39 カラドリウスの執念
翌朝、シームルグの代わりにしっかり泣き切った私は、目をぱんぱんに腫らし、すれ違う人々からギョッとした目で見られながら過ごしていた。
「なんか、シームルグの努力がちゃんと世間に評価される場所をつくってあげたい。女の子が、好きな男の人のために可愛くなりたい、綺麗に見られたいって別におかしなことじゃないもの」
そう呟いてみたものの....
でも、どうしたらそれができるんだろう。
私は、聖女シスターズたちに紅茶を入れて、お菓子を横に並べて、はーっと深いため息をついた。
その顔を見て、ジズがなぜか焦っている。
「飛鳥!あなたが今回頑張ってくれていることはわかっているわ。もしかして昨日の気にしてる?言い方が悪かったわ」
「いえ、大丈夫です」
ジズのお小言ぐらい、シームルグが500年苦しんだ悩みに比べたらかわいいものだ。
というより、珍しい!ジズが私に気を使ってるじゃないの!
「そう、まあ飛鳥は打っても響かないタイプだから気にしないわよね。」
ほっとしたようにジズの笑顔が戻る。
一言多いわ!
打っても打っても聖女たちが跳ね返りすぎなのよ!
やっぱりジズだったわ。
ただ、そうはいっても今の聖女シスターズの生命力が500ぐらいとしたら、わたしは100しかないわ
響くことも跳ね返れないのも事実。
「それで、どうする?前回の討伐被害があって、空の部隊が現状把握のためにまず視察をすることになったのよ。
空帝フェニックスの要望で、聖女ピンキーを派遣することになったでしょ。前回、誰にもバレなかったみたいだけど、騙し通せそう?」
さすがにガルーダにバレましたとは言えない。
前回の服装は失敗だったわ。
新たな手を考えないと...
ん??これ使えるんじゃない??
「ジズ様、変装は許されるんですよね」
「いいけど、メガネってのとマスクってのはダメよ。あれはよその世界から持ってきましたって言ってるようなものだから」
「バレなければなんでも許される...服に決まりはないですよね?」
「今回は空だから、聖女の制服だと下着が見えちゃう可能性があるでしょう。だから、その辺りに配慮したと言えばある程度は違っていても許されるわよ」
私はそれを聞いてこれだ!!とひらめいた。
というか、ここでちゃんとシームルグのやってきた功績をシームルグに返してあげたい。
「ジズ様、聖女ピンキーの準備をするために少し時間が欲しいです。お休み申請させてください」
「え...まあ、いいけど。どうしたの?そんな目をしてるのに、突然えらいやる気ね。」
ジズが驚いたように持っていた紅茶カップを机に置いて、私に問いかける。
私は、頷いた。
「ジズ様、もしかしたら何が変わるかもしれません。」
「えっ?何も変えなくていいわよ?」
「いいえ、ちゃんと頑張った人が評価されて、小さな願いでもその努力は踏み躙られるべきではないわ。」
「へ??飛鳥?どうしたの?やっぱりあなたなんか変よ。やっぱり昨日のこと気にしたの?」
「いえ、大丈夫です」
私はキッパリと答えると、ジズたちと一緒に紅茶とクッキーを食べながら過ごしていた聖女レッドがキッパリと言った。
「ジズ様!新人ですらこんなに疲れてるんですもの。私たちだって疲労感半端ないです。この際、みんなで有給休暇とりましょう!」
「あら、いいわね。この間の討伐は精神的ダメージが大きかったし、わたしも休暇申請するわ」
聖女ブルーがその話にのってくる。
「えーっ!じゃあ、私も休む。たまには実家に帰ろうかな」
みんな一斉に、私も休むと言い始めるので、ジズがふーっとため息をつきながら
「わかったわ。休みましょう。私たちすごく働いたわよね。替えが効かない立場だもの。よーし!みんな休むわよ!」
そう言い出すと、まだ定時ではないのにみんな帰り支度をはじめ、お昼過ぎには解散となった。
◇◇◇
「そうとなれば、まずはガルーダを捕まえよう」
街まで買い出しもいるし、次の視察に持っていくシームルグの500年前の薬を再現させる必要がある。
私が世界を変えるなら、頑張ったシームルグがちゃんと世の中に認められて、みんながその恩恵を得ていることを知ることができる変化だ。
そして、ソラリスク!あなたにもちゃんと過去、何を誤ったのか知ってもらうわ!
そのためにも、私は今回のことを利用してシームルグになる。
それには、前回使わせてもらった薬も必要だ。
新しく作るなら、シームルグの指示に沿って色んなものを集めなければならない。
素材を集めるなら、ガルーダ以外頼る人がいない。
ええと、地の部隊は?
ええと...
あれ?
わからない。
正直、聖女課、洗濯場、シームルグの部屋、食堂、牢屋しかわからない。
「エレベーターとかないのかしら?」
これが日本なら建物案内とかその周辺にあったりするんだけど......
城の中をうろうろしてみるが、とにかく広い。
「霞ヶ関が一つの建物に入っているようなもんだから、ウロウロしたら私戻れなくなっちゃう。」
こっちから会いたくても連絡が取れないだなんて。
うろうろしては、戻り、ウロウロしては戻るを繰り返す。
「あれ?飛鳥さんじゃないですか?どうされたんですか?」
後ろを振り向くとエーテリオン様。
「なんていいところに!!」
「いや、なんか同じところをウロウロしている人がいると聞きまして」
「迷子です。完全に。今日は早めに仕事を終えたので、地の部隊の場所を探してたんですけど...」
「地の部隊?何かご用ですか?」
エーテリオンの目が光って見えて、ああそういえば、私がガルーダを探しているのはおかしいわとはたと気づく。
どう言い訳しようかな?
「い、いや。昨日のことが気になってたし、昨日フェニックスには会えたけど、ガルーダには会えなかったから」
「ああ、なるほど。」
エーテリオンが納得したようなホッとしたような顔をした。
「案内しますよ。」
そういって、私と一緒に歩き出す。
「先ほど、聖女課は休養が必要だからみんなで休むと連絡があったけど、本当にジズや聖女たちにも困ったもんだ。
文句は言うけど、討伐地域にすらついてないものが大半だって言うのに。まあ、今回は珍しく聖女が活躍したっていうけど......」
そこまで言ってふふっとエーテリオンは私の顔を見て笑った。
「聖女...ピンキーでしたか?おかしいですよね。
本当はガルーダと一緒に行く予定の聖女の名前はピンキーじゃない。でも、聖女課に行く予定だったはずの彼女を除いたら、残りの職員は君しかいないはずなのにね」
あ....
私は、思わず表情が固くなる。
「でも、ソラリクス様から、ピンキーは非常勤で今回ピンチヒッターとして新たに雇ったと聞かされて驚いたんです。今までそんなふうに動かれることがない方でしたから。ジズに聞いても、ソラリクス様の言う通りだというしね。一瞬、ピンキーは君かと思っちゃったよ」
エーテリオンはニコニコしているが、目の奥が笑っていない。私はその時に昨日何か大事なことを忘れているような気がしていたことを思い出した。
おかしい。
エーテリオンは...ジズや聖女に敬称をつけていない。
それどころか、生ゴミ騒動の時も臭いがあることをハッキリ告げて、聖女に怒っている。
どうして?
エーテリオンは...私がこの世界に訪れて、まだ何も変わってない時から、洗脳されていない!!
私は、身体中から、そして顔からどっと汗が吹き出る。
すると、私が何かに気付いたことを察したようにエーテリオンは微笑み、立ち止まった。
「いやぁ、残念だな。」
「へっ......」
私は、思わず後ずさる。
どうしよう?どうしたらいい?
逃げようか?
逃げたら、今度はシームルグが危ないかもしれない。
だ、大丈夫よね。
ソラリクスのシールド、ちゃんとここでも効いてくれるわよね?
「私は君は働き者だし、いい子だなと思ってたんだけどな。でも、残念ながらうちは聖女以外は娶らない家系なんだ」
「はい?」
「代々自分の母も祖母も聖女だろう?だから、時渡りの君と一緒で、みんなと同じように聖女を敬うことが出来ないんだよね」
「代々...代々って?」
「500年前のベンヌの時代から。ずーっと聖女と結婚している。そう言うふうに義務づけられてるんだ。
だが、今の聖女で結婚を考えられる人がいなくてね。だって、あのゴミの臭いの中で平気で飲み食いが出来る人たちだよ。君がピンキーなら、迷うことなくプロポーズしたんだが...」
そう言って笑って再び歩き出す。
な、なんだ。身バレかと思った。
私は焦りつつも、重要なことを聞いたと再認識する。
かつてベンヌは、シームルグに仕事と私情は分けていると言っていた。
でも、妻が聖女なら、思いっきり聖女側じゃないの。
そして、ベンヌは聖女を自分の家の血に延々と未来永劫取り入れようとしていたんだわ。
ただ、それを望んだのがベンヌだったのかはわからない。
いや、むしろ、それが時渡りのカラドリウスの望んだ変化だったんだと思う。
ソラリクスはこの世界を思い通りに動かす神
ベンヌはこの世界の中軸を担う執政大総監
この二人のうち、ソラリクスを自分に、そしてベンヌを自分が操る聖女のものにできたら、世界はカラドリウス中心に回る。
そして、その想いは500年経った今も呪いのように発動しているんだわ。
私は、カラドリウスの執念に気づいて恐ろしくなった。




