバキリのマスターとして言っているのである。
二人がそんな会話をしている内に、いつの間にかソロがこちらへ向かって近づいてくるのが確認できた。少し足早に戻って来る彼に向け、ジャンヌは大声で呼び掛ける。その背後に、不穏な影が忍び寄っているとも知らずに。
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