吸【男女間の友情】鬼
我が最後に渇きを潤したのはいつだろうか。
ついに限界を迎えて意識が朦朧としてきた。
こんな路地裏で朽ちる運命になるとはな。
だがこれで、やっと楽になれる。
「なんだ、もう滅びる直前じゃないか。折角見つけたのに」
我の前に何者かが立っていた。
なけなしの力で見上げると、薄汚れたロングコートに身を包んだ男がこちらを見下ろしてる。
そいつは吸血鬼狩りだった。
「その様子だとあんたは吸血鬼の変異種か。エサが取れなくてそこまで干乾びてるんだろ? 吸精鬼、それとも吸脳鬼か?」
「……男女間の友情じゃ」
「えっ、なんて?」
「だから、男女間の友情が糧じゃ」
「……」
男は言葉の意味が理解できずフリーズしたかと思うと、急に笑い出した。
「ぶひゃっひゃっひゃっひゃ。そんな鬼聞いたことねぇ! ニッチ過ぎるだろ。あ、いやすまん。お前だって必死に生きてたんだよな」
「勝手に過去形にするで、ない……」
「ちょっと待ってくれ、俄然興味が出てきたわ。本当に男女間の友情を吸うのか? 友情の基準はなんだよ? 俺とお前でも成立するのか?」
むかつく男だったが、これはチャンスだ。
上手いこと騙して糧を得られれば、窮地を脱することができるかもしれない。
「なぁどうやるんだよ? 少し吸わせてやるよ。滅ぼすのはそれからでも遅くないからな」
「簡単なことじゃ、相手を友人だと意識するだけでよい……」
そう、簡単なはずなのに、男女間の友情は何故こうも少ないのか。
「意識ってなんだよ。もう少し具体的にないのかよ」
男は我を友人として意識しようとしているようだが、うまくいかないようだ。
吸える気がしない。
「お互いの共通点を見つけて、親近感を抱いたり……言葉にして宣言したり……」
まずい、もう意識が……。
「親近感? まぁそうだな。俺も裏世界の住人だ。お前のようにいずれ路地裏でひっそりと死ぬんだろうな。立場は真逆だが境遇は似たもの同士だから、巡りあわせによっては友達になれたかも……」
男がそう呟いた瞬間、エネルギーの奔流が我に流れてくる。
馬鹿め! 本当に我に対して友情を抱きおったわ。
得られる機会が少ないということは、それだけ希少価値があるということ。
今風に言うと限定と増強、制約と誓約じゃ。
僅かな量で膨大なエネルギーへと変換された。
干乾びてミイラのようになっていた体に肉と血色が戻る。
抜け落ちていた髪は一瞬で生え変わり、自慢の絹のような金髪が数十年ぶりに蘇った。
我はワイヤーアクションのような動きで勢いよく飛び起きる。
「愚か者めが! 我に男女間の友情を吸わせたことを後悔させて……あれっ?」
エネルギーの供給が急に途絶える。
さすがに力を取り戻すにはまだ足りない。
せめてあと数秒吸えれば……男の様子がおかしい。
こちらを見てもじもじしている。
「お前、そんなに美人だったのか……」
しきりにこちらの胸元を見てくるので自分の姿を確認する。
しまった、長い間老婆のような姿でボロボロの服を着ていたため、若さを取り戻した張りのある胸が服を破り思いっきりはみ出していた。
こやつ、あっさりと友情以上の感情を持ちおったな!?
「お主ちょろくない? いくらなんでも意識するのが早かろう」
「うっせーな、吸血鬼狩りなんていう日陰者が、まともな恋愛できると思ってんのか!」
「あと少し、少しなんじゃ。我に友情を感じておくれ。そうしたらお前を縊り殺せるんじゃ」
「ごめん、一度意識しちゃったからもう無理。てか殺すなんて言われたら友情は芽生えないって」
「その割に違う意識はビンビンしとるじゃろ!?」
こうして我は若さを取り戻す程度には回復したが、己の美貌が裏目に出て力は弱いままだった。
無力故に色々勘違いしている男に付きまとわれる羽目になったが、滅びるよりはましだ。
仕方ない、今は雌伏の時じゃ。
意外と一途で尽くされるのも悪くない……おっといかん、吸血鬼の本性を忘れるところであったわ。
それにしても男女間の友情、どこかに落ちてないかのう?