37 本当の私
「ええと、ソラリクスがあなたに騙されてるの??逆じゃなくて?」
私は、えーっ!と思いながら起き上がって思わずシームルグを見つめた。
素直で屈託なく、ガルーダにも空気を読まずに自己紹介してしまうシームルグがソラリクスを騙す?
「そうなの。ちょっと待ってて」
シームルグはすーっとドアを通り抜けて、どこかに行ってしまう。
私はその間に今まで聞いたことを整理しようとしていた。
しかし...整理しようにも、色んなことを一気に聞きすぎて頭がパンクだわ。
でも、ソラリクスが言っていた時渡りが起こせる変化が、今の会話の中にもあるのかもしれないわね。
うーんとそれらしいものはあったかな?と会話を思い返してみる。
さっきの会話の中で感じた違和感よね。
あーっ!ポンコツ頭脳め!
こんな時ぐらい、さっさと思い出しなさいよ。
頭を振ったり、ポカポカなぐってみるが、何が違和感だったのだろう。
そんなことをしても、思い出さないからポンコツなのだ。
そうこうしているうちに、なんか...えっ?シームルグがすごいゴミ、じゃなかった荷物を持ってきたんだけど。
とんでもない大きさのトランクのような箱がぷかりぷかり浮いている。
下手すると小さなタンスより大きいんじゃないかしら?
「し、シームルグ...なんかすごい埃が舞ってるんだけど?」
触れば指紋が綺麗にとれそうな埃の分厚さ、汚さ。
そしてすごく大きいんだけど...
でも、シームルグのすごく真剣な顔を見ると止められない。
「中は時間を止めてあるから綺麗よ。これは、ソラリクスには死んでも見られたくなくて死守してたの」
「この箱を?それ見てもいいの?そのまま燃やして仕舞えば、ソラリクスにも私にも見られなくて済むわよ」
私は、シームルグに聞いた。
シームルグは、少しだけ迷っているそぶりを見せたが、目を閉じてため息をついた。
「ソラリクスに会おうと思うの。でも、私の秘密を、ちゃんと彼には知ってもらいたいの。もちろん飛鳥にもね」
シームルグには、まだ迷う様子が見られた。
だけど、ちゃんと過去と決別しようと思ったのよね。
そして、この箱にもしかしたら、世界の歪みが入っているのかもしれない。
それなら、ありがたく開けさせてもらおう。
ただ...
「とりあえず、埃、取ろうか??」
シームルグが浮かせながら持ってきたこの箱は、埃がぼとぼと落ちていて、唯一の綺麗なこの居住空間まで白い埃が舞い上がっていた。
◆◆◆
埃をとって拭き上げると、鈍く金色に光る金具が見えた。
箱は茶色の皮張りの高級な箱で、500年経っても、おしゃれに見える。
「中の時間を止められる箱なのよ。これも違う時渡りの人が持ってきた情報から作ったものなの。その世界は、お肉とかお野菜とかも時を止める箱に入れて腐らないように保存をするんですって。これが普及してからは、食べるものを凍らせる必要もないし、討伐したらそのまま魔獣の肉や皮や素材も持って帰れるようななったのよ」
シームルグは楽しそうに話す。
さらっと言うけどすごいことよ。
しかもそれが、500年以上前からあるなんて!
私が住んでいた世界も、何百年かしたら冷蔵庫や冷凍庫じゃなくてそのまま時間を止めて保管できる箱が登場するのかもしれない。
「じゃあ、開けるわよ」
ごくっと息をのむ。金具は簡単に上がり、くすんだ金色の金具が乾いた音でパチンと響く。
箱は床置きで、観音開きのように大きく広がった。
「えっ?タンス?」
箱の中には引き出しがあり、服も掛かっている。
「持ち運びができるワードローブっていうらしいの。これを私は大切に使っていたわ」
シームルグは、トランク型のワードローブをニコニコしながらも、苦しそうな泣きそうな表情で見つめていた。
わたしも映画とかでしか見たことないけど、前の世界だと、私の祖父母時代に海外の金持ち階級で使われたものよね。
なんか芸能人の着替えセットみたい。
思わず、博物館で貴重なものを見たかのように、じーっとその作りや装飾を見てしまう。
目の前でみると圧巻だわ。
「触ってもいい?初めて見たわ。素敵ね」
外の埃まみれが嘘みたいに、中の作りはとても丁寧だった。
高級そうな革張りの引き出し、壁紙のように綺麗な花柄の布が貼られて、女の子の夢が詰まってそうな素敵なお洋服。
引き出しを開けてみる。
「お化粧ね、すごいわ。色んな色や種類がある。うわーっ!口紅だけでこんなにカラーがあるの!お店みたい。これは...マスカラじゃないの?しかも、髪のカラー剤もあるし、つけまつ毛まで!!シームルグってすごいわね。」
小さな化粧品屋が開店できそうだわ。
私だって一丁前にオシャレには関心があるのだ。
今までの人生は、生きていくことに精一杯だったけど、これからお給料がもらえるようになったらこういうものを買いたいと思っていた。
なにがすごいって、色んな大きさのぶらしやパフなどの化粧道具まで丁寧な作りで、絶対ブラシは何かの毛できている。
一つ一つのものの色の多さ、化粧品の種類のレパートリーの凄さ、みたことがない未来の化粧道具と思われるものもあるし...これは??
おお!!これは私みたいな人に必需品!
「まぶたを二重にするテープまであるじゃない!ということは、この世界にはセロハンテープとかシールもあるのね。」
それを、発明して物にしていくのがすごいわよね。
美顔器みたいなものもあるし、あとは...」
もうこうなったら女の子の夢の品だ。
宝箱を見ているみたい。
「ええーーっ!カラーコンタクトもある。ウィッグもあるんだ。かわいい!あと...ってアレ??」
シームルグは言ったわよね。
ソラリクスを騙してしまったって。
私の秘密だって......
なんだろう?
開発費がかかりすぎて横領?
いや、神だからそれはない。
むしろ、どれだけでもシームルグの研究にはお金をかけることは許されたはず。
それだけの恩恵をこの世界は受けている。
このオシャレだって、こんなに色んなものを開発して、それが街に並んだら、どれだけの女性が喜ぶだろう?
聖女シスターズなんて厚化粧だらけだから、こんなものみたらヨダレ垂らしちゃうわよ。
えっ??
わたしはそーっとウィッグに手を伸ばす。
じーっとシームルグを見つめる。
同じだ.....
これ、シームルグの髪の雰囲気とほぼ同じだ。
彼女は悲しそうに笑った。
「私の顔は作りものよ。カラドリウスやソラリクス、他のみんなみたいに綺麗な顔立ちはしていないの。平凡っていうの?そんなこと言ったら飛鳥に悪いわよね。わたしね、本当の顔は、飛鳥とうり二つなの。」
「え??」
「ソラリクスを騙すつもりはなかった。何百年前になるのかしら?神としてここにいると認識してから、ソラリクスを一目見た時、恋に落ちたの。一目惚れね。世の中にこんなキラキラして美しい人がいるんだってびっくりしちゃった。
運良く私と彼の生活は真逆だったから、普段顔を合わすことはなかったのよ。一生懸命化粧して、ちょっとでも顔がソラリクスみたいに美しく変わる方法はないか調べたわ。恋のなせる技よね。」
へへっといいながら、照れ臭そうにシームルグは笑う。
「その過程で、お薬とか便利な道具を知って作っていったの。でも、私、お昼の活動はできないし、ソラリクスに話しかけるきっかけにできないかと思って、いろんな発明したものを彼に伝えたわ。」
「化粧が最初の発祥なの?」
「そうよ。顔も今ぐらいの顔が作れるようになって、やっと勇気を振り絞って声をかけたの。そして、そのまま時が流れてお付き合いが始まったのよね。もちろん、今はソラリクスの顔だけじゃなくて、全てが好きよ」
シームルグが懐かしそうに照れながらもじもじしている。
「え?じゃあ、内緒にしていることというのは」
「私の顔よ。ただ、それをカラドリウスに一発で見抜かれて、周りの人たちに作った顔だと広められてしまったの。」
シームルグはしょんぼりしていた。
「でも、仕方ないわよ。平凡だって、それが私だもの。そのうち、大画伯のアルコノスコという人が、私の風刺画を描くようになったらしいの。その内容は、私がカラドリウスに嫉妬して、能力を吸い取っているとか日中遊び歩いて美に狂った神だということをイラストで.......本来の顔、つまり飛鳥の顔が描かれたものが、連日民を含めみんなに配られたの」
「なんですって!」
悪意があったのはあの最後の晩餐の絵だけじゃないのか。
最初からどんな顔をしているか知った上で、嘘の話と一緒に隠していた本当の顔を絵にして配布するなんて悪趣味だし、訂正もしにくいわ。
全部嘘というより、真実の中にちょっと含まれる嘘のほうが訂正しにくいし、面白おかしく伝えられてしまうのよ。
「でも、それ以上に、連日ソラリクスは家にやってきて私に言ったわ。その方が心を傷つけたの。彼は、こんなでたらめな記事、すぐに明らかにしてやるって。君は美しい神でこんな平凡な顔じゃないって。ちゃんと可愛くて美しい愛する人だってみんなに言ってやるって。」
ああ!!なんでこんなところで、ソラリクスのバカ!!
それは私がこの世界にきた時に、散々ソラリクスに言われたことだわ。なんで不自然なほど、私の顔を平凡でシームルグとは違うとみんなに強く言っていたのかがわかった。
ソラリクスとしては、本当にこのかわいいシームルグだと思っていたから、風刺画の時にも必死で反論した。
そして、時渡りの私が絵のシームルグと同じ顔だった時も、シームルグとは、にても似つかないと必死でけなしたのよね。
でも、その絵のシームルグこそ、本当のシームルグの顔なんて...
「だから、そういって慰められるほど自分が惨めに思えてきちゃって。私は紛いもの、カラドリウスは本物の綺麗な女性なんだもの。そりゃ、ソラリクスの心だって美しい方に傾くわよ。わかってるわ。
見た目が気になって、どんどん閉じこもりがちになっていって、いよいよソラリクスにばれるんじゃないかと会えなくなって......死んでからも、これを見られたくなくてずっとソラリクスが家に入るのを拒否してたの」
シームルグから鼻をすする音がする。
ぼろぼろ泣くシームルグにエアーハグで
「大丈夫よ。そんな男、こっちから袖にしてやって正解よ!」
と慰めるしかない。
というのも、私もその平凡な顔なのだから、女は顔じゃないわよと言っても説得力がないのだ。
おバカ!ソラリクス!!神ならちゃんとスッピンと心の綺麗さぐらい見抜きなさいよ!!
私は心の中で大きく叫んだ。




