26 偽物の聖女
ああ、詰んだ。
ガルーダにバレてしまった。
わたしはがっくり肩を落として、思わず血まみれの手で自分の顔を覆いそうになりギョッとした。
そうだ、この血はみんなの血だ。
聖女役のわたしは一滴も血を流していない。
ガルーダや兵たちの血がついたわたしの手をじっと見つめる周囲を見回すと、みんなあちこち血に染まっている。
周囲にはソラリクスのシールドが今も張り巡らされているが、そのシールド外には魔獣であるアンデッドヴェノムバットの多くの亡骸がまだそこにあるままだった。
それを出発までに、動ける兵たちが急いで焼却している。
まるで悪い夢を見ていたようだわ
周囲をぼんやり眺めながら、わたしは考えなくてはいけないのに何も考えられないような状況に陥っていた。
わたし以外の聖女が来ても結果は同じ、いやシームルグの薬がないし、ソラリクスのシールドもないのだから、下手をしたらみんな助からなかったかもしれない。
だけどそんなことみんな知らない。
わたしのために良くしてくれたガルーダを命の危険にさらし、裏切ってしまった。
聖女たちの詐欺の片棒を担いでしまった。
善意を利用してしまったことが居たたまれない。
そして、聖女たちから与えられた任務は失敗したのだ。
バレてしまった今、彼女たちがわたしを守るとは思えない。
勝手に聖女になりたがった女にでもされるのだろうか?
結局、牢屋行きかーー
聖女を騙った罪って重いのかな?
重いよね。
だってここはおかしいぐらい聖女偏重の世界だもの
足下から崩れるような、震えが止まらない絶望感がわたしを襲う。
だけど、その絶望感はガルーダだって一緒のはずだ。
この国を守る大切な聖女だと思ったから、大変な馬車移動だって命をかけてやってくれたのよ。
それが時渡りの偽物聖女だったなら、怒りと絶望感は半端ないはず。
謝ったからって許してもらえるとは思えない。
「ピンキー様!準備できました」
「どうぞ、足元に気をつけてお乗りください」
兵たちが嬉しそうにわたしに声をかける。
「みんな、ありがとう」
わたしは声を出した。
みんなありがとう、そして謝る機会はないかもしれない。騙してごめんなさい。
地面には大きな布が準備されていた。
その上に、大きな輪があり、ここにいるみんながその輪に入る。漫画や小説で見るような古代文字で書かれたものが、輪には張り巡らされ、その輪の10メートル間隔に兵が立っている。
みんなが乗ったことを確認して、兵たちは一斉にお経のように呪文を唱え始めた。
「空間移動で緊急脱出します。みなさんその場から動かないで」
兵が大きな声で話すと、シームルグの城の部屋から館に移動するようなものとは比較にならないぐらいの重力がドンと体にかかり、足元が崩れるようなグニャッとした感覚になり、どこかに飛ばされそうな気になる。
ふと気づくと、ガルーダが私の肩をしっかり抱き固定してくれていた。
秒数にして10秒ほどだろうか。
ふわっとした感覚とグニャッと曲がる感覚が同時に来たと思ったら、目の前は城だった。
今の一瞬で着いたんだ
ふと見ると輪っかを囲っていた兵たちが、はあはあと肩で息をしている。
これだけ大勢の人や荷物を載せて空間移動するのは、とんでもない体力がいるものだったようだ。
「魔獣の血を浴びたものはすぐ体を洗え!動けるものは片付けを!俺はソラリクス様に報告をする。他の部隊にもすぐ撤収命令を出す」
ガルーダはそのまま急いで城に入ろうとするが、足を止めて私に声をかける。
「聖女殿、急いで血を洗い流してください。話は後日に」
そしてそのままソラリクスの元に向かったのだろう。消えてしまった。
とりあえず数日の猶予は与えられたのか?
聖女たちに任務の失敗を伝えなければならないだろう。
だが、城の聖女課のドアには鍵がかかっていた。
「ああ、そうだ!みんな遠征先に行っていないんだわ」
そりゃそうか。
変わる人がいないから私が行くことになったんだもんね、
聖女ピンクも姿を見られたら困るので、遠征中は休ませると言っていた。
「どっちにしても、この血を洗い流しに部屋に帰った方がいいよね」
ガルーダにバレたことや、起こったことを聖女たちに報告しようと思ったが、聖女たちに報告しても、より詐欺的になりそうな気がする。
それに、私の頭の中も整理した方がいい。
私は、シームルグの部屋の鍵をしっかりとかけて、風呂に入り熱いシャワーを浴びていた。
朝出て、結局日帰りなのに、あんな戦闘や騒動があると、何日も風呂に入らなかった気分になる。
血の匂いが少しむわっとすると、牢の時と同じく全身洗浄が始まり泡まみれとなる。
「疲れちゃった。この全身洗浄に感謝する日が来るとは」
身を任せておけば、眠ることこそ無理だが、全て綺麗に洗ってくれるのだ。なんて極楽システム。
そして、垢も血も体から取り除かれたことが確認されるまで洗われたら、お湯が張られ入浴タイムになる。
「いろんなことがあったなあ。まずはシームルグに相談してみようか」
まずは、シームルグの薬。あれ、地球にはない小説とかでしか見たことない万能薬みたいなものだよね。
それなのに、どうしてカラドリウスのハーブティーのほうがこの世界に残ったのかしら?
聖女偏重とはいえ、みんな効き目のある薬を飲みたくなるもんじゃないの?
あとは、わたしがまるで本物の聖女みたいに、傷を塞ぐことができたんだけど、なんで??
そして、ソラリクスのシールドがどうしてあんなに大きく発動したのかしら?今まで見えなかったシールドが突然見えるようになるし......
あの後、城に戻ってみた時には、もうシールドは消えていた。
元々、シームルグの家に入るときにかけられただけで、わたしもあの時までシールドの存在をすっかり忘れていたぐらいだ。
「分からないことばかり。本当に誰を頼ったらいいの?これからどうしよう」
風呂から出て、そのままシームルグの屋敷に帰る。
血まみれの服を洗濯機に入れて回し始め、「ただいま」といいながら玄関に入ると、左に寄せたはずのゴミが再び床に広がり、足の踏み場がない状態になっている。
そして、目の前にシームルグが座っている。
「あれ?飛鳥??しばらく帰れないんじゃなかったの」
まるでイタズラがバレてしまったかのように、大慌てで、いろんなものを浮遊させ始めるシームルグ。
「落ち着いてシームルグ。こっちは色々あって...シームルグは?玄関で何してたの?」
「飛鳥がこの建物でお風呂に入れるようにしてあげたかったの」
シームルグはニコニコ答えるが、その後、足の踏み場のない散らばった床を見て、明らかにテンションが落ちて眉を下げた。
「飛鳥が帰るまでに、風呂の通路も空けてあげたくて捨てていいものと捨てないものに分けようと思っただけだったのよ。でも、片付けるものを見ていたら思い出のものが多くて、つい見入ってしまうじゃない?」
ああ、片付けの沼に入ったのね
あっちゃー、余計に広がる上に、捨てられない上に片付かないってやつね。
わたしは頭を抱える。
そして真顔になる。
こんなにシームルグにも受け入れてもらえたのに、そしてシームルグの力でわたしもみんなも助かったのに....
その彼女の栄誉すらわたしが奪っちゃったのかな
「シームルグぅ、片付けしなくても、わたし、ここからいなくなるかもしれない」
わたしはもう限界だった。
涙目でシームルグにそういうと、ダムが崩壊したようにボロボロ涙が溢れてきた。
「えっ!!」
ガシャン...シームルグは思わず浮かべていたものを落としてしまう。
「どうしたの??何があったの」
シームルグは目を見開き、ボロボロ泣くわたしに駆け寄った。




