33 価値観の崩壊
「ガルーダ、ソラリクス様に会ったら、私が話をしたいって言ってたと伝えてくれるかしら?わたし、ソラリクスは何か知っていることがたくさんあるんじゃないかと思っているの。シームルグとのこれからのこともあるしね」
ガルーダを外まで見送りながら、私は一つの決断をガルーダに伝えた。
どうしても気持ち悪い感覚が拭えない。
「ソラリクスは神でしょう。自分で決めたければ、全部自分で動かせるはずなのに、ただニコニコして変化を楽しんでいる。それって悪趣味だわ。」
私はため息をついた。
ガルーダは、どう返事をしようか迷っているようだ。
「それにね、ガルーダが聖女を敬っている感覚が洗脳されているようだったと話したけど、聖女たち自身も似たようなことを話していたの。アイロンの火傷が祈祷では治せないって。でも、祈りでは火傷は治らないとか今まで考えたこともなかったって。」
「なんか似ているな。そうなんだよ、飛鳥の偽聖女の動きを見て、なんか今まで疑問に思っていても考えないようにしていたものに気づいたというか。」
二人で沈黙する。
「ね、ソラリクス様に伝えて。何かがおかしいって。だから話をしたいって」
「分かった。」
外はすっかり夜になって星が瞬いていた。
あかりがほとんどない星空はこんなにたくさんの星が光っていたのだろうか?
星は、天の川がまるで空を分断するように覆っていて、なんだかこの世界の一部を見ているような気になる。
その横でガルーダは、グリフォンを撫でながら、騎乗する支度をし始めた。
「お城のシームルグの部屋は、私とソラリクス、エーテリオン様の三人だけしか鍵を持ってないの。どんなに部屋をノックされても、お風呂以外はあの部屋にいることはないわ。ここに来る時は、グリフォンで飛んでくる以外方法がないかもしれないけど、シームルグも交流できて嬉しそうだしまた来てくれると嬉しいわ」
「ああ、そうだな。」
ガルーダがこの建物を帰りにじーっと見つめて唖然としている。
冷静を装っても、やはりここにきた直後は動揺していたのよね。シームルグの存在に驚きすぎてスルーしていたみたいだけど、この家外見も中もすごいもの。
「かなり年季が入ってるな」
「500年だもの。ホラーハウスでしょ。」
私も苦笑いしながら肩をすくめた。
「枯れた蔦とか植物を取るだけでも雰囲気は変わりそうだがな。今度片付け手伝ってやるよ。」
「本当!助かるわ。ソラリクス様に与えられた使命はここのお片づけだしね。まあ、死刑にされなければだけど......」
ソラリクスが本当に助けてくれるのだろうか?
会えるなら懇願する。
そうしないとシームルグと二人で化けて出てやるって脅してやるわ
「ここは、ソラリクス様の館からすごく近いんだよ。でも、今までソラリクス様の館に何度も足を運んでいて、ここも知っている場所のはずなのに全く気づかなかった。無関心というわけではないんだが、まったくシームルグの館が今どうなっているのかなんて考えたこともなかったよ」
「500年守り続けたぐらいだから、周囲には見えないようにしてあるのかもね。」
ソラリクスが許可して、初めてガルーダも認識して入れた場所か...
なんか、それだけ聞くとシームルグは大切に扱われているようなのにね
わたしは、きてくれたお礼を伝え、再びグリフォンで去っていくガルーダをみながらこれから自分がどうするべきか考え始めていた。
◇◇◇
「飛鳥ーー!片付けるわよ!」
「えっ?」
ガルーダを見送ったのたのと同時に、シームルグが一階で物を浮かせ始めた。
「どうしたの?」
「だって!だって私がまだ成仏せずにここにいることがソラリクスに完全に伝わるのよ。力づくでソラリクスが入ってきたらどうするの?」
「今までみたいに包丁を投げてみるとか?」
「それは、わたしの思念がさせていると思わせていたから出来たことよ。私が自分の意思でソラリクスに包丁を投げるような女だと思われるのは嫌なの!」
えーっ!何が違うの?とこっちは思うけど、シームルグはすごく慌てているし、至って真面目なのよね。
「シームルグ、ソラリクスがあなたに会いたいって言ったらどうするの?」
「会いたい!そんなこと言われたら...わからないわよ。前は無理って思ってたんだけど、どうしよう?今日ガルーダと話していたら意外と話せる気がしてきたの。でも、ガルーダの話だと私ってこの時代でもみんなに恨まれてるのよね?ソラリクスも私のことを恨んでいるのかしら?」
幽霊なのに、ほっぺに手を当ててオロオロとしているシームルグはやっぱりかわいい。
「そのあたり聞いてみたら?」
「飛鳥も物好きね。神と幽霊の痴話喧嘩なんて流血じゃ終わらないわよ」
「じゃあ、シームルグのいう通りここの片付けしておかないとね」
シームルグは幽霊で血なんて出ないから、ソラリクスの一方的な流血じゃないのかしら?
ここにきた時、この家に光球を投げ込んでシームルグが暴れた音を聞いただけで、汗をかいていたソラリクスを思い出す。
そういえば、ソラリクスが動揺している顔を見たのはあの時だけだわ。
シームルグが意識してないだけですでに何度も流血の危機にあっているのかもしれない。
シームルグは今でも、ソラリクスの感情を唯一引き出せる存在なのね。
「話し合いが決裂してカラドリウスを殺したって責められたら?時渡りをこの世界から抹消するのは、世界の理から外れることよ。はっきり嫌われたらどうしよう」
「こっちの世界じゃわからないけど、その時はひたすら泣きながら飲むのよ。シームルグは飲めないけど、代わりに飲んであげるわ。そのために一緒に泣く私がいるんじゃないの」
「飛鳥ぁーー!!」
「まだ完全に失恋してないんだから、泣かないの!シームルグは、ソラリクスとどう決着をつければいいのかだけ考えておいて」
私は玄関の散らばったものに着手する。
明らかに壊れているものをまず外に出して燃やしてしまおうか?
「まずは大きいもので壊れている家具とかカーテンは、外に出して燃やしてみたらどうかしら?どんなに思い入れがあっても、使えないのだもの」
「家具は大丈夫!思い入れはないわ。」
シームルグは家の外にぷかぷかと壊れた家具を出し始めた。
月光神だけあって、夜になればなるほどシームルグは元気だ。私は眠いけど......
「あと本がたくさん落ちているんだけど?」
「2階に図書室があるの。足の踏み場がないし、発明道具や薬とかみんな本が違うから毎回移動させるのが大変であちこちに置き回ってしまったわ。」
「大きい部屋って何個かあるの?」
「あるわ。でもそれぞれの部屋がすごいことになってるけど」
うーん、父のゴミ屋敷が何個もあるのか......
「燃やせるものは燃やして、分解が必要なものはエーテリオンさんに回収してもらいましょうか。そして、発明道具の部屋と、薬の部屋と、シームルグのお部屋を三つ準備して。本や道具を用途にあわせて部屋に入れるといいわ」
「部屋に入れるだけでいいの?」
「まずは分けないとね」
「それならできるかもしれないわ」
私は赤の魔石を持ってきて、シームルグが外に置いていった壊れた家具やカーテンに火をつける。
真っ暗な外の世界に、炎とたちのぼる煙が張り詰めた空気を少し溶かし、火の温かい熱と光が私の心をほっとさせた。
「家中の壊れた家具は全部出していいのよね?」
「そんなにあるの?」
「ソラリクスが、入ってこようとした時に投げやすくて。えへへ。」
家の中から勢いづいたシームルグが声をかけてくる。
やっぱり流血の惨事じゃない!
かわいい顔して、ソラリクスの美貌に遠慮なく家具を投げつけられるのはシームルグだけだわ。
「でも、浮かせることはできるけど、どうせ中のものを戻すことができないのよ。だから本箱とか浮かせてしまうと中の本は全部出ちゃうし、本箱は壊れるから使えないし困っちゃう」
「じゃあ、片付けても戻す場所がないってこと?」
「そうなるわ。だから部屋に分けて置くだけでいいなら私にもできると思うの。」
なるほど...その部屋を片付けるのが私なのね。
「その壊れた家具の引き出しを一つ置いて、その中に割れたものを入れてくれる?なんか床に大量のガラスや食器が散らばってるじゃない?」
「お皿やコップをたくさん投げつけたからたくさん割れちゃったの」
ニコニコと答えるシームルグ。
そ、そうなの?お皿を...誰にって?そりゃソラリクスよね。
「その、死んでから投げつけたのかしら?」
「生きていた時には言わなかったわ。ううん、生きている時にちゃんとぶつけたらよかったのよね」
シームルグが手を止めて少し困ったような顔で私を見つめるので、私もどう言っていいのかわからなくなる。
「私だってそう思っても聖女たちに何もいえなくなるもの。言えなかったのは、シームルグだけじゃないわ」
そう言ったものの、ソラリクスとシームルグは元恋人だったが対極的で争いが絶えなかったと耳にしていたのだけど、この情報も歪んでいるのしら?歪んでいたとしたらどうしてソラリクスはそれを否定しないの?と疑問に思う。
てっきり500年前もそうやって激しい喧嘩をしていたから、家は荒れているし、敵対していると思われていたのかと思っていた。
でも、シームルグの話を聞くと、好きな人にいい子に見てもらいたいという行動をとっていたように思えるわ。
男女の仲だからカラドリウスに惹かれたのはどうしようもないのかもしれないけど、ソラリクスもせめて違う情報ぐらい違うと言ってあげなさいよ、シームルグが可哀想じゃないの。
私は、やっぱりソラリクスにもやもやが募るのだった。




