24 はじめての戦闘
暗い森の入り口は、怖いほど静まり返っていた。
空はまだ昼だ。ここからさらに戻るのか、野外でテントを張るのかはわからないが、街まで戻るとなると相当時間がかかるだろう。
《そうなると活動できる時間はせいぜい二時間ほどよね??間に合うのかしら?》
この世界には、医療がない。
カラドリウスが広めた薬は、内容を聞いてみるとせいぜいハーブティーやアロマセラピーのレベルだ。
ごくんと飲んで毒が消えるとか傷が消えるとかではない。
「大丈夫!この世界の人たちは、聖女の薬が効かないからって責めはしないわ!聖女を信じる力が足りなかったと思うのよ。私たちもそう言ってるもの。」
聖女ブルーが悪びれずに話す。
「何か言ってくる人なんていないけどもし言ってくる人がいたら帰ったら私たちが言い返してあげるわ」
もう発想が詐欺師だ。
怖いのは、誰も聖女たちが悪びれないことだ。
わたしは思い出してため息をついた。
藁にもすがるってこういうことかしら?――ダメ元でシームルグがくれた薬も準備しておこう。
こっちは善意の塊だ。ただ、あまりにも時が経っているし、500年前の薬なんて下手をしたら飲むことで死にかねない。
でも、神が作った薬....
それも、なんちゃって薬を広めた大聖女カラドリウスを殺した神ね。
わたしは聖女たちからもらった「なんちゃって薬」とシームルグからもらった「500年前の薬」を並べた。
もう、こうなるとケガ人からしたら罰ゲームに近い。
わたしは、それに意味がないとしてもみんなが聖女の祈りを求めているのだからと、敷いてもらった絨毯の上で祈りを捧げ始めた。
《どうかガルーダや兵のみんなが無事でありますように》
指を合わせて手を組み、静かに耳を澄ませる。
冷たい風がだんだん強さを増してくる中で、わたしはただ無心に祈り続ける。
特に、ガルーダはわたしのことも、私だと知らない聖女であったとしても心配してくれている。
私も、彼の安全を祈りたい。
だが、その静寂はガルーダたちが森に入って10分もしないうちに破られた。
「大変だ!アンデッドヴェノムバットが飛び回っている」
ざわりと私の周りにいた兵たちに動揺が走る。
アンデッドヴェノムバットって何?そう聞きたいが、わたしは話すことができない。
「何人やられた?」
「とりあえず歩けるものだけでもここに!」
「森を燃やすか?」
一斉にみんなが騒ぎ、ざわめき、動き出す。
わたしはどうしよう。
まずは救護のためにこの絨毯のスペースを空けなきゃ!
薬を一旦カバンに突っ込み、スペースを空ける。
わたしはここにいて足手まといにならないのだろうか?
本当に祈るだけでいい?
だがそんなことを考える間もなく、叫び声、うなり声、怒鳴り声がたくさん聞こえる。
「逃げろ!みんな、アンテッドヴェノムバットが来るぞ」
その叫び声と共に、人ぐらいの大きさのコウモリが、何匹も黒板をキーッとやった時のような音を立てて近づいてくるのが見える。
空が黒い
夜じゃない!
何あれ!羽の黒だ!!
怖い!
怖いよ!!
足がガタガタ震えて、逃げようにもどう逃げたらいいのかわからない。
「みんな耳を塞いでくれ!!」
ガルーダの怒鳴り声が聞こえる。
わたしはどうすればいいかわからず、その場にしゃがみ込んで耳を塞いだ。
すると、キーーーーンという、頭の奥でチリチリするような痛みがあるような音が響く
と同時に、黒い羽の動きがガサガサ、キーンと不均等にバラバラになり始める。
巨大コウモリの集団がばらけ始める。
それに応戦して兵士がとにかく砲弾や火、光、雷などあらゆる攻撃で打ち込んでいくため、空に見たことのないような色が混在し始める。
攻撃が当たれば、その大きなコウモリは、紙切れのように落ちていく。
《でも、圧倒的に数が多すぎてどうやっても無理》
倒しても倒しても黒い羽はどんどん森から外に出始める。
ガルーダが次に煙幕を炊き、手からコウモリたちの視界を遮る作戦に切り替えているのがわかる。
空に雲が出来上がる。
その煙幕はおそらく何か仕込んであるのだろう。
煙の中にいるコウモリは、動きが鈍くなっていくのが分かる。
「雷砲を撃ち込め!」
光と共に、その煙の中に向けて稲妻が落ちていく。
煙幕は雲となり、アンテッドヴェノムバットを包み込む網となる。
そこに雷が落ち、一気に巨大コウモリが空から降ってきた。
やった!!!
そう思った瞬間、空から真っ赤な目と恐ろしい牙をもった私と同じぐらいの大きさの巨大コウモリがすごいスピードで落ちてくるのだから、さらなる恐怖だ。
声を出すな!!
そう思ってグッと唇を噛み締めるが、そのせいで叫び声がでないのか、それともあまりの恐怖で声が出ないのか。
目の前の恐怖は当たり前なのだ。
だって、わたしは今までお金に困ることはあっても、命の危機にさらされたことなんてない。
日本は戦争だってないんだもの。
わからないよ。怖いよ!!こわいよ!!
ガタガタ震えて、ああそうだ。
わたしはここに祈祷に来たんだったと思い出す。
もう恐怖で何を今さら自分が来た理由を考えたのかわからない。
わたしは必死で手を組んで、
「助けて!助けて!助けて」
そう祈った。
誰に助けてもらいたいのかわからない。
どう助けてもらいたいのかもわからない。
だが、そんな祈祷が効かないことなんて知っていたはずだ。
落ちてきたアンデッドヴェノムバットは、息絶えて落ちてきたものばかりではなく、まだ余力のあるもの、最後に一矢報いてあの世に行ってやろうとする本能を見せるものが、下にいて雷攻撃を放った兵たちに向かって噛みつきにいく。
「身を守れ!噛みつかれたら毒が回るぞ」
うわあぁぁぁ!!
叫び声がどこかでする。
わたしはハッと祈るのを止めて、声の方を見る。
と同時に、アンデッドヴェノムバットはわたしの方にも向かってきていた。
「聖女様!!」
近くにいた兵が叫び声を上げて、わたしを守ろうとする。
わたしは思わずその兵にしがみつく......が??
あれ?攻撃が、ない。
そーっと上を見ると、攻撃してきた巨大コウモリが跳ね返されている。
え??
「すごい!聖女様のまわりに金のシールドが......」
ドーム型にシールドができているのだろう。
わたしには見えないが、感嘆の声が上がる。
ん?わたしは眉間にシワを寄せながら「シールド...って?」と考える。なんか最近シールドをつけたような。
そして、思い出す。
シームルグの館で、殺されても大丈夫なように、玄関でソラリクスがかけてくれたあのシールドか!!
幽霊が包丁投げても無事なんだから、そりゃ無事だわ。
でも、シールドは大きくない。
近くにいる兵ぐらいしか守れないよ。
人が入れるスペースはほとんどない。
ヤバい。
「聖女様が俺たちを守ってくれるぞ!」
シールドに気づいた兵が叫ぶと、危険を察知した兵が、攻撃をやめて、わたしのそばに行けば安全だと思い一斉に駆け出してくる。
ダメっ!
「おい、持ち場を離れるな!攻撃を続けろ」
走ってくる兵の横で、ガルーダの怒鳴り声と続く攻撃の音、光、炎を放っている姿を視界にとらえる。
だが
アンテッドヴェノムバットが、ガルーダの一瞬の隙をついて首筋に噛み付く瞬間が目に入る。
そして、空中に血が飛び散り、そのまま倒れる姿もーー
「ガルーダっ!! あんたたち!何やってるの?逃げて戦いが終わるわけないでしょ!ガルーダ!ガルーダ!!」
わたしは思わず駆け寄ってきた兵たちを怒鳴りつけ、振り切り、ガルーダの元に駆け寄っていた。




