急転直下
ジャンヌが目を覚ましたのは、日の出からしばらく経ってからの事だった。ちなみに、この世界でも一日を24時間で区切るのが一般的だが、若干、夜の方が長いようである。
もそもそとベッドを抜け出すと、既にソロの姿はなかった。同じように夜更けまで起きていたはずなのに、明らかにソロの方が朝は強いのが納得のいかない所である。それに関しては一応、ジャンヌの中で自分は肉体労働者なので疲労を取る為に睡眠時間が多く必要だという理由があるらしい。それがどこまで正しいのかは不明だが。
ジャンヌはゆっくり買ったばかりの服に着替えると、眠い目をこすりながら部屋を出て階下に降りた。顔を洗いたい所だが、ジャンヌは魔法で水を出す事が出来ない。一般的なホテルは水道設備があるか、ルームサービスで水を頼めるのだが、ここは個人宅である。水は井戸を探すか、ソロに魔法で出してもらうしかないだろう。
階段を降りてダイニングに向かうと、ミリィが用意した朝食を前にしてソロが席についていた。ちゃんとアーデもテーブルの隅に座って待っている。まだ完全に覚醒しきっていない声で、ジャンヌは二人に挨拶をした。
「おはよ……ソロ、悪いけどお水出してくれる?顔洗いたい……」
「ああ、おはよう。じゃあ、洗面所に行こう。ここじゃ後始末が大変だからな」
「ふふふ、お二人共仲がよろしいんですね」
「はは、手がかかる相棒でしてね」
「むー……」
そのやり取りを聞いたジャンヌは不満そうだが、眠気の方が勝っているのか、特に反論しようとはしなかった。普段のジャンヌはもう少し朝でもしゃっきりしているのだが、よほど昨夜の夜更かしが効いているらしい。数分後、スッキリした顔で戻って来たジャンヌが、ある事に気付く。
「ああ、サッパリしたー!って、あれ?サシャちゃんは?さっきもいなかったみたいだけど」
「サシャならいつものように裏の花畑で水をやってくると……そういえば、戻ってくるのが遅いわね。どうしたのかしら、サシャ?サシャ―!」
魔法で花を育てるといっても、水やり程度の世話は必要だ。幼いながらもサシャは進んで母親を手伝いたい気持ちが強いようで、朝の水やりは彼女の仕事らしい。そんな微笑ましい関係を想像しつつ、二人が席に着いたのに少し遅れて、ミリィが大慌てで戻ってきた。
「じ、ジャンヌさん!ソロさん、大変ですっ!娘が、サシャがどこにもいないの!」
「えっ!?」
ジャンヌとソロは一瞬顔を見合わせた後、すぐさま裏庭へ飛び出していった。裏庭の花畑はそう大きなものではなく、またそこに咲いているのは背丈の大きくないサフォラだけなので、一目でそこに誰もいないと解る状態だ。だが、よく見ればサシャのものではない、土を踏んだ大人の足跡がいくつか見て取れる。当然、ミリィとは履物が違うのでミリィのものでもないだろう。ということは。
「サシャちゃん!サシャちゃんどこにいるの!?……そんな、まさか」
「……アーデ、飛べっ!」
「ホゥ!」
ソロの合図を受けたアーデが勢いよく上空に飛び、街を見下ろす高さからぐるりと視線を投げた。本来の主従であるソロとアーデが視界の共有をすれば、例え上空からであっても、靴跡を判別して追跡するなど容易いことだ。しかし、靴に着いた土や泥はそう多くないのか、少し追った先でその靴跡はほとんど見えなくなってしまった。それでも、ソロがより多く魔力をアーデに供給してその眼を強化すれば、逃げてゆくそれを見つけるまでにそう時間はかからなかった。
「いたぞ……!女だ、スーツ姿の女がサシャを抱えて走っている!かなり早いな、南ブロックの旧市街に向かっているようだ」
「女ってもしかして、モンドの言ってた取引相手?とにかく、私が追うわ!」
「俺も行く!ミリィさん、あなたは家で待っていて下さい!くれぐれも、迂闊に一人で外へ出ないように!サシャは必ず俺達が連れ戻します!」
「ああ、サシャ……!お願いします!どうか……どうか!」
すがるようなミリィの声を背中に受けながら、ジャンヌとソロが走る。素早くリビングに置いてあった剣だけは持ち出せたが、鎧までは着ている暇がない。そんな事を気にする余裕もないほどジャンヌの表情には複雑な感情が表れていた。
「それにしても、どうしてサシャちゃんが……!元々あの子が狙われていたの?それとも、私達のせいで………?!」
「それは俺にも解らない。が、理由など後回しだ。あの子は絶対に助けるっ!」
二人が誘拐犯を追って辿り着いたのは、街の南部に位置する旧市街ブロックであった。パロウという街は歴史が古く、かつてはこの旧市街ブロックが街の中核となる場所だった。しかし、長い年月をかけて発展する内に街は縦に伸びていき、今では既に街の中心は北部ブロックに移っている。この旧市街は、いずれ全てを取り壊して新たに再開発が行われるのを待つだけの場所だ。そんな場所だけに人は住んでおらず、いわば、ゴーストタウンと化している区画なのだった。
サシャを攫った女は、そんな廃墟同然の建物の中の一つへと入っていったようだ。上空から見ていたアーデの視界は、ソロにもバッチリ伝わっていて二人は難なくその場所へ辿り着く事が出来た。
「似たような建物がいくつもあるけど……ここで間違いないの?」
「ああ、この一番大きな屋敷の廃墟に、あの女は入って行った。だが、気を付けろ、アイツの素性はおろか、目的も解っていないんだ。罠の可能性だって」
そう言いかけた途端、小さな物音がして二人は周囲に視線を向けた。するとそこには、複数の人の形をした何かが立ち、こちらを取り囲むようにしていた。彼らは姿形こそ人間のようだが、衣服を纏っておらず、異様につるんとした白い肌が見える。それでいて顔はのっぺらぼうのように凹凸があるだけで、目や口、鼻は全く無い。それに何より、普通の生物ならば持っている魔力が一切感じられないのだ。この距離まで接近を悟らせなかったのは、それが理由のようだった。
「な、なによこいつら!?いつの間にこんな近くに!?」
(バカな!?俺はともかく、ジャンヌに気配すら悟らせなかっただと。コイツら、見た目通り人形そのものだ!)
ゆっくりと近づいてくる人形達の数は、ざっと見ただけで100体はくだらないようだった。よく観察してみると、歩く姿はぎこちなく、見た目通り人間とは思えない動きだ。彼らは何も持っていない両手を肩まで上げて、ジャンヌ達を捕まえようとしているように見える。しかし、そこに感情や意志のようなものは、全く見受けられない。敵なのは間違いないだろうが、目的が解らないのは不気味過ぎた。
「なんだか知らないけど、戦うつもりなら相手になるわよ!」
「待て、ジャンヌ。このタイミングで出てきたコイツらはどう考えても時間稼ぎだ。ここは俺に任せて君はあの女を追え!……どうも嫌な予感がする。早くしないとサシャが危ない!」
「ソロ?!……大丈夫なの?」
「ふ、多人数を相手にするなら俺の方が得意さ。……いや、俺とアーデの方が、な」
そう言ってウィンクするソロの表情には笑みが受かんでいた。同時に、上空からアーデが降りてきて、ソロの肩に留まる。確かに、ソロとアーデが揃えば大抵の相手はどうにかなるだろう。相棒であるジャンヌは、それを誰よりも知っているのだ。こんな生気の感じられない人形の集団に、彼らが負けるとは微塵も思えない。
「……解ったわ。でも、気をつけてよ?」
「誰に言ってる、俺の心配するなんて百年早いぞ。さぁ、いけ!ジャンヌ」
ソロに後押しされ、ジャンヌは全力で駆けだして、屋敷の玄関へ飛び込んでいく。それを見送ったソロは、鋭い目つきで、周囲を取り囲む人形達を睨みつけるのだった。
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