リビング・ソード
「つまり、あなたは剣の魔法生物で……どうやってか知らないけど人間になろうとしている、ってわけ?」
「その通りです。ようやくその足りない頭で理解できたようですね。まぁ、これだけ時間をかければ当然ですが、普通の人間にはその辺りが限界ですか。さて、そろそろお喋りもこのくらいにしておきましょう。私は早くマスターの元へ戻り、生贄を捧げなくてはいけませんからね」
アマラはそう言って再びジャンヌに向けて歩を進め始めた。手負いのジャンヌなど、もはや敵ではないと思っているのだろう。だが、それはある意味好都合だ。不意打ちを受けたお返しには不意打ちで返す。ジャンヌはそう決めていた。
そうして、アマラがジャンヌにトドメを刺そうと近づいてきた瞬間、ジャンヌは立ち上がって腰に佩いていたロングソードを抜き、アマラの心臓にそれを突き立てた。しかし。
「手応えが……ないっ!?」
「ふんっ!」
「きゃっ!……くぅっ!」
剣先が背中へ貫通するほどに深く突き刺したというのに、ジャンヌの剣には血の一滴もついておらず、また人体ならば必ずそこにあるはずの心臓を貫いた感触すらなかった。これまで、ジャンヌはアマラが人間ではないと話していたことを信じていなかった訳ではないのだが、いかに魔法生物であっても、生物である以上心臓などの急所はあると思っていた。だが、こうして蓋を開けてみれば、アマラは本当に人間ではないのだと思い知らされた形だ。この人間そのものと言った外見は人形であり、本体は別にいる……いや、あるのだ。
アマラはジャンヌが驚愕して動きを止めた一瞬の隙を衝き、突き立てられたロングソードに拳をぶつけて刀身を圧し折った。そのままジャンヌを捕まえようとしたようだが、その剣を破壊する動きのために一手遅れ、ジャンヌは捕まる前にアマラの背後へ回り込むようにして部屋の中央へと逃げる事が出来た。しかし、状況が良くなったわけではない。未だ天秤はアマラに傾いていると言ってもいいだろう。そんな中、何かに気付いたアマラは訝し気に口を開いた。
「あなたのその腕……先程は確かに折れていたはず。治ったというのですか?この短い時間で?」
「あら、バレちゃったか。そうね、私、こう見えても人よりちょっと丈夫なの。少しは驚いてくれたみたいね」
ジャンヌがウィンクしてそう言い放つと、それまで無表情だったアマラはほんの少しだけ眉間にしわを寄せ、不機嫌そうな態度を見せた。
ジャンヌは『大逆転』の加護により魔法を使う事が出来ないのだが、それとは別にもう一つ、特技がある。それが、肉体の異常なまでの治癒能力だ。これは加護が発動しなくても備わっている彼女の能力で、ジャンヌ自身も生まれてからMIRAになるまで、ずっと気付いていなかった力だった。
かつて、ジャンヌの身体を調べたソロによると、ジャンヌは常人の数倍近い魔力の量を持つ体質だが、それを魔法として体外に放つ事が出来なかった。その為か、過剰に蓄えられた魔力はジャンヌの身体を正常に保つ為にのみ特化し、多少の怪我ならあっという間に治してしまうのだ。それはもはや、治癒というよりも再生と言った方が近いらしい。森を吹き飛ばすほどの大爆発の爆心にいても、服がボロボロになるだけで済んだのはそれが理由である。
「丈夫、ですか。なるほど。しかし、多少頑丈なだけなら、私にとってはただの人間と大差ありません。念入りに殺せばそれで済む事……その折れた剣で、どう私に勝つつもりですか?」
「……なら、試してみる?そう簡単にいくとは思わないでよね」
折れた剣の柄を握り締め、ジャンヌは不敵に笑う。それが強がりであることは、ジャンヌ自身よく解っている。目の前で殺気を放つアマラは、間違いなくこれまでに戦った相手の中でも屈指の強敵だ。嘘か誠か、剣の魔法生物であるという彼女は、少し手合わせしただけでも相当な実力を持っているのが明白だった。アマラはその身のこなしだけでなく、精神や思考が武器そのもので、相手を殺す事に一切の躊躇がないのだ。
普通の人間ならば、相手を殺すことに躊躇ったりするし、時には殺しを楽しんだりとどういう形であれ雑念が入ることもしばしばだろうが、アマラはそうした余計なものがない。さっきは悲鳴を楽しんでみせようと口にしていたが、実際にはそんな感覚は持ち合わせていないだろう。彼女はあくまで、自分の中にある人間らしさをトレースしようとしているだけだ。
ただ、アマラの言葉が決して間違いではないのも事実だ。先程、ジャンヌの左腕を容易く折ってみせたのはパワーだけではなく、手足に何かを仕込んでいるからだろう。その武器そのものという精神性までも含めて、とてもジャンヌが無手や無策で太刀打ちできる相手ではない。それに何より、いかにジャンヌといえど、首を刎ねられたり心臓を潰されでもしたら、生きていられるかは解らない。もちろん試したことはないが、常識的に考えてそこまでされては助からないはずだ。
自らの不利を悟りながらも、ジャンヌは近づいて来るアマラを迎え撃つべく折れた剣を構えた。するとその時、背後から見知らぬ女の声が聞こえてくる。
――そのままじゃ勝てない、私を使って。
「!?誰っ?」
咄嗟に視線を声の方に向けても、そこには誰もいない。そこには、この部屋で最初に見た、錆の浮いたボロボロの刀が床に突き刺さっているだけだ。そんなジャンヌの様子を気にも留めないアマラの歩みが止まる事はない。そうして焦るジャンヌの耳元で、再び女の声がした。
――今は私が誰かなんてどうでもいい。貴女が勝つには、私の力が必要でしょう?あれは人の姿をした正真正銘の武器……折れた剣で立ち向かうなんて無謀すぎる。けれど私なら、貴女に勝利をもたらす事ができる。
「ど、どこの誰だか知らないけど、姿も見せない相手を頼るなんて、出来るわけないじゃない!」
――私の姿なら、最初から見せている。……さあ手に取って、私に触れて。それだけで、十分だから。
「手に取れって……ああ、もう!さっきから何が何やら解んないことだらけよっ!でも……っ!」
近付くアマラの脅威に覚悟を決めたジャンヌは、折れた剣を捨てて、ボロボロの刀をその手に握り締めた。すると、暗緑色の瞳が赤く輝き、その中にいくつもの金色の光が帯となって流れていく。それはまさしく、加護である大逆転が発動した証だ。得体の知れない声ではあるが、その声の主が何であれ、例え毒であろうとも飲み込んでやる。ジャンヌは心の中でそう決めたのだ。
刀を握った瞬間、ジャンヌの中に蓄えられた膨大な魔力が一気に溢れ出し、刀の中へと取り込まれていくのが解った。それと共に、錆の浮いた刀身は、表面が剥がれ落ちるようにして柄本から刃先に向かい、美しい波紋を帯びた刃へと変化していく。しかも、ボロボロで刃こぼれさえあった刃は、打ち直して研ぎ澄ませたかのように綺麗な形へと変わっていた。そうして魔力を吸い上げたその刀がどれほどの破壊力を持つのか、ジャンヌは直感で理解したようだ。
「ウソ……ううん、すごい。これなら!」
「まさか、それは私と同じ?……ですが、何故っ」
――ああ、なんて素晴らしい魔力。私の目に狂いはなかった。貴女こそ私の使い手に相応しい。私はハバキリ、かつてこの星を産みだしたある超越者によって作られた生きた剣よ。あんな紛い物とは違ってね。これから私が、貴女の敵を全て切り伏せ、打ち滅ぼしてあげる。さぁ、思う存分私を振るいなさい、ジャンヌ。
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