58 500年前の真実
私は、ソラリスクが苦笑いをして淡々と話しているのを見ながら、実際の気持ちはそんな笑い事ではなかったのだわと感じていた。
ソラリスクの冷たい目は全てのものが信じられないと言った目だもの。
ソラリクスにとって時渡りは、敵なのだ。
それが、あの冷たい微笑みの正体なのだと思った。
「この間、飛鳥に言われるまで、ベンヌを疑うことすらしなかった。
だが、過去に私がカラドリウスを好きだという話になったり、訂正しても消えないシームルグの虚偽の噂を考えるとベンヌが噛んでいることで腑に落ちた。エーテリオンからも聞き取りをして、やっと最近全てに気づいたんだけどね」
ソラリスクは、あの神の冷たい微笑みのまま静かに語った。
「私は姿を普段現さない。今まで、大体のことはエーテリオンの一族に頼んできた。当時も一緒だ。ベンヌを信じていた。シームルグを愛していることをベンヌに伝えて続け、虚偽の情報の訂正を彼に頼んでいた」
その言葉にエーテリオンも頷いた。
「私の家は、当時から今も起こったこと全てを正確に毎日詳細に記載しています。私はベンヌが500年前に起こした過ちを彼の記録で知っていました」
そして、下を向き唇を噛み悔しそうな顔で言葉を紡ごうとした。
「代々、私の家は、その罪を隠蔽しながらベンヌの名前を継いできました。ですが、私はその記載と今の聖女を見て.......どうしてもベンヌに共感できず、名前は引き継がす職務のみ引き継いでいます」
「飛鳥さんが、聖女ピンキーなのだということも薄々気づいていました。聖女課にも市井にもそんな、傷を治す薬やシールドを出せるものはいない。それができるのは過去に記録ではシームルグぐらいしかいません。あなたは時渡りで、シームルグの本来の顔を持ち、更にはその家に住んでいましたからね。」
「やっぱり......」
まあ、突然ピンキーが聖女課から出てきたし、500年以上前からの過去の記録が残ってるなら疑われるわよね。
「私はベンヌには共感できない。それなのに、身体に染み込んだ教えは消えないんです。聖女が嫌いなのに、聖女以外妻にする発想がどうしてもできないんです。」
エーテリオンはがっかりしたように笑いながら言った。
「あなたが聖女ピンキーになってくれるなら、他の聖女と結婚しなくていいのに、そう思ったのも事実です。」
「でもそれは、私のこともピンキーもどちらも好きなわけじゃないわ」
私がいうと、彼は素直に頷いた
「そうですね。ガルーダを見てそれに気付かされましたよ」
そう言いながら持ってきた木箱を開けた。
「ベンヌの記録によると、ソラリクス様は、この場所で指輪をシームルグ様にはめて、みんなに結婚を宣言するつもりでした。」
「そうだよ。わたしはこの指輪をシームルグに捧げるつもりだった」
ソラリスクもその言葉を認める。
「ですが、それを知ったベンヌは私達の大切な仕事を悪用したのです」
木箱からは、鋭い光を放つ輝きがあせることのない短剣が姿を現した。
「これは?」
「これは神殺しの剣です。名前の通り時渡りと神を殺せます。これを500年前に保管していたのがベンヌでした」
シームルグは、じっと見て首を振った。
「わたし、こんな剣知らないわ。」
「君は多くの仕事を、世の中のためにしてくれていたじゃないか。汚れ仕事は、私がしたらいい」
ソラリクスは、危険だからねといいながら木箱に短剣をそっと戻す。
「時渡りは世界に変化を起こしいろいろな概念をもたらしてくれる。それは神でも止められない変化だ。そして、その役割を終えたら彼らは元の世界に帰ってもらうんだ。私は今までこの剣で役割を終えた時渡りを殺してきた。変化は残り、時渡りがどんな人物でどんな名前だったかすらみんなの記憶には残らなくなる」
そう言いながらソラリスクはため息をついた。
今さらっと恐ろしいことを聞いたわよね。
私も時渡りなんですけど......
でも、最後まできちんと聞きたい
「シームルグが死んでいる、ということはその剣で?」
わたしが恐る恐る聞くとソラリクスは頷いた。
「そうだ。シームルグはこの剣で殺された。」
シームルグの目が見開かれる。
自分が殺されたときのことを覚えていないのは、何が起こったのかすらわからなかったためかもしれない。
私はその様子を見て、胸がしめつけられるような気持ちになった。
「どうして?」
シームルグは呟くように聞いた。
「ベンヌはカラドリウスを愛してしまった。カラドリウスは当初「美」という概念をこの世界にもたらした。終われば、私はこの剣で彼女を元の世界に返すことをベンヌにも伝えていた。
だが、彼女は欲求が強すぎて、美の概念が歪んで、なかなか概念をもたらし終えることがなかった。だが「歪み」もまた一つの概念だ。彼女を消し去る日も近いと思われた。
エーテリオンも頷いた。
「ベンヌはこの世から消されてしまう彼女に、この短剣の存在を告げて、こともあろうに太陽神ソラリクスを殺すことを提案した。逃げて逃げ切れるわけではないですからね。だから彼女を殺すソラリクス様を消せばなんとかなると考えました」
「ところが、カラドリウスは、ベンヌではなく、私と結ばれたがった。シームルグを殺せば、私の妻となれると思っていた。といっても私を愛していたわけではない。私以外はみんなカラドリウスの虜だ。私が彼女の虜にならないのはシームルグのせいで、君さえいなければ、自分は殺されず、世界は自分の思い通りになると思ったんだよ」
私はその発想に唖然とする。
「愛情ではなくて欲求ってこと?」
カラドリウスのその欲求は、色々なものを歪ませたまま多くの変化を与えてしまったのね。
エーテリオンもその嫌悪を隠さなかった。
「ベンヌが聖女にこだわり、代々聖女を娶るように仕組んだのもそれが理由だよ。うちの一族は、ソラリクス様にかわり、この世界の中軸を担う。カラドリウスが、彼女が作り上げた聖女が未来永劫この世界に轟き、称賛されることを望んだからだ。今も私はそれに囚われている」
それは、カラドリウスが、ベンヌの愛を利用したものだった。
彼もそれに気づいていたのかもしれない。
でも、彼は自分を必要にしてくれる限りカラドリウスの欲求を叶えたかったのだろう。
「じゃあ、この絵も?」
私は左右を眺める。
「歴史も歪める準備をしていたんだろう。ソラリクス様を殺した罪はシームルグになすりつけようと思っていたんだろうな。恐ろしいことに、大賢者がその絵画の費用の予算を出し、大画伯はその金をすべて注ぎ込んでこの絵画を描いていた。みんなカラドリウスの欲求の歪みの変化に巻き込まれていたんだろうな。」
私は、ソラリクスを殺した罪はシームルグになすりつけるなんて、ベンヌの考えに底しれない恐ろしさを感じる。
「私は、私の目の前で......時渡りが起こす変化を変えることが出来なかった。」
ソラリスクの目からは涙が流れていた。
「シームルグが時渡りのカラドリウスに殺されてしまったのにだ!」
そこまで聞いて、ソラリクスが時渡りの私に冷たい目を向ける気持ちがわかった。
時渡りの行動から起こる変化は神にも介入できない。
目の前で、唯一自分の理解者であり、愛するシームルグが悪者になり、苦しみ、壊れ、最後は殺される。
それを止められない。
それはどんなに苦しくつらく、時渡りが憎かっただろう。
私の目からも涙が溢れた。
人の欲求が、ささやかな彼らの幸せを潰したのだ。
「シームルグが生きていれば世界はまだ変わる予定だった。彼女にはまだまだ多くの役割があり、本人が意図しない死だからね。同時に、時渡りも役割を終えるまでは私が消すことはできない。あれはそういう剣だ。だから彼女は幽霊として生き残ったのだと思う。」
私は、シームルグを見た。彼女は、涙を流し後悔するソラリスクに「あなたのせいじゃないわ」と必死に声をかけ続けていた。
「殺すべきではないものを殺したペナルティは、永遠の抹消だ。これは、ベンヌも知らない。この剣を使う私しか知らないことだった。だから、カラドリウスもその場で消えるはずだったが、私はただ消えるだけでは許せなかったんだ」
ソラリクスはふっと諦めたように笑っていた。
「私は、シームルグを殺したこの神殺しの剣で、カラドリウスを殺したんだ」
やりきれない苦しみが伝わってくる。
ソラリクスの悲しみは、カラドリウスを殺しても消えるわけではない。
そして、シームルグを失った世界は夜を失った。
ベンヌが提案する話にのっていたら、世界は昼を失っていたに違いない。
「だからね、飛鳥。この世界の歪んだ蓋が取れた今、殺すべきではないカラドリウスを殺したわたしは、これから永遠に抹消される。私も恋に溺れ、過ちを犯したんだ」
私は、ごくりと唾を飲み込んだ。
ソラリスクの足元が、少し透け始めていた。
「最後の仕事だ。私が消える前に、この剣で君を元の世界に戻してあげよう」




