(14)
「あ……あなたは……」
声も出ない様子の理穂子から目を逸らし、隆志は腕の中の実を突き出した。
「門の前で倒れたんだ。すごい熱だから、急いで見てやってくれ」
隆志の一言でようやく我に返った理穂子は、慌てて隆志の腕から実を受け取ると、思わず声を上げた。
「実っ?! 大変!! しっかりして!」
理穂子は実をしっかりと抱きしめると、部屋の中に声をかけた。
「葵!! 大変よ。実がお熱なの。急いでママに電話して」
慌しく部屋の中に戻ろうとしたとき、ふと理穂子は隆志を振り返って気まずそうに肩をすくめた。
「ありがとう。とにかく、あがって」
「いや、俺はこれで」
「島貫君!」
理穂子の真剣な瞳にみつめられ、隆志は動けなくなった。
「……お願い。少しでいいから、上がっていって」
隆志は理穂子から視線をそらしたまま、やがて小さく頷いた。
実を寝かしつけた狭い事務室兼医務室の中で、隆志は目の前でシュンシュンと音を立てるやかんに目をやったまま、小さくなっていた。
理穂子は先ほどから手際よく氷嚢の氷を割ったり実の汗を拭いたりと甲斐甲斐しく動いている。
手伝うことも話しかけることも出来ずに、隆志はただモジモジと所在なげに座っていた。
やがて理穂子が実の頭に氷嚢を乗せ、肩まで毛布を引き上げて一息つくと、初めて顔を上げて隆志を見た。
「……ありがとう、この子を助けてくれて」
視線が合うと、隆志は気まずそうに頭をかいた。
「……別に。たまたま通りかかっただけだよ」
見え透いた嘘に、自分から頬が熱くなる。
知っているはずなのに、理穂子は敢えてそれ以上聞いてこようとはしない。それが余計にもどかしかった。
「どうして、帰って来たの?」
「え?」
隆志は一瞬、目を丸くした。
(どうして、帰って来たの?)
そのセリフを、他の誰でもない、理穂子が言うのか。
「どうして?」
隆志は同じセリフを理穂子に返していた。
「俺を呼んだだろ。斉木こそ、どうして?」
隆志の言葉に、理穂子は一瞬鼻白んだように隆志を見返したが、やがて軽く鼻を鳴らすと、隆志が初めて見るような加虐的な笑い方をした。
「私が島貫君を? いつ? だって、五年間も音信不通だったんだよ。黙って出て行ったあなたを、何で今になって私が呼んだりするの?」
「無言電話」
隆志は静かに、しかしはっきりと言った。
「無言電話?」
理穂子の眉が上がる。
「かけただろ? 九州に」
「へえ、島貫君九州にいたんだ」
理穂子はまともに隆志の問いに答えず、茶化すように隆志の言葉の後を受けた。
「その誰ともしれない無言電話を私だと思って、わざわざ東京へ出てきたの? 五年もたってるのに? 私じゃないかもしれないのに?」
理穂子はやがてケラケラと声を上げて笑い出した。
「島貫君も、冒険するね」
腹を抱えて笑う理穂子だが、目は笑っていなかった。それは、隆志にも分っていた。
「……助けてって、聞こえたんだよ」
「え?」
隆志は再び二人の間でシュンシュンと音をたてるやかんに目を移して言った。
「無言電話の向こうで、助けてって……声が聞こえた気がしたんだ。別に誰だって構わない。だけど、助けにいかなきゃって思ったんだ」
「……島貫君」
「理穂ちゃん先生!」
その時、狭い医務室の扉を勢いよく開けて、小さな女の子が飛び込んできた。
「あのね、ママね、お仕事で来られないんだって。だからね、葵ね、パパにお電話したの!」
女の子は癖のないサラサラした髪をおかっぱにしていて、腕には大分年季がはいってくたびれた様子のクマのぬいぐるみを大事そうに抱えていた。
「そしたらパパね、理穂ちゃん先生のおウチにお泊りしなさいだって! パパもママも昨日の夜から徹夜でお仕事で、お迎えにいけないからって」
それを聞いた途端、理穂子の顔色が変わった。
「そんな! だめよ、葵。パパと話すわ」
言うなり、理穂子は医務室を飛び出して行くと、廊下においてある電話機の元へ向かった。