19 昼と夜のすれ違い
「ただいまぁ!シームルグ!帰ったわよ」
玄関で干されたぬいぐるみは、昨日のボロ雑巾の面影はなく、綺麗なふわふわな毛のくまのぬいぐるみにぱっちりなお目目だったことがわかる。
ぬいぐるみからは、ふんわり太陽の香りがするからきっとシームルグも喜ぶだろう。
「おかえり!今日は誰もいないのね」
少し遅れて周りを見回して誰もいないのを確認したら、ほっとした顔をして、上の暗闇の中からのそのそ出てくる。
「ぬいぐるみが気になったから、晩御飯をかき込んで、早く帰ってきたの。」
「ありがとう!飛鳥!!」
シームルグが、嬉しそうにぬいぐるみを抱きかかえようとする。
だがーーー
するっ
するっ
シームルグがどんなにぬいぐるみを抱っこしようとしても、もう抱っこはできない。
「あ、そうか。幽霊だもんね。へへへ」
シームルグは、困ったように私に笑いかける。
今度はそーっとぬいぐるみを浮かせて、自分のそばに寄せる。
「私、ぬいぐるみをいつも持ち歩いてるってずっと信じてたの。そっか、浮かばせていただけだったのね」
シームルグが、少し呆然とした顔で、それでも嬉しそうにぬいぐるみに顔を近づけるから見ているこっちも切なくなる。
あんなにこの世界のことを全て知っている顔をしているのに、なんでソラリクスは自分に一番近い神のシームルグを大切にしてあげなかったのだろう?
そうしたらシームルグだって神だったんだから、今もソラリクスの横でこうやって笑ってたはずなのに。
何百年も同じことを繰り返していたら、神だって心に隙ができてしまうのだろうか?
今日の聖女課に来たソラリクスが、自分は使わない洗濯たらいにこだわったカラドリウスにいいイメージを持ってるようには思えなかったのにーー
ぷかぷかぬいぐるみを浮かべるシームルグは少し困ったように話す。
「ねえ、飛鳥。邪魔はしないわ。私この部屋にいちゃダメかしら」
「え?いいけどそれは。だってシームルグの家に私が入り込んだようなもんだし」
突然のシームルグからの提案にびっくりする。
だって、昨日包丁を向けた幽霊のセリフじゃない。
「ぬいぐるみをそばに置いておきたいの。でも、私の部屋はすごい埃で、ぬいぐるみをつれて歩いたら埃まみれになってしまうわ。飛鳥はなんか他人とは思えないのよね、きっと私と顔が似ているからね。お願い!この子のそばにいたいの」
こんな美少女に、私と顔が似ているわって言われて嫌な気持ちになる人なんていない。
しかも、そんな乙女な可愛いことをキラキラな目で言われたら、嫌だと言う人なんていないわよ。
ただ、それだったらこの部屋にこだわる必要ないんじゃない?
「それなら、シームルグ。やっぱり片付けさせてくれないかしら?何年かかるか分からないけど、お部屋にもぬいぐるみを持っていけるようにしてあげたいし、わたしはここのお風呂に入れたりこのお屋敷を使わせてもらえてwin-winじゃないかしら?」
そう伝えると、シームルグが少しモジモジして悩み始めている。
「あのね、私の発明のものは捨ててもいいの。でも、ぼろぼろでもソラリクスとの思い出とか、触れたものは全部捨てたくないの。それでもいいかしら」
「いいわよ。でも、これからも時々ソラリクスが来ることがあれば、あちこちのものに触れるわよ。きっと!まずは思い出のものは綺麗にして片付けましょう。発明のものは……ん?…発明??」
そういえば、最初来た時に見たことない機械がたくさん埃をかぶっていた。
「発明ってシームルグが??」
「そうよ!この世界の洗濯機とかコンロとか、いろんな世界にある道具をこの世界でも使えるように発明したのは私なんだから!」
「えっ!!そうなの!!どうやって?」
「簡単よ。時渡りの人から聞いた話や、世界中、時空中から本やものを取り寄せて、ここでも使えるようにするのよ」
「するのよって!できないでしょう??」
「やだ!飛鳥!わたしはこうみえても神だったのよ。出来るわよ。すでにあるものをここで使えるようにするだけだもの。むしろ、アイデアがないの。だってソラリクスもわたしの周りにも力を持っているものが多いのだから、みんな力づくでなんとかしちゃう」
ふふッと笑うが、神だったから出来るはパワーワードだわ。
ってことは、このコンロもシームルグが??
思わず、室内に置いてあるコンロを見てしまう。
「例えば空帝のフェニックスみたいに一瞬でお湯を沸かすことはできるものは多いわ。
でも、少し熱いとかはフェニックスには無理なの。」
困ったようにシームルグは首を傾げて話すが、火だるまフェニックスを思い出すと確かに納得できる。
そういえば、ガルーダにもフェニックスにもあれ以来会ってないんだけど、お礼が言えてないな。
そんなことを考えている横で、シームルグは話を続ける
「そうかと思ったら、みんな私たちみたいに力があるわけではないのよね。力も人それぞれ、だから力の弱いものは、不便な暮らしをしたり、衛生状態が悪くなってしまったり、病気になるものもいるわ。
それは仕方がないことだと思っていたけど、たとえばコンロみたいに気軽に火の調整ができるものがあるだけで、火傷をすることもないし、ご飯はおいしくなるし、お腹を壊すこともないのよ。魔石をうまく使えばいいだけだもの。それなら頑張って開発したくなるじゃない?」
シームルグはニコニコと話す。
そこに、やってあげた感もなく、利益を求めるわけでもなく、気づいたからやったという自然体だ。
まじで神だよ!
「シームルグ!!あんた尊すぎるわ!まじで神!」
「へへっ」
だが、私は純粋な疑問に気づく。
「でもさ、シームルグって500年前の人だよね。あれ?500年前から洗濯機やコンロがあるの?」
「ああ、それよく時渡りの人が驚くんだけど、いつの時を生きた人がここに来るかは分からないんだよね。」
「そうなの?」
「昔、ソラリクスと話したことがあるんだけど、その時この世界に必要な人が時を渡って来るんだろうって。」
そこまで話すと、少し悲しそうにシームルグは遠くを見てつぶやいた。
「大聖女カラドリウスは、必要だったのよね。この世界に。そして、私は、もういらなかったんだわ。それなのに、彼女を運命に逆らってこの世界から抹消したから私も罰を受けちゃった。」
「シームルグ...」
「ソラリクスがカラドリウスに惹かれるのは当然よ。彼女はまがいものではない美しさがあったし、わたしのように夜しか動けない神と違って、身分関係なく昼に癒しを施せる女性だったのだもの。」
「ソラリクスは夜も動いていたわよ」
昨日の様子を見てわたしは首を傾げる。
「ソラリクスだって、決して夜は得意ではないわ。太陽神は活動神でもあるから多少の惰性で動けるけど、やっと夜が来たから彼も休めるんじゃないかしら?」
「ええっ!ソラリクスって500年動きっぱなしなの?」
「自ら歩みを止めることはしても、休めるわけじゃないわ。この世界の昼を担うんですもの」
不眠不休かよ。
それは、しんどいだろう。
500年、しかも自分が動かなければこの世界は変わらないんだよね。
浮気の罪は予想外に大きかったらしい。
「だからかつては私が休んでいる間に、ご飯を作ってくれたり、持ってきてくれたり、ここで眠ってたこともあったわ」
ふふっとシームルグが笑う。
リアルな交際話はごめんだが、お互いがそれぞれのことを心配していたが、ソラリクスとシームルグが関わる時間は思ったほどなかったんじゃないだろうか?だって、昼と夜、いつも対極だったんだから。
わたしは、思っていたよりソラリクスとシームルグの関わりが複雑だったことを感じ取っていた。




