(1)
「名前」
「……島貫隆志」
「職業」
「……今は、日雇いです」
額に脂の浮かんだ小太りな中年の刑事は、ひどくぶっきらぼうに、必要な情報だけを集めていった。小さく奥まった瞳は、一瞬、小動物のソレを連想させられるが、瞳の奥の眼光は鋭かった。
「で、何で殺した?」
まるで簡単な質問のついで…というような口調だったが、目の光は鋭さを増して、島貫を射た。
「全部、燃やしたかったから」
「ほう」
島貫が呟くと、中年の刑事は脂肪を蓄え二重にたるんだ顎に手をかけ、口の端を歪めて笑った。
「おい、お前。聞いたか?」
中年の刑事は、自分の後方に控えている若い刑事を振り返って言った。
「はい」
若い刑事は、あからさまな嫌悪の表情を隠そうともせずに、島貫に険しい視線を送った。
「燃やしたかったんだとよ!」
中年の刑事の声が一際高くなる。
「人間ごとな!!」
そう叫ぶやいなや、中年の刑事は、島貫のくたびれたTシャツの襟首を掴み、すさまじい力で締め上げた。擦り切れて綿が飛び出した取調べ室のパイプ椅子が、耳障りな音をたてて、勢いよく後方へ飛んだ。
「…そんなことより」
刑事の激情とは対照的に、島貫は太い腕に締め上げられたまま、静かな声で言った。
「俺は、死刑になるんですか?」
刑事は軽蔑したようにせせら笑った。
「いまさら命乞いか? せいぜいいい弁護士を雇って、精神鑑定でも受けさせてもらうんだな」
「そんなことじゃない」
「じゃあ、何だ?」
「死に方は選べないんですか?」
島貫は顔を上げて中年の刑事を見据えた。キョトンとした刑事の顔を見ていると、自然に口の端に薄い笑みが浮かんでくるのを、島貫は抑えられなかった。
「死ぬなら、火あぶりがいい」
「この野郎ッッ!!」
タガが外れたように殴りかかってきたのは、中年の刑事の方ではなかった。若い刑事は、灰色のデスクを乗り越え、島貫に馬乗りになると、冷たい取調室のコンクリートの床に、思い切り島貫の骨ばった身体を打ち付けた。
「ふざけやがって!! この異常者が!!」
「やめろ、遠藤」
中年の刑事は若い刑事の肩に手をかけ、落ち着き払った声で言った。
「落ち着け。煙草でも吸うか?」
遠藤と呼ばれた男は、ようやく島貫の身体を離し、立ち上がった。それと同時に、島貫は締め上げられ吸えなかった空気を取り戻そうと、激しく咳き込んだ。
「悪いが、一服させてもらうぞ」
中年の刑事は、身体を折り曲げまだ呼吸を整えている島貫の傍に座り込み、口の端で煙草を咥えると、胸ポケットから安物のライターを取り出した。
カチッ……シュボ――
点火の音と共に、薄暗い取調室に明かりが灯った。
「見ろ、島貫」
中年の刑事は、火の灯ったライターを、ゆっくり島貫の目の前にかざした。
「お前の大好きな火だ」
小さな火を挟んで向こうに見える刑事の脂ぎった顔が、一瞬微笑んだと思った瞬間、肌を焼く激痛に島貫は飛び上がった。
「何なら今この場で、お前を燃やしてやってもいいんだぞ」
腕の裏側、一番柔らかい部分に、赤く燃える煙草の火が押し付けられていた。
「どうした、苦しそうだな。火は大好きだったんじゃなかったのか?」
煙草の火は押し付けられたまま、より深く島貫の腕を抉って焦がしていく。
「熱いか? 島貫。お前に焼かれた子どもは、もっと熱かっただろうよ」
「…ふふ」
島貫の唇が笑いの形に歪められた。
「どうした? 何が可笑しい」
刑事の目つきが険しくなる。島貫の笑いはますます深くなった。
「…足りないよ。そんなんじゃ、全然足りない」
「何だと? もういっぺん言ってみろ」
島貫の襟首を締め上げ、中年の刑事は島貫の頬ギリギリに煙草の火を近づけた。
「そんなもので燃やせるなら、とっくの昔にやってるさ」
ジュッ…
島貫は力を込め、自分から煙草の火に頬を押し付けた。
肉の焦げる匂いが辺りに充満し、若い刑事は溜まらず口を押さえ、嘔吐を堪えた。
「狂ってやがる」
中年の刑事は乱暴に島貫を突き放すと、立ち上がり、心底気味の悪いものを見るような目で島貫を見下ろした。
そう……僕はもう、何者にも焼き尽くされることはない。
どんなにそれを望んでも、どんなにそこから逃れたくても――
あの遠い日々に、一瞬で僕を焼いた紅蓮の炎は
今もこの胸を抉り 焦がし続けている……