8 【サイド】太陽神ソラリクス
彼女がいなくなって500年が経った。
この世界でそれほど長く生きられるのは、私のような神かエルフか...
だがその顔立ちまで忘れずに覚えているものはどれほどいるだろうか。
私は気だるく無気力になる日々を送っていた。
彼女がもうここに戻ってこないなら、私も地に還りたい。
彼女だけではない。
笑い合って過ごした人々が歳を重ね、衰え、みんな私にお礼を言いながらこの世界から去っていく。
転生した子孫たちもいる。
それに気づくのは神の私だけだ。
今まで転生したものは、自分が転生したことに気づくことはなくその生涯を終えていく。
かつては、その片鱗でも思い出すことはないかと期待したが、誰も思い出すこともなく再びその生涯を終えていくのだ。
虚しい。せっかく再び出会えたのに、かつての思い出を語ることも、知ることがなかった空白の時の出来事を話すこともできない。
ここ100年くらいはだんだん表舞台に出ていくこと、新たなものたちと関わることも嫌になって来た。確実に私よりも先に来る別れが寂しくなるのだ。
しかも、私が出ていかないことで、勝手に私を神格化し、厳かで、間違いを犯さず、私のいうことは全て正しいと誰もが私を信じていく。
私がいてもいなくても、いや、むしろいないぐらいがみんなにとって理想の神を演出できていいのかもしれない
そんな中で先ほどから何やらざわざわうるさい
「エーテリオン、なにがあった?」
「先ほど絵画の間になにやら不審者による侵入があったようです。今、フェニックスとガルーダが対応しているようですので続報があるでしょう」
「絵画の間は普段から無料で一般公開もしているだろうに。もっともあの絵に何かの価値があるとは思えないが」
私は溜め息をつく。
シームルグが大聖女と私に危害を加えた瞬間を描いたと言われるあの絵画のシームルグは、本来の彼女の姿とは似ても似つかない。
月光神シームルグは、運命に逆らい人を害するという罪で、この世界から抹消された。
月光神にそこまでの決断をさせてしまったこの世界のペナルティは、その日からこの世界に訪れることがなくなってしまった夜だ。
夜が必要な種族は、外に出てこられなくなる。
植物は成長をする時間がなくなる。
活動するものたちは、ゆっくり休めなくなる。
月光神の喪失は、やがてなぜかシームルグが民のために日々活動していたことの感謝ではなく、シームルグの行為が引き起こしたことによる恨み、憎しみへと変換されていく。
「ソラリクス様、大変です。先ほど絵画の間に現れたものですが、あのシームルグにそっくりだというのです。一応危害を加える可能性は低いということで、城の牢であらゆる力は封じておりますが、本人は時渡りだと訴えております」
「時渡り?」
俺は久しぶりに聞いた単語を聞き返す。
そもそも大聖女カラドリウスが、500年前にこの世界に来たのも時渡りだったな。
「シームルグにそっくりの...時渡り?」
「ただ、相当汚れて臭いも発していたようで、牢で清めてから明日判断を下してくださればいいということです」
エーテリオンはうやうやしく頭を下げた。
「といっても、エーテリオンにも言ったと思うがあの絵のシームルグはシームルグじゃないんだよ。だから絵とそっくりでも、私が会ったら、おや、また平凡な顔の子がいたものだ、で終わるよ。時渡りなんだから、きちんと保護して扱ってやればいい」
俺は面倒くさくなってくる。
シームルグが復活したなら、それは大騒ぎではあるが、あの絵のシームルグは、似ても似つかないという話を500年訴え続けても誰も聞かないのだからこんなところで自分を頼らないで欲しいものだ。
「そうはいきません。かなり城内の混乱は激しいですし、これで城下にでも下りれば無事には済まないでしょう」
エーテリオンの神経質そうな顔立ちはキリッとした真面目な表情になり、今にも刑罰を与えてくれと言わんばかりだ。
そのそっくりさんも可哀想に。
平凡な顔立ちに生まれただけでも気の毒なのに、汚れて、臭くて、周囲からシームルグの絵に似ているだけで刑罰を求められるなんて、前世どんな業を積んだんだか?
「じゃあ、明日その子に会うよ」
俺はため息をついて空を眺めた。
ん??
何やら空が赤くないか?
「おい、エーテリオン。私の目がおかしいのだろうか?空が赤く見えるのだが…」
「はい??えっ!!赤い!空が燃えてます!!」
「いや、燃えているわけではない。これは…」
そっと自分の館である神殿の御簾から出て、よりしっかりこの目で空を見つめようと見直す。
そして、体が震えるような歓喜と興奮が自分を包み込む。
「エーテリオン、城に行くぞ。その者と会ってみよう。これは夕暮れだ。500年ぶりに夜が来るぞ」
わたしは興奮が抑えられない。
エーテリオンはまだ知らない夜に恐怖を持っているようだ。
いや、おそらく全てのものがそうだろう。
それならば、動いたほうが良いだろう。
───
わたしの目の前にいたのは、連絡の通りシームルグとは似ても似つかない、絵画のシームルグのそっくりさんだった。
だが、相当苦労した人生を送ってきたようだ。
「元の世界では、父の肩代わりをしてしまった借金取りからどんな目に遭わされるかわかりません。それに比べれば、期待さえしないでもらえたらダメ元でやりますし、分からない仕事でも覚えろと言われれば覚えます」
その声に、ふとかつてのシームルグの声の記憶が再生される。
あれは、無鉄砲な女で慎重に物事を進めるわたしとは対極的だった。
「とりあえずダメ元でやってみたらいいのよ!知らなければ、やりながら覚えたらいいわ」
そう言っては、物騒なものを作って周囲を困らせていた。
たしか、その物騒なものたちは、全て今も彼女の館に残っていたのではなかったか?
シームルグのそっくりさん...ね。
似ても似つかないが面白い。
この娘に、シームルグの館を片付けさせてみるか?
彼女のかつて作った面白い歴史を掘り起こしてくれるかもしれない。
シームルグのゴミ屋敷の片付けを提案するとエーテリオンは慌てているが、俺は久しぶりに心に風が吹いたのを感じていた。
500年ぶりの夜ーー呪いが解けたのか、はたまた新しい出来事の始まりかは分からないが楽しくなりそうだ。
俺はニヤリと口角が上がるのを抑えられなかった。




