戦いのゴング
「さて、今更問うのも野暮かもしれんが、一応聞いておく。お前達は一体何者だ?何が目的でサシャを攫った?」
にじり寄って来る人形達に向けて、ソロが声を上げた。しかし、彼らは一切気にも留めず、ゆっくりと近づいてくるばかりだ。ソロは溜息を吐いて首を振り、静かに呟いた。
「口も無ければ耳もないような連中に聞くだけ無駄か。そもそも発声器官や聴覚があるかも怪しいな。……とはいえ、俺達を何らかの形で視認しているようだし、目玉はどうなっているのか解らんが、まぁいい。問答無用というなら、こちらも話が楽だ」
そういうと、ソロは目に見えるほど凄まじい魔力を解放した。天に立ち昇るようなその魔力の量は、常人のそれを圧倒的に上回っている。それもそのはず、彼は若くして故郷『エンデュミオン皇国』において、国軍の魔法使い達の頂点ともいうべき魔法師団長の座に上り詰めたほどの天才であり、魔法の扱いに関しては比肩する者がいないとまで言われた男である。本人はあまり快く思っていないようだが、『猛禽の月卿』という月を冠する異名は伊達ではないのだ。
そして、その膨大な魔力の一部は、やがて使い魔であるアーデに供給されて流れ込んでいく。大量の魔力を取り込んだアーデの身体は再び高く飛び、更に白く輝きを増してアーデの身体そのものが太陽のように眩しい光となっていった。しかし、次の瞬間、その輝きは全くの別物へと変化した。
「敵の数はざっと100体……ふん、俺達を相手に数で圧倒しようという考えがまず間違いだ。さぁ、アーデ、見せてやれ。お前の翼に秘められた、星々の煌めきを!」
「ホーッホーッ、ホーゥ!」
ソロの言葉を合図にアーデの翼が広がり、輝く羽根の内側が露わになる。それは漆黒の闇であり、無限の広がりを予感させる暗黒だった。だがやがて、その闇の中にキラキラと輝くものが映し出されていく。それらの光は段々と数を増し、礫となって人形達に降り注いだ。もしも、この人形達に意志や感情があったなら、彼らはそこに何を感じただろうか。夜空に瞬く星が降り注ぐようにして、ソロを取り囲む100体の人形達はその光弾をまともに食らい、次々に消滅していった。
女が入っていったその屋敷は、酷く荒れ果てた廃墟そのものだった。元はかなりしっかりとした豪華な邸宅だったのだろうが、所々天井が抜けて外の光が差し込んでいるし、外から入って来た砂や埃が、堆く床に積もっている。一体、いつから風雨に晒されているのだろう?こんな場所で人が生活できるとは思えない様相である。
その屋敷の一番奥に位置する大きな部屋で、一人の男が辛うじてまともな椅子に座り、何もない空間を見据えていた。そこへ、サシャを抱えた若い女が入って来る。サシャは意識を失っているのかぐったりとしていて、抵抗できる状態ではないようだ。
「マスター、ただいま戻りました」
「……ああ、アマラ、戻ったのか、おかえり。見てくれ、これを。美しいだろう?ようやく組織に献上出来るものが完成しそうだよ」
男は、アマラと呼んだスーツ姿の女に、何かを見せて喜んでいる。男としか表現していないのは、彼が若いのか老いているのか見た目から判然としないからだ。薄汚れた衣服をまとい、手はひび割れてボロボロだが、顔つきはそこまで皺だらけでもない。それでいて、痩せコケた顔つきに見合わないギラギラと光る瞳が印象的な男だ。男は興奮した様子で、手元の箱に収められた刃物を撫でつけている。
「これにあと一人、清らかな乙女の生贄が捧げられれば、この刃は完全なものとなろう。その後は、君の完成だよ、アマラ。嬉しいだろう?ああ、次の贄が待ち遠しいな。とびきりの乙女でなければ」
「それならば、マスター。既に次の生贄は用意してあります。ご検分ください」
アマラはそういうと、男の前に傅いて抱えていたサシャを恭しく両手で差し出した。男は一瞬驚いたような顔をみせ、やがて口を開く。
「この娘は?」
「先日、次の生贄を用意するよう手配した男……モンドが失敗したようなのです。私が贄を受け取りに行った時には、一人の女がモンドを取り押さえた後でした。私はそのままその女を監視していたのですが、その行く先でこの娘を発見し、連れ帰った次第です。いかがでしょう?」
「ふむ。…………なるほど、悪くないな。なにより、君自身がこれだと選んだものならば、相性もピッタリなはずだ。うん、凄くいいぞ。よし、早速この娘を生贄にしよう。アマラ、血を……!」
「はい、マスター」
男の言葉に従い、アマラはサシャを左手で抱え、右手で手刀を作ってその首に押し当てた。柔かいサシャの肌に指先が刺さりかけた瞬間、突然アマラは顔を上げ、入って来た扉の方へ視線を向けた。
「ど、どうした?アマラ」
「マスター、たった今、何者かがこの屋敷に立ち入ってきました」
「なに……?そんなバカな。外は人形達に守らせているんだ。誰か入って来るなんて……うっ!?ゲホッゴホッ!」
「マスター、お身体が……」
「……うぅ、いや、大丈夫だ。とにかく、邪魔が入っても面倒だ。その子は見ておくから、君が様子を見てきてくれ。もし何かいたら排除して構わない。ただし、あの部屋には立ち入るな」
「はっ、お任せください」
男の許可を得たアマラは、その場にサシャを寝かせると、あっという間にその広間を出て行った。残された男は、再び咳き込みながらもたれ掛かるようにして椅子に座っている。眠ったままのサシャは、まだ目を覚ましそうにない。
その頃、屋敷の中へと入ったジャンヌは、そのあまりにも荒れ果てた屋敷の惨状に、一瞬言葉を失っていた。しかも、鼻を衝く埃臭さに混じって、鉄のようだがどこか生臭い匂いが混じっている。これは、何度か嗅いだことのある臭いだ。
「血の臭い、だけじゃないわね、このイヤな刺激臭。まさか、攫った人達を?……だとしたら、許せない!」
ジャンヌの感じた臭い、それは明らかに死臭だった。古く腐った血と肉が混ざった独特の悪臭は、一度嗅いだら忘れる事は出来ない。ここでそれを感じるということは、あの女が攫った人達を手にかけているという証拠だろう。燃え上がるような怒りの炎で胸を焦がしつつ、ジャンヌは手近な部屋を確認していった。
しばらくして、ある一つの部屋の扉を開けた時だ。その部屋の奥には一人の女性が立っていた。こちらに背を向け、崩れた天井から差し込む光に照らされて立つ姿は、まるで彼女自身が光を放っているかのようだった。ジャンヌは一瞬、その女性の美しさに息を呑み目を見張って、立ち尽くす。だが、瞬き程の僅かな時間が過ぎると女性の姿は光の中に溶けるように消えて行き、残ったのは赤茶色に錆びきった剣だけだった。
訳が分からず一歩足を踏み出そうとした次の瞬間、ジャンヌは自らの背後に何者かが立っている事に気付いた。
「っ!?くっ!ああああっ!!」
ジャンヌの背後を取った人物――アマラは、無防備なジャンヌに強烈な蹴りを浴びせかけた。ジャンヌは咄嗟に振り向きその蹴りを左腕で防いだものの、そのまま目の前の壁をぶち抜いて部屋の中へと吹き飛ばされてしまった。ガードが間に合わなければ背中からまともに食らって、一巻の終わりだっただろう。その意味では、ジャンヌの反応は凄まじいものだ。だが、その代償は大きかった。
「っ、腕が……なんてパワー……!」
蹴りを受けた左腕は、前腕の骨が完全に折れてしまっていた。激しい痛みに顔を歪ませるジャンヌの元に、つかつかとアマラが近づいていく。ジャンヌの瞳は、まだ暗緑色のままだ。
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