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炎の中へ  作者: 春日彩良
第6話【火種(ひだね)】
27/85

(4)

「……隆志……君?」


 アカリとマサは呆気にとられたように、隆志を見つめていた。

 背も伸び、微笑鬚を生やしたこの青年が、本当に自分たちが長い間待っていた人物なのか確認するように、しばらくの間沈黙が流れた。

 しかし、次の瞬間、アカリとマサは殆ど同時に飛び上がるようにして隆志の元へ駆け寄ってきた。


「隆志、隆志じゃねぇかよ!このやろ、オマエ、心配させやがって!」

「そうよ!この五年、何の連絡もくれないで。ひどいじゃない。私たちがどれだけあんたのこと心配してたか!」


 アカリとマサにもみくちゃにされながら、隆志はボサボサの頭をかきながら小さい声で「ごめん」と詫びた。



 アカリとマサは隆志を隆志をカウンターに押し付けるように座らせると、矢継ぎ早に質問を浴びせた。


 今までどこに居たのか。

 ちゃんと食べていたのか。

 どうして帰ってきたのか。

 ずっとここにいられるのか。


 それらの質問の全てに、隆志は曖昧に微笑みながら、黙って頷いたり首を傾げたりしていた。


「ナナちゃんのことは?聞いてる?」


 アカリが発したその一言で、隆志の顔から笑みが消えた。

 隆志の顔色を見て取ったアカリが、隣でオレンジジュースの瓶を開ける智之に視線を移した。


「……智之さん、教えてあげなかったの?」


 咎めるような口ぶりのアカリに、智之は肩をすくめて言った。


「聞かれてないもん」


 智之はワザと少々意地悪く眉をひそめて、オレンジジュースのコップを持った右手の人差し指を立てて、隆志に突きつけた。


「君から聞いてくれるのを待ってたんだけどね。あんな風に、僕らを置いていった君を、僕も理穂子もまだ怒っているんだよ」

「……智之さん」


 アカリやマサも智之に加わって、恨みがましい視線を隆志に送る。


「女を泣かすなんて百年早いぜ、隆志」

「ナナちゃんに百回謝っても足りないわね」

「……今更、だよ」


 俯く隆志の横面に、アカリの軽い平手が入った。


「意地っ張りめ! そういう頑固なところだけ、兄さんにそっくりよ」


 言うなり、アカリはカウンターの端においてあった未記入の伝票を掴んで、その裏にいきなり何かを走り書きして、隆志の胸元に押し付けた。


「ナナちゃんの今の住所。東京で民間の保育所に勤めててね、そこの職員寮に入ってる」


 隆志はその紙切れを握り締めて、智之の方を振り返った。

 智之は口元に笑みを浮かべながらも、わざとそ知らぬ顔で、オレンジジュースをすすった。

 

 その時、店の外で何者かが争うような大声がしたかと思うと、いきなり勢いよく扉が開かれた。


「ちょっと、離しんしゃい! こんな怪し気なところば連れ込んで、ウソだったら承知せんばいね」

「ウソも何も、あんたが『不知火』っていうスナックはどこにある?って言うから、連れてきてやったんじゃないか」


 現れたのは、この店の常連客の一人源さんと、まだあどけなさの残る高校生くらいの少女であった。

 少女の方は興奮した様子で、腕にかけられた源さんの手を邪険に振り払おうともがいている。


「何の騒ぎ?」


 いきなり現れたこのマメ台風のような二人に、アカリが冷たい視線を投げた。

 その時、少女の視線が初めてアカリを捕らえ、更にカウンターに座る隆志の背中を捕らえた。


「隆志っ!!」

「りょ、亮子!?」


 驚いて椅子から転げ落ちそうになる隆志にも構わずに、少女は叫ぶように隆志の名を呼ぶと、迷わず隆志の背中に駆け寄り後ろから羽交い絞めにした。


「やっと見つけた。見つけたばい……」


 隆志の背中に額をすりつけ、少女は声を上げて泣き出した。


「……これは、どういうこと?」


 突然の事態に、そこにいた全員の視線が隆志に注がれる。


「いや……その……」


 しどろもどろになる隆志に、マサが小指を立てて見せた。


「コレか?お前も、結構やるじゃねぇか」


 すかさずアカリに頭を叩かれて、マサは舌を出す。


「ちゃんと説明してよ。隆志君。その娘は誰なの?」

「隆志の許婚ばい」


 今の今まで泣き濡れていた顔を上げると、少女は勝気そうな太い眉を上げてアカリに向かって宣言した。


「将来を誓い合った仲ばい」

「俺、知ーらねっ。ナナちゃんに言いつけてやろ」


 マサはカウンターの中にしゃがみこんで、テーブルから目だけを出して隆志を伺っている。

 好奇心にキラキラ輝く目を、隆志は思い切り睨みつけてやったが、ますますマサの笑みを深くするだけだった。

 その隣では、カウンターを挟んでアカリと少女が火花を散らしている。


「聞き捨てならないわね。お嬢ちゃん、名前は?」

「三波亮子」

「三波?」


 その名前を聞いた瞬間、アカリは目を丸くした。


「あんた、叔母ちゃんのとこの……?」

「何?アカリさん、知り合いなの?」


 アカリがマサに答える前に、少女はアカリに向かって言った。


「ばあちゃんから、あんたのことば聞いとったばい。隆志がウチの元から消えた時も、ここやってすぐ検討ついたばい」

「隆志、何、オマエ。この娘と同棲してたわけ?」


 目を丸くするマサに、隆志は耳まで真っ赤になりながら激しく首を振って否定した。


「ど、同棲って、違うよ。ちょっとワケがあって……」

「一緒に暮らしてたんは本当のことばい。五年前から、ウチは隆志のお嫁さんになるって、決めとったばい」

「亮子!いい加減にしろ」

「何で?ばあちゃんも認めてくれとったやないね」

「ちょっと待ちなさい!」


 収集のつかなくなった事態に、アカリが割って入った。隆志の首に自分の腕を巻きつけたままの少女は、唇を尖らせてアカリを見た。


「なんね?おばちゃん」

「あんたにおばちゃんなんて呼ばれる筋合いはないわよ」


 アカリは凄みの利いた声でピシャリと言い放った。


「隆志君、あんたハル叔母ちゃんの……三波ハルのところにいたの?」


 隆志は気まずそうに目を伏せながらコクリと頷いた。


「そんな……叔母ちゃんとは何度もこの五年の間に何回も電話で話してるのに、そんなこと一言も聞いてないわよ」

「……俺が、ハル婆に黙っててくれって頼んだんだ」


 隆志は申し訳ないというように頭を下げた。

 三波ハルは、アカリと徹司の父親、徹太郎の姉だった。

 徹太郎も母親のエイも、アカリが上京してしばらくの後に、病に倒れ亡くなっている。熊本に今も残るアカリたち兄弟の親戚は、この三波ハルのみだった。

 アカリは小さい頃から世話になっていたハルと、上京後も何かというと連絡をとって気にかけていた。

 ハルが交通事故で亡くなった娘夫婦の忘れ形見である孫の亮子を、一人で育てているのは知っていたが、今日まで対面したことはなかった。

 まして、五年前に美華を亡くし一人姿を消した隆志が、ハルの元で生活しているなどとは思いもよらなかった。



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