54 【サイド】ガルーダ3
飛鳥に、自分と部下の命を助けられてから、俺は彼女の盾になりたいと、この恩をどこかで返したいとそう思ってきた。
だが、純粋にそう思っていただけだと思っていたのに、彼女と関われば関わるほど、巻き込まれ体質な彼女から目が離せなくなっていく。
気づけば、彼女がエーテリオンやフェニックスと会話するだけでも、もやもやするし、彼女の視線の中にいる、彼女と逢える、彼女と過ごせる、彼女に触れるだけで心が浮き足立つ気持ちになる。
その気持ちを表には出さないが、彼女と噂になるだけで、他の男がよってくる抑止力にならないかと期待している。
そして、噂を全否定する飛鳥を見て、心の端で傷つく俺がいる。
俺は、飛鳥を愛しているのだ。
すごく美人なわけでもない。
見た目は平凡だが、素の飛鳥を好きだし、そばにいると楽しいのだ。
神獣や魔獣を労り可愛がる姿も、聖女たちに仕事を押し付けられても、文句を言いながらも逃げない姿勢も全て好きなのだ。
その思いを、きちんと自覚している。
だが、飛鳥は時渡りの変化をさせる力に悩んでいるようだった。
この時渡りの変化の力は、何かしらあるのは間違いないのだろうと思う。500年前のカラドリウスのもたらした聖女信仰は、間違いなく自分の心を支配し、洗脳を受けていたような感覚にさせていたからだ。
だが、飛鳥を思うこの気持ちも飛鳥の無意識の洗脳なのだろうか?
本当は俺は飛鳥のことを全く想っていないのだろうか?
飛鳥は意識して、誰の心も変えず、カラドリウスのようにならないようにと思っているようだ。
では時渡りがどんな変化をさせる力があるのかといわれると、漠然としている感じで飛鳥自身明確には、わかっていない。だから、とにかく心を殻の中に閉じ込めようとしているとしか見えない。
自分を愛してくれる人と結婚したいと言っていたが、自分が愛する人とは結婚したいと思わないのだろうか?
飛鳥が愛した人が、無意識に飛鳥を愛してしまうことを、飛鳥自身が拒絶するなら、飛鳥は本当の意味で幸せな家族を手に入れることは不可能なんじゃないだろうか。
俺はその矛盾を感じ始めた。
試しにフェニックスに聞いてみる。
「なあ、フェニックス、もし飛鳥がお前の命を助けることがあったとする。そうしたら、飛鳥に惚れるか?」
フェニックスは怪訝な顔をする。
「飛鳥に助けられるようになったら終わりだが、そんなに俺を牽制しなくても、俺の好みは俺を飽きさせない美人な女だ。常に刺激が欲しい」
そういわれてしまうと、飛鳥は俺にとって飽きさせない可愛い女なので微妙だな。
視察でピンキーに接触したあとに聞き直すか?
次に顔も見たくもないがエーテリオンのところに行く。
「なんですか?ちゃんと合鍵かえしたでしょうよ」
エーテリオンは嫌そうな顔を最大限して、俺から距離を取ろうとする。
「好きだと言っても諦めろとしか言わないが、念のために聞いておく。お前、飛鳥のことを好きなのか?」
「あなたも知ってるでしょうに。飛鳥さんは、聖女課には珍しいタイプで、我を通さないけど、仁義は通す逞しい女性で好ましいと思いますよ」
エーテリオンは少し硬い表情で俺に伝えてくる。
「ですが、ご存知の通りうちの一族は聖女と代々結ばれてきた家系です。聖女以外に好ましい気持ちを持つなんてあり得ない。飛鳥さんが聖女ならあなたが相手でも奪いに行きますけどね」
「それは、聖女でなければ飛鳥を好きじゃないのか?」
「好きじゃないというか...そもそも恋愛対象じゃないですよ。聖女と結婚しなければ、聖女を好きでいたいと思いながらわざわざ、対象でない女性に目をかける必要はないですから」
それを聞き、飛鳥がエーテリオンを無意識に振り向かせようとはしていないことを知る。
ソラリクス様は聞くまでもなくシームルグ様一筋だし。
念のため絵画に出てきた子孫たちにも、聞いてみるか?
賢者アクィラの元に行ってみるか?
アクィラも、代々アクィラという名前を継ぐから500年前も同じ名前だ。
「アクィラの部屋は、予算会計課だよな。」
久しぶりにその部屋を訪れると、来るんじゃなかったと入った直後後悔するほど、職員の目が血走っている。
何かの数字をつぶやきながら、亡霊のように歩いて突然倒れて眠るもの。
笑いながら意味の分からない数式を書き殴るもの。
踊りながらできた書類を眺めるもの。
飛鳥は、前の世界では事務員だといっていたが、この課に配属されなくてよかった。
俺は心の底から安堵する。
「おお、ガルーダ。久しぶりじゃな」
ヨタヨタ歩くアクィラは、自分の祖父ぐらいの歳である。
「お体に変わりはありませんか?奥様はお元気でいらっしゃいますか?」
「妻はわしより元気さ。わしなんて夜が来て恐ろしいとまだ思っておるのに、妻はもう慣れたのか星空観察ツアーでオーロラという虹色に輝く空を見に行くと言っておる。真っ暗でも怖いのに、虹色なんてなぁ。いや女が一番怖いのかもしれん」
うーん、飛鳥の「あ」の字も出ない。
年寄りすぎるのか?でも次の世代に思いを寄せて心を変えようとするかもしれない。
「アクィラ様は、お子さんがおられたんでしたっけ?」
「娘がおる。それに継がせようか迷っているんだが、娘はわたしと違って数字を見たら周りが見えなくなるから困っておる。その孫も女で、うちは女が強い。わしは、肩身が狭い」
そういってアクィラはため息をつく。
ん?数字を見たら周りが見えないのは一緒ではないか?
俺の後ろでまた一人誰か数字をつぶやきながら倒れたんだが.....
とりあえず賢者の心は変えないだろうな。
「あと一人は大画伯アルコノスコの子孫か。あいつが一番厄介だ」
俺は財布に金が入っていることを確認する。
アルコノスコも500年前から代々名前を引き継いでいるが、子孫も素晴らしい画家であるのは確かである。
ただ、素晴らしい絵を描くために、金に糸目をつけない。
倫理も破綻していて、芸術と18禁の境界線を走るような作品も多い。
特に金がなくなるとその兆候が顕著となり、問題行動をあらゆるところで引き起こす。
間違えても、飛鳥とアルコノスコの双方の目に、お互いを入れたくない。
「おい、アルコノスコ。生きてるか?」
芸術課の扉を開けると、職員はおらずどこで盗撮してきた?という写真ばかり貼り出されている。
「ガルーダか?仕事か?仕事をくれ!金がないんだ」
俺は金をテーブルに置いた。
「なにがいい?絵か?彫刻か?修正か?無修正か?」
「どれもいらない。ええと...彫銀だっけ?女性のアクセサリーのような作品は作っているのか?」
アルコノスコはキョトンとしていた。
「珍しい。真面目な客だった」
「プレゼントにしたいんだ。向こうが気を使わないで済むような小さいものがいい」
俺は、飛鳥のことを口にしてみた。
「時渡りがきているんだ。身につけるものを買う予算も限られているようだし、アルコノスコの芸術センスは言うまでもなく優れているからな」
「時渡りか...」
アルコノスコの目が光り、俺はドキッとする。
もし飛鳥が、アルコノスコを認める発言をしたらアルコノスコは、飛鳥のとりこになるかもしれない。
「胸は?出るところは出ているのか?頼んだらヌードモデルになってくれるだろうか?いや、見られるのが嫌なら裸を型抜きさせてくれるだけで!!」
「何を考えている?俺が好意を持っている女性なんだが?」
「ああ、その辺は俺はどうでもいい。芸術的にそのシルエットがそそられるかどうかだ。痩せてればいいわけではない。筋肉が美しい、シルエットも重要だ。そうだ!ガルーダ!お前もどうだ?全身余すことなく、詳細に絵に残すぞ!」
飛鳥がアルコノスコに心惹かれることがあっても、全力で止めよう!とんでもない芸術作品が、世の中に広まりかねない。
そう、ため息をついた俺の前にアルコノスコは、色々出してきた。
「ネックレス、ブレスレット、イヤリング、指輪...結構あるんだな。彫りが緻密だ」
「そうよ!かつてソラリクス様も500年前指輪を注文したことがあったらしいぞ。
絵の出来事が起こった日は、カラドリウス様とソラリクス様の結婚式だったらしくて、本当ならその指輪が陽の目をみるはずだったんだろうけどな」
アルコノスコはなんの気なしに言う。
「それはどんな指輪だ?」
「これが同じ意匠だよ。太陽と月をモチーフにしたペアリングだ。シームルグも月だから自分がもらえるとでも思っていたのかねえ。」
俺は胸がざわつくような核心に近づく気がした。
結局、無難にネックレスを買い、普段着に少しでも色が添えられたらという気持ちで選んだ。
あの時の絵の登場人物の子孫で、結局、飛鳥を想っているのは俺一人。明日いよいよ、飛鳥が再びピンキーになる。
飛鳥は、明日から、自分で意識して世界を変化させると言っていたが...
これでフェニックスが飛鳥に心惹かれることがなかったとしたら、飛鳥が、愛して欲しいと無意識に願っているのは俺一人と思っていいだろうか?
その時は、交際を申し込んでも許されるだろうか?




