13 500年ぶりの食堂
「500年ぶりかなあ。ここの食堂は500年経っても変わらないよね」
ソラリクスがのそっと食堂を訪れると、驚きのどよめき、叫び声、我先に自分の椅子をお譲りしたいと一斉に立ち上がる音が響き渡る。
ソラリクスは入り口にあるトレイを取ったものの
「変わらないんだけど、忘れたんだよね」
エーテリオンを見て困ったように呟く。
「あなたが変えなければ、ここのシステムは何も変わってないはずですよ」
「えー、勝手に変えてよ。500年指示待ちは嫌だよ」
ソラリクスはつまらなそうに返答する。
「500年なんで来なかったんですか?」
500年前、シームルグは大聖女カラドリウスを殺した罪で死刑になった。ご飯を作ってくれる女性がいなくなったなら、尚のこと寂しい一人ごはんになりそうなものだが、セキュリティの問題だろうか?
「君は、わたしがご飯を誰にも作ってもらえなくなったはずなのに、とか思っていそうだね」
「そんな顔してましたか?不謹慎でしたね。でも、一人で食べるのは味気ないものですから」
子供時代、家族の食卓と縁がなかった自分の体験から、そう思ったのは事実だ。だが、ソラリクスの場合は、それが元恋人と浮気相手の刃傷沙汰なのだから、思っても聞くのは不謹慎だっただろう。
だが、500年も経っているのだから聞いてもよさそうな気もする。
「最初の何年か、そうだね、50年ぐらいは、セキュリティの問題で人が多いところには出なかったし、ショックで何も口を通らなかったというか食べなくても生きていけるから、食べようと思わなかったかな。」
50年...半世紀ご飯食べないのか。
そこまで、大聖女さんにぞっこんだったのだろうか?
今日の聖女課の出来ないシスターズたちを思い出して、思わず唸ってしまう。
「元々、作ってもらうより作ってあげてたんだよ。」
ソラリクスはエーテリオンに案内されるまま、トレーを持って食堂の椅子に座る。
ソラリクスほど、この社食のような食堂の机と椅子が似合わない男はいない。
だがそんなことは、後回しでいい。
「えっ??」
「は?」
エーテリオンと私の声が重なる。
「ご飯を作ってあげられてたんですか?カラドリウス様を愛しておられたんですね」
エーテリオンが驚いたように声を上げる。
大聖女のくせに、ご飯も作れなかったのか?
てっきり、胃袋から心を掴みに行ったと思っていたんだけど、じゃあ浮気の決め手はなんだ?
顔か??
体か?
大聖女スキルか?
今の聖女課の基礎を作った女なんだから、ご飯を作らせてもおかしくないとなんだか納得してしまうが、そんなことをおくびにも出してはいけない。
だが、ゴミ屋敷やゴミ部屋掃除を続けている身としては、どうやって神に飯を作ってもらえるところまで成り上がれるのか知っておきたい。
「カラドリウス?カラドリウスには作ったことないよ。シームルグだよ。彼女は十分素敵だったのに、すぐダイエットしようとするからさ。」
ソラリクスは、そう話しながら、エーテリオンにメニュー表を見せてもらい、何を食べようか迷っている。
周囲は、
「ソラリクス様は何をお食べになるんだろう?」
「同じメニューを食べたい」
「同じメニュー表を見ることが出来るなんてなんで幸せなんだ!」
そう叫んでいる。
ああ、大聖女と出会う前の話か。
何が「彼女は十分素敵」だよ。
結局、乗り換えるのによくいうもんだ。
わたしは「そうなんですね」と相づちを打ちながらも、もはやソラリクスに関心はない。
そんなことよりは、大切な栄養補給。
いつでもありつけると思ったら大間違い。明日はわからない我が身なのだ。
わたしは、同じようにメニュー表を眺めていた。
「疲れたし、しっかりカロリー消費した気がするから、定食にしようかなあ」
《魔豚ウィーク!分厚く脂ののった魔豚をいろんな味に仕上げました》
と書かれている。
「魔豚のじゃぶじゃぶにしようかな?」
これでもかとスライスしてとろける薄さにした魔豚とソラリクス様のご加護をうけた野菜と護摩だれで一緒にお楽しみください
と書かれている。護摩??もはや漢字の変換ミスに近い。
「マケ丼もいいな」
美味しい魔豚を厚切りにして、これでもかと、こんがり揚げた結果こっちが負けてしまう味わいになりました。
とんかつカツだからカツ丼なんだよね
負けって...縁起も担げないじゃん
「ソラリクス様も豚ですか?」
「飛鳥とエーテリオンは?」
「わたしは魔豚のじゃぶじゃぶにします」
がっつり食べてもいいが、野菜不足だ。
ここで野菜にありつけるのはうれしい。
ポチッとボタンを押すとしゃぶしゃぶ定食にほかほかご飯が現れる。
「では、わたしはマケ丼で」
エーテリオンもボタンを押す。
「異世界なのにコメがあるなんて幸せ!」
わたしは目の前に広がる魔豚のじゃぶじゃぶを見て思わず手を叩く。
異世界あるあるのコメがないということがない。
この世界、最高じゃない?
「シームルグがダイエットでなかなか食べようとしないから、いろんな文献を探し回って、米や小麦を作り出したんだよ。コメとかソバはこの世界も食べる人が多いはずだよ」
へえーーっ!
恋人のために原料から作り出すなんてーーー
尽くしすぎで燃え上がり燃え尽きるのが早いタイプか?
まあ、過去の恋愛のおかげでありがたくおこぼれにあずかれるのだ。
いただきま...あれ?
「ソラリクス様は何食べるんですか?」
「うーん、こういうメニュー表をみるとさ...」
「はい...」
「迷って決められないよね」
「はあ??」
乙女かよ!
「決めてあげましょうか?」
「いいの?」
ソラリクスは嬉しそうにぱあっと笑う。
その瞬間眩しくキラキラとするので、うっと目がチカチカする。
なんだこれは!これが太陽神か?眩しいっ!
「あっさりとこってりは?どっちが好きですか?」
「うーん、最近あまり長く食事を食べてなかったんだよね。」
「人の昼の食事を心配するぐらいなら、自分の心配した方がいいんじゃないですか?」
エーテリオンも、えーっと言う顔をして、表情を険しくする。
「ここにソラリクス様が来ただけで大喜びしてる人たちがいるんだから、食べに来たら作ってる人も喜びますよ。多分」
わたしはそう言いながら、同じ魔豚のじゃぶじゃぶに、生卵をつけて注文した。
「これなら鍋にご飯を入れて雑炊にも出来ますから胃にやさしいですよ。神様の胃が何個あるかは知りませんけどね」
牛は4つの胃があるらしいし、50年食べなくても平気なら体内に何個か栄養袋みたいなものがあってもおかしくない。
「飛鳥、その雑炊作ってくれないか」
「いいですけど、ちゃんとわたしもご飯食べたいので、先にソラリクス様が食べ終わったからお預けってのはなしですよ」
野菜をぐつぐつ煮させた火のついた小鍋に、薄切り肉を先にじゃぶじゃぶいわせてタレに入れる。
米を鍋に追加して生卵をとろりと垂らして蓋を閉じること数秒、火を止めて先ほどのタレ付き肉を戻す。
小鍋の中の卵がいい感じに半熟になり、護摩??ダレの灰色と茶色のタレがふわっと独特の胡麻の香りを増幅させる。
護摩って胡麻じゃん!
だが、自分で作って言うのもなんだがうまそうである。
「異世界雑炊ですから、お口に合うかわかりませんが...」
それにレンゲを添えてソラリクスの前に出すと、嬉しそうな顔をしている。
「そうそう、ご飯は複数で食べる方がおいしいですよ」
滅多に食べない食事が嬉しいのはいいことだ。
わたしは、そういいながら自分の肉を鍋に突っ込み、野菜と共にタレにまぶして口に入れる。
「昨日の牢の食事もだけど、魔牛も魔豚もすごく美味しい」
あつあつの出汁に、とろけそうな、でもしつこくない豚肉と軽く煮込んで甘さすらある野菜のハーモニーが、口の中で絶妙に混ざり合う。
「魔物はこの世界では討伐する生き物なのですが、量がそれなりにあるのと脂っこさがあって人気がないんです。ですが、廃棄するのはもったいないので料理に活用できるように日々研究を重ねているんですよ」
そんなもったいないことをエーテリオンは話すが、A5級もたまに食べるから美味なのだ。日々食べたら脂っこい食事になるのかもしれない。
やがて、食堂から見える景色は昨日と同じように夕焼けから夜に変わっていく。
不安そうなどよめきは、今日も変わらないがソラリクスが飄々と嬉しそうにご飯を食べている姿からか、みんな心の動揺を落ち着かせて夜に備えようとしているようだった。




