#28 泣けなくても悲しい
エルジェーベトを喰らうと、ヴァンサンはライムに「じゃあな」と手を振ると窓から飛び出して行った。
「あ~行っちゃった。久しぶりだったのに、ゆっくり話も出来なかった」
後にはライムと床にめり込んだバトムが残された。ヴァンサンに踏みつぶされて、ぺっちゃんこだ。いくら悪魔でも、ここから復活するのは大変だ。
動けなくなった悪魔は喰らわれてしまう。それが悪魔の定めだ。
「ひ・・・姫様は・・・」
「ヴァンサンが喰っちゃったよ」
「ああ~!」
バトムが床にめり込んだまま悲鳴を上げた。
「何故、あんな女に仕えていたの?」とライムが聞くと、バトムは「はて、何故でしょう?」と不思議そうな顔をした。
「分からないの?」
「分かりません。あの方の世話をする為に、生まれて来たのだと思っていました」
「ふ~ん。そうか。訳も分からずに、あの女に仕えていたんだね」
「助けてもらえませんか?」
「君はカイアムが僕に差し向けた刺客だろう」
「はい。あの方から力をもらいました。あなたを喰らうことを条件に」
「だったら、僕は喰らわなければならない」
「そんな・・・」
「さあ、終わりにしよう」
そう言うと、ライムが大口を開けて、ぺろりとバトムを喰らった。
チェイテ城を出たヴァンサンは、セイレンに追いついた。
「ねえ。ボニーは何処にいったの?」とセイレンが聞く。
「あれは、喰らわれた」
「もういないの?」
「そうだ。悪魔は涙を流さないものだ」
「泣けなくても悲しい」
「そうか・・・」
「寂しいね」
「俺もだ」
「ねえ。ヴァンサン」
「何だ?」
「私を一人にしないでね」
「ここは魔界だ。約束はできない」
「それでも約束して」
「ふむ・・・」とヴァンサンは考え込んだ後、「分かった約束する。お前を一人にはしない」
「ありがとう」とセイレンがヴァンサンに抱き着く。
「止せ! 力の加減を間違えると、お前など、一瞬でひねりつぶしてしまう」
「それでも良い」
「止めろ!」
二人がじゃれ合うように歩いて行く。
その様子を上空からレンドが見ていた。
「ライム。無事だったんだね」
クスコがライムに駆け寄って来た。
「ゴメンね。心配かけちゃったかな」
「心配したよ~ミリ、まだ目を覚まさない。ライムを復活させる為に、力を使い過ぎちゃったみたい」
ミリは草むらに埋もれるようにして横たわっていた。
「そう。僕の為に・・・」
ライムはそっと手を伸ばしかけたが、手を止めた。ミリに触れない。触れることができない。もし触れると、ミリは浄化してしまう。
「ライムが死んでいた間、ミリがライムの頭を抱いていたんだぜ。でも、ミリは浄化しなかった」
「本当⁉」
「本当さ。ライム、初めて誰かに触られたんじゃない?」
「うん。そうだよ」
「ミリで良かったね」
「ミリで良かった」
ライムは正直だ。
「ミリ、ライムにチューをしたよ」
「チュー? チューって何?」
「口づけだよ。恋人同士が口と口をくっつけ合うんだ」
「恋人同士って?」
「好きなやつのことだよ。ライムにはいないの? 好きなやつ」
「クスコにミリ」
「僕はダメだよ~そもそも人の悪魔じゃないからね」
「じゃあ、ミリ」
「うん。ライムの恋人はミリだね」
「僕の恋人はミリだ」
「ねえ、ライム。ミリ、何時、目を覚ますんだろう?」
「何時だろうね。でも、ミリが目を覚ますまで、ここにいよう」
「何処にも行けないね」
ライムとクスコは草むらに腰を降ろした。




