#23 生贄
ミリとクスコは樹木に囚われてしまった。
動けない。
「こら、こいつ。離せ! 正々堂々と勝負しやがれ!」
クスコが叫ぶ。
「キャンキャンとうるさい犬だ」
「オレは狐だい!」
「後で料理してやろう。動物の肉は久しぶりだ。涎が出そうだ」
「くっ! この野郎」と喚いたが、手足を樹木でがんじがらめに縛られ、身動きが取れない。
「ライム! ライム~!」と叫んでみたが、ライムは床の上で伸びたまま、ピクリとも動かない。死んでしまったのだ。
「さあ、姫様。この女をお召し上がりください」とバトムが恭しくエルジェーベトに礼をする。
「ほほ。若くて美しい悪魔の魂を喰らい、私は更に美しく、若くなるのだ」
エルジェーベトがミリに近づいて行く。
「ミリ!」クスコが悲鳴を上げる。
エルジェーベトが口を開けた。顎が外れ、赤黒い口が大きく、醜く開いた。
絶体絶命だ。
もうダメだ!――思われた時、ダン! と音を立ててダイニングのドアが開いた。
「あ~あ~あ~!」と大音響がダイニングに響き渡った。
「ぐわっ!」
「な、何事!」
バトムとエルジェーベトが頭を抱えてうずくまる。
「頭が痛い・・・頭が割れそうだ・・・」
何があったのか。
クスコが首を巡らすと、そこにはボニーが立っていた。ボニーは音を武器にすることができる。バトムとエルジェーベトに大音響を聞かせ、自由を奪ったのだ。
「お前は⁉」クスコが叫ぶ。
「ふん! あんたたちは私の獲物だよ。こんな訳の分からないやつにやられたんじゃあ、クライドが浮かばれない」
「でも、ライムが」
床の上に伸びたライムを見たボニーは「何で・・・こんなやつらに・・・」と絶句した。
「毒イチゴを食べさせられたんだ」
「毒イチゴ・・・私が・・・私がこいつを倒したかったのに・・・クライドの仇を取りたかったのに・・・」
ボニーは「あ~!」とバトムに向かって更に音量を上げた。
「あ・・・ああ~頭が割れる・・・」
バトムがのたうち回る。
その時、ボニーの背後のドアが開くと、城の召使たちがダイニングに雪崩れ込んで来た。そして、ボニーに殺到した。
「くっ! こいつら」
「口を塞げ! 声を出させるな」
バトムが喚く。
あっという間に、ボニーは召使たちに取り押さえられた。
「あなた、姫様に苦痛を与えるなどという、大それたことをしでかしました。許しませんよ」
バトムが両手を上げると、床から樹木が伸びて来て、ボニーに絡みつき、羽交い絞めにした。無論、口には幾重にも枝が絡まり、開かないようになっている。
「バトム。そのものを寄こしなさい!」
エルジェーベトがバトムに向かって怒鳴る。目が血走り、口が大きく避けていた。
「はっ!」
「その者から喰らってやる。美しく、若い女だ。今宵はご馳走じゃな」
樹木がするすると伸びて、ボニーがエルジェーベトの御前に運ばれる。
「うっ・・・ぐぐっ・・・」
ボニーが必死の抵抗を試みるが、動けない。
エルジェーベトが赤黒い口を開けて、ボニーが運ばれて来るのを待っている。
「止めろ!」
クスコが叫ぶ。
だが、クスコの叫びも虚しく、エルジェーベトは一口でボニーを飲み込んでしまった。
ライムを仇と見なし、つけ狙っていたボニーの呆気ない最後だった。




