22 わたしは聖女
わたしは、とりあえずこの顔を何とか隠す方法はないかと考えていた。
「わたしがいた世界で顔を隠す時には、マスクとメガネと帽子というのが一番手っ取り早いんですよね」
聖女たちに絵を描いて
「こういうやつです」
と示す。
みんな、わたしの描いた絵を凝視して一瞬止まり、
「何これ!ないわぁ」
と大爆笑する。
私の描いた絵はたしかに銀行強盗犯のような絵なので、聖女とは程遠いかもしれないけど、化粧してない時とか、ちょっとコンビニに行く時とかみんなこんな感じよ。
「この格好はおいておいて、針と糸はカラドリウス様がみんなに伝えてくださってあるから、マスクってのは作れるわよ。」
聖女レッドが笑いながら話す。
「えっ!針と糸があるんですか?」
私は驚いて聞き直す。この世界は指パッチンで準備しそうな世界で、ソラリクスもぬいぐるみの破れをそれで直したものだから手芸とか、縫い物とかないと思っていた。
「カラドリウス様は、聖女がオシャレをして美しさを維持することで、神々しさやありがたみが増すのだと言ってたの。だから、私たちの下着も他の庶民たちと違ってフリルもあるしかわいいでしょ。あれは、聖女の特別仕様なのよ」
へーっ。そうなんだ。
そりゃそんな見慣れないものが干されてたら、みんなの視線を集めてしまうのも無理はなかったかもしれない。
カラドリウスって、名前や容貌から日本人じゃなさそうだけど、絶対時代的には私と近いわよね。レースの下着とか、私の時代なら当たり前のように着る人も多いもの。
なるほどとうなずくと、今度はジズがそれを見て満足そうにした後、私が描いた絵をもう一回見る。
「うーん、帽子は聖女のヴェールをかぶれば何とかなると思うの。マスクは便利そうだけど、この世界にはないわ。この世界にないものをつけたら、明らかにわたしが飛鳥ですと言ってるようなものじゃない?」
「たしかに...メガネはどうですか?」
「この世界でメガネをつけてる人なんて見たことないわよ」
「ええっ!じゃあ目が悪い人は??」
「コンタクトじゃないの?」
「メガネはないのにコンタクトはあるんですか?」
「ええ、いつからかわからないけど大昔からあるわよ」
それを聞き、頭がこんがらがりそうになる。
地球で先に当たり前だったものが当たり前じゃなくて、最近できたものが大昔からある。
時渡りの情報の影響だろうか?
「とりあえず、顔を隠す。ヴェールに口布を縫い付ければ風でも飛ばないし、飲み物や食べ物も口布の下から入れるの。そうね、カラドリウス様が夢枕に立って、本日はそのように過ごせと仰ったとでも言えばいいわ」
「ええっ!そんな嘘でみんな納得してくれるのかしら?」
「するに決まってるでしょ。カラドリウス様よ。むしろ夢枕に立ってくれるなんて幸先がいいって思われるわよ」
ジズが満足そうにうなずく。
「あとは、聖女の祈祷ね。とりあえず手を前に組んで祈るの。」
「手を前に組んで......ですか?こうかな?」
わたしは指同士を合わせて手を組んでみる。
「そう、何を言われても何を聞かれても目を閉じる」
「何を言われても、何を聞かれても......」
指を合わせて、目を閉じる…何を言われても、聞かれても無視か。つい、なんですかって聞いてしまいそう。
いや、そんなコントみたいなことを言ってる場合じゃない。
「わたしは聖女、わたしは聖女」
「それは口にせず心で呟くのよ。いいわね、飛鳥が立派に聖女をそれっぽく演じられるかどうかで、聖女の信頼が揺らぐかどうかが決まるの!」
「や、やっぱり火傷した指で出てもらった方が...」
「何言ってるのよ!火傷すら治せない聖女の力で、あの世行きを阻止できるような祈祷ができると思わせられると思う?」
「あ、あの世行き!!」
話が変わってる!
ちょっと、聖女ピンクって火傷も治せないけどそんなにできる聖女だったの??
「ほら、この間から夜が来たでしょ。あれで今まで光に弱くて活動していなかった魔獣が大暴れしているらしいわ。飛鳥!あんたはひたすら祈祷で、みんなの無事を祈り、怪我の回復を祈り、何も起こらないようにと自分のためにも祈るのよ!!」
ひいぃぃぃぃーーっ!
何それ!!聞いてない!言ってない!
ぜったい火傷を理由にわたしに押し付けたでしょ!!
わたしは顔面蒼白になった。
◇◇◇
結局、あのあと部屋に帰ってから、くまのぬいぐるみを浮かべたシームルグにひたすら愚痴りまくり、シームルグも、カラドリウスも聖女も憎いわと一緒にプンスカ怒りを同調させてみる。
「カラドリウスしかみたことないけど、聖女ってこんな怪しげな感じだったっけ?飛鳥、目しか見えてないわよ。それで祈りを捧げられるの?」
シームルグが心配そうにみる。
「だって、わたしはあなたの絵のそっくりさんでこの世界に来ただけで、聖女でもなければ、ただの聖女課の職員なのよ。もう、こんなことがバレたらどうなるのかしら?」
わたしは最早涙目でため息をつく。
「わたしも、以前はこう見えても神だったんだから、ここで飛鳥の無事を祈っててあげるわ。あなたが無事じゃないと、お部屋の掃除も片付けもできないのよ。くまちゃんだって、わたしの部屋に持っていけないんだから、死んでも無事に帰ってきてちょうだい」
「シームルグぅー!」
私とシームルグは変な友情で結ばれたエアーハグをする。
「こんな時、せめてシームルグにでも愚痴が言えてよかったわ。一人だったら泣いちゃう!」
「カラドリウスも腐ってたけど、大概500年後の聖女も腐ってるわ!!」
だが、どんなに怒ってくれても朝は来るのだ。
翌朝、シームルグに留守番を頼み??
いや、勝手にわたしの部屋で留守番すると決めているシームルグに数日は帰れないことを告げながら、私はフル装備の聖女になる。
「500年も経てばきっといい薬が出回っていると思うの。でも、良かったらこれを持っていって」
そう言ってシームルグはぷかぶか何やら浮かべてわたしに渡す。
「何これ?」
これまた、クマに引けを取らず、年季の入った袋に見るからに汚れた瓶、中には液体…あと、ノートのようなものが入っている。
「500年前の思い出ノートみたいなものよ。あと、当時作った薬なの。時を止めてあるから腐ってはないわ。飛鳥が体調を崩すことがあったら役立てて」
「シームルグ...」
500年前なんて飲むのが恐ろしすぎて飲めないけど、その気持ちが嬉しいじゃないの!!
もう!ほんとにわたしが500年前にいたら、あなたを嫁にもらいたいわ!
「ありがとう!行ってくるわね。」
「帰りを待ってるわ」
見送られて、わたしは自分のカバンにその袋を入れて、トボトボ城の入り口に向かっていく。
ーーー
城の前には、決起集会のように兵が集まっていた。
「ああ、聖女様!!今日はよろしくお願いします」
兵たちから挨拶されるたびに、わたしは無言でうなずき、ひたすら祈りを捧げる。
「無事でありますように、無事でありますように!わたしも、あなたも無事でありますように!!!」
ひたすらわたしが、声をかけられるたびに祈りまくる後ろで
「今日の聖女、やる気満々だな。俺たちも頑張らないとな」
「ところでなんで今日の聖女はあんなに厚着なんだ?」
「なんでもジズ様がいうにはカラドリウス様が夢枕に立たれてあの姿でみんなのために祈ればいいことがあるとあったそうだ」
「へえ、だから熱心なんだな。」
「ありがたいな。だからあんなやる気満々なんだな」
そう囁かれていることなんて知りもしなかった。




