(8)
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「全然飲んでないじゃないか、島貫君」
騒然とした集会所の隅で、ひとり胡坐を組んで、この酔狂な宴をうんざりした面持ちで眺めていた隆志の目の前に、ビール瓶を片手に、すでにかなり出来上がった様子の男が近づいてきた。
反射的に腰を浮かせようと思ったが時すでに遅しで、男は酔っているとは思えないほどの素早さで、隆志の前に陣取り、隆志の手の中の空のコップに、断りもなしになみなみとビールを注いだ。
「この中で一番若いんだからさ、もっと豪気な飲み方しなよ」
酒で上気した顔をクシャクシャに歪めて、隆志の肩を無遠慮にバンバン叩く。
「俺、酒は弱いんで」
仕方なく、溢れる寸前のビールに口をつけた後、儀礼的に男の持つビール瓶を受け取り、今度は男のコップに注ぎ返した。
「またまた、若い子がしみったれたこと言うんじゃないよ」
「いや、団長さん……本当、勘弁してください」
捕まった相手が悪かった――
隆志は心の中で、思わず舌打ちした。
目の前の男は、隆志や智之が半場強制的に加入させられた町の消防団の団長で、今日はその忘年会と称して、集会所に集められ、飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが催されていた。
何も、クリスマスイブの日にやらなくても。
美味いとも思えない黄金色の液体を喉に流し込みながら、隆志は不貞腐れた気持ちになっていた。
理穂子と一緒にクリスマスを過ごしたいなどという甘美な思いは、ここ数日彼の心を支配する気がかりな事案のせいで、心の片隅に押しやられてはいた。しかし、だからと言って、なぜ世間で言うところの重要なイベントの夜に、理穂子とは似ても似つかない、赤ら顔の中年男を肴に酒を飲まなければならないのか。
そう思うと、何とも空しい気持ちでいっぱいになった。
「島貫君は確か、20……えーっと、いくつになるんだっけ?」
「23です」
呂律の怪しい男に、隆志は短く答える。
「じゃあ、そろそろ結婚とか考えてるの? もう、いい人いるの?」
そう言って、小指を立てて屈託なく笑う。
その時、こちらに背を向けて、別の輪の中で酒を飲んでいた男が振り返り、突然隆志たちの会話に割って入った。
「あれ、あんた知らないのかい。島貫君は、斉木さんのところのお嬢さんと結婚するんだよ」
自信満々なその口調に驚いて、隆志は思わず口にしていたビールを噴き出した。
「えっ……あっ、なに言って……」
「だって、もう一緒に住んでるんだろう? でも、親父さんも一緒だから好きなことできないね」
声を潜めてそう言うと、隆志を置き去りにして、二人で盛大に笑う。
小さな町では、近隣住民のプライベートなど、あってないようなものだと隆志は今更思い知らされる。
「親父さんといえば、斉木さんは来てないのか?」
「今日は用事があったので」
本当は、理穂子から一瞬も目を離したくなくて、わざと置いてきたのだ。二人で家を空けている間に、もしまた『あの電話』がかかってきたら――
数日前の出来事を思い出す。
不審な電話の相手は、早川でも瑠璃でもない、まったく予想外の人物だった。
隆志とも交流のあった、早川の子どもたち。
無邪気で無害な存在には違いないが、今は誰よりも理穂子の心を動かす危険な存在だと隆志は感じていた。
きっと、自分たちがいないときに理穂子が再びあの二人からの電話を受ければ、理穂子の足は東京に向いてしまうだろう。
この前の理穂子の様子から、それは薄々感ずいていた。
早川の誘惑よりももっと、隆志を不安にさせる幼い脅威だった。
「ちょっとすみません……気分が悪いんで外します」
一度脳裏を掠めた不安は隆志を落ち着かなくさせ、一度家に電話を入れておこうと思った。
立ち上がり、すげなく宴を後にする隆志に文句を言っていた男二人だったが、やがて諦めてお互いに酒を酌み交わし始めた。
宴が催されていた広間と短い廊下と玄関しかないような平屋建ての粗末な集会所なので、暖房の効いていない廊下はひどく寒く、大して酒も入っていない隆志は、思わずブルッと身震いした。
廊下に置かれた黒電話の受話器を手に取ると、家の番号を回す。
トゥルルルル……トゥルルル……
呼び出し音が何度鳴っても、誰も出ない。
隆志の鼓動が早くなる。
嫌な予感に、受話器を握る手が冷えた汗で滑る。
帰ろう――
即座にそう決心して受話器を置いた隆志が、玄関へと踵を返したその時、丁度そこから入ってきた智之と出くわした。
「隆志君!」
「智之さん、どうして?!」
お互いに、驚いた顔で向かい合う。
「君が、酒を飲み過ぎて倒れたって、連絡が入って……だから、迎えに来たんだ」
「誰がそんな……。俺、ほとんど飲んでないよ」
その時、ふすまが開き、深く頭を項垂れた青年が、両脇を男二人に抱えられたまま、引きずられるように広間から出てきた。