10 聖女の園はお局の園
「おは...じゃなかった。ええと、失礼します」
わたしは、頭を下げて部屋に入ろうとして目を見張った。
「は??えっ??」
ーーそこは、植物園だった。
むわーとした独特の植物の湿度と冷気、そして肥料だろうか、まるで生ごみのような、いや、栄養価満点の臭いがする。
思わず、わたしは目をぱちぱちさせる。
「え??ええ?」
廊下と部屋を交互に見るが、中は普通の部屋ではなく、たくさんの緑がある。
「エーテリオンさん、あの、ここは??」
「聖女の部屋は癒しと緑がなくては成り立ちませんから」
「事務机とか...椅子とか??」
「聖女の仕事は祈りです」
エーテリオンは圧のある微笑みを浮かべ、わたしの両肩にがっしりと手を置く。
これは...察しろとのお達しですね。
了解しました。
「あらぁ?遅いんじゃないの?新人よね。大したご身分ですこと」
昨日ソラリクスからわたしのことを頼まれていたジズが、じろりとわたしを睨みながら歩いてくる。
「今日は、建物の案内をしてから.....」
「エーテリオン様は黙って!!」
わたしを庇おうとしたエーテリオンをジズはピシャリと怒鳴る。
「聖女課と他の部署を一緒にしないで。ましてや、昨日は500年ぶりの夜が訪れて不安なものが多かったのよ。そんな人々の不安を鎮めるためにもお祈りはいるわよね」
「いる.....んでしょうね。きっと」
ソラリクスがいうには、これからは普通に夜は来るわけで、毎晩毎晩祈り続けるわけがない。
だが、500年ぶりとなれば聖女が祈っているというだけで安心するのかもしれない。
「それがわかっていて、あなたは昨夜何してたの?」
ジズはわたしの前で仁王立ちになる。
「昨夜は、ええと。牢に入ってました」
「牢!!あんた何したのよ?」
不愉快そうな顔でわたしを睨みつけて言うが、わたしだって何を結局したのか分からない。
最高級のおもてなしを牢屋で受けただけだ。
「何したんでしょう?違う世界から来て、シームルグのそっくりさんという罰でしょうか?」
「それは昨日違うってわかったんだから、少しでも早くここの仕事を覚えたいってさっさとやってきて、仕事に意欲があるところをちゃんと見せてくれないと」
ジズは、真面目な顔で、自分にとって都合のいい理屈を展開していく。
知らんがな。
しかも今日から働く話にはなっていても、昨夜から働く話にはなってないはずだ。
だが、わたしが教科書の人に逆らってはいけない。
「そうですね。すいません」
とりあえず、謝っておこう。
これからここが職場になるんだし。
「いや、ソラリクス様がシームルグの館を居住地にしたらいいって言い出しただろう?急に言われても、こちらにも準備があるから一晩はこちらが頼んで牢にいてもらったんだ。18時になったら迎えに来るから、ジズ、くれぐれも頼んだよ」
エーテリオンは聖女が苦手らしい。
早口で伝えると、耳元で「早く迎えに来るから頑張りなさい」と言って去っていく。
いや、この世界の登場人物で、ほんとにエーテリオンさんが一番優しくてまともなのではないかしら?
見た目真面目な、ドラマに執事役で出てきそうなイケおじである。
「飛鳥っていったわよね?早速仕事よ。なんか特技はあるの?」
「いえ、おそらくこの世界で使えそうなスキルは何もありません。」
ジズは大げさにはあーっとため息をつく。
「ちょっと、聖女たち集まって」
ジズにそう言われて、それぞれどこに居たのか?植物園の奥からわらわらと女性が集まってくる。
どうやら聖女課は完全に女の園らしい。
これは、お局たちによる新人女子への洗礼か!
気づけばお局の中のお局はジズを含めて5人。
あとは木の影からこっそりこちらを窺うもの数人。
まるで戦隊モノ、いや政治家のスーツのように赤、黄、緑、青、ピンクの服を着ている。
聖女って、こんな派手なの??
勝手にシスターのようなイメージが覆されるが、本当に、元いた世界の女子となんら変わらず俗っぽい。
「ソラリクス様に頼まれた時渡りの子なんだけど、なんのスキルもなければ特技もないらしいんだけど、何をさせようか?」
ジズがわざとらしく困ったように周りを見回しながら相談する。
「ええっ!何もスキルないの?」
聖女ピンクが意地悪そうな声を出す。
はい、お決まりの合いの手がピンクから入りました。
わたしも、お決まりのように申し訳なさそうな顔を作り、説明する。
「はい、違う世界では機械を使って書類を作っていましたが、この国では機械を使わなくてもできる人たちはいるようで不要のようです。」
すでにこの話は昨日フェニックスにも言ったし、ジズがいる場所でソラリクスともしたやり取りだ。
人より何かに秀でてはいないし、スキルもない。
「できるかどうかはわかりませんが、教えていただいたことはしっかり覚えてやってみようと思います」
「できるかどうかじゃなくて、できてくれないと困るのに、聖女の仕事は代えがきかないから困ってるのよ」
「ジズ様、とりあえず私たちの洗い物と片付けをしてもらったらどうでしょうか?」
「そうね。何もできないんだから仕方ないわね。」
聖女たちが、見下したような顔で笑う。
片付けは、ソラリクスたちに伝えた決定事項だっただろうに、今、仕方なく決めたわといわんばかりにジズが話す。
「まあしてもらうこともないから仕方ないわね。この部屋のゴミ片付けと掃除、聖女の使ったものの洗濯をしてちょうだい。私たちは、穢れがあってはいけないから、他の一般人のものと一緒に洗われるのはいやなのよ」
「わかりました。洗濯はどちらで?」
「城の裏手に湧き水があるわ。私たちも祈りの時に使う綺麗な水よ。そこで洗って。洗剤はこの部屋のどこかにあるわ」
なるほど、この部屋のどこかにある洗剤を探すところからですね。この人たち普段どうやって洗濯してるんだか?
今日も掃除かーーー私は肩を落としながら、部屋の掃除を始めるためゴミ袋をもらうのだった。




